第62話:開戦
プーレステ大草原。
だだっ広いだけで、本当に何もないこの草原が、俄かに世界の注目を浴びたのは十年前のこと。
時の魔王討伐軍を率いる勇者ツキガタが、巧みな策略で城にいる魔王様を強制空間転移させ、史上初となる大戦争の舞台となったからだ。
当時、冒険者が魔王様と戦うにあたって、大きなネックとなっていたのが魔王城という場所だった。
いくら大勢の仲間を集めたとしても、城のような狭い空間では一度に戦える人数は限られている。
数の力を最大限に利用するには広い空間が必要ってことで、選ばれたのがプーレステ大草原だった。
もっとも場所の変更で有利に働いたのは、冒険者側だけではなかった。
魔王様もまた、自身の持つ魔力で城を崩壊させる心配がなくなり、思う存分に戦うことができたんだそうだ。
冒険者と魔王様が、各々の持てる力を全て出し切るにはうってつけの場所……。
魔王様が今回の最終決戦にプーレステ大草原を指名したのも、当然と言えば当然と言えるだろう。
ただ、問題があるとすれば……。
「魔王、お主、アホじゃろ? プーレステ大草原の広さを知らぬわけではなかろうに!」
「む、むぅ。面目ない。迂闊であったわ」
大草原の上空を、あたしと魔王様を乗せたドラゴン形態のドラコちゃんが、颯爽と風を切って目的地へと急ぎ飛ぶ。
「移動ロケット花火が使えるから余裕だなぁってあたしも思ったんですけどねぇ」
事実、移動ロケット花火のおかげで、プーレステ大草原最寄の街ソニコンまでは文字通りあっという間だった。
ところが、プーレステ大草原は広い。
とてつもなく広い。
そして魔王様の「プーレステ大草原で待つ」という言葉は、あまりにも曖昧すぎた。
ソニコンの街を出て草原をしばらく歩いても、冒険者どころか虫一匹見かけない。
慌ててあたしはステイタスカードを取り出し、ミズハさんに連絡を取ってみたところ、「えっ!? 大草原のど真ん中じゃないの?」って、あちらも慌てた様子で返信がきた。
かくしてこの非常事態に、ドラコちゃんを急遽派遣してもらったわけだけど……。
「アホなのじゃ。まったくアホすぎるのじゃ。魔王の遅刻で世界が終わりましたなんて、さすがのわらわも勘弁なのじゃ」
ドラコちゃんは怒っていた。
で、ドラコちゃんですら怒っているわけだから……。
「何してくれやがるんだ、お前たちはーっ!」
ゴツン、と。
再会するやいなや大勢の人たちの前で、勇者様があたしの頭にゲンコツを食らわすのもまた当たり前だった。
「遅れてすまぬ。非礼を詫びよう」
世界の存亡を賭けた冒険者対魔王様の最終決戦。
その幕開けが、魔王様のお辞儀とはなんともシュールだった。
「まったくだ! おかげで貴重な時間を無駄にしてしまった。……それに、キィの頭についてるコレ! これはいったいなんだっ!?」
おまけに勇者様はあたしの角をぐわしっと鷲掴みにして、ぶんぶんと振る。
これまたシュール……って言うか、頭も揺れて気持ち悪いぃぃぃぃぃ。
「ふ、よくよく考えればキィは余の奴隷。ならば人間風情ではなく、魔族であるのが相応しいと思ってな。なに余を倒せば、キィはお前のものだ。万が一にも有り得ぬとは思うが、その時は自動的に人間へ戻るようになっておる」
事情の説明にかこつけて、魔王様は勇者様を軽く挑発する。
「魔王さん、ハヅキ君の性格のことよく分かってるなぁ」
真っ赤な鎧にプロポーション抜群の身体を包み、今日は金髪を左右のおだんごに纏めたミズハさんが変に感心した。
髪型を普段と変えたのは、動きやすさを重視したのかな?
「あ、ミズハさん、この前はどうもありがとうございました。さっきも助けてうぷっ」
おおう、勇者様に激しく揺さぶられて一瞬リバースしちゃいそうになった。
「ううん、こっちも連絡してくれて助かったよ。てか、ハヅキ君、そろそろキィちゃんを離してあげたらどうかな? すっごく取り戻したい気持ちは分かるけどさ」
ミズハさんの言葉から静かながらも怒気を放っているのが、あたしにも分かった。
「お、おう」
すかさずあたしの角から手を放す勇者様は、相変わらずミズハさんに主導権を握られているらしい。
「あ、否定しないんだ? へー、あ、そうなんだ? キィちゃん、可愛いもんねぇ?」
「ち、違うぞ、ミズハ? 俺は、別に、そんな……」
「別に、なに? ちゃんとお話しようか、ハヅキ君?」
……最終決戦を前に夫婦喧嘩。ホント、シュールっす。
「あ、やっぱりあんた、キィさんか!」
と、そこへ見知らぬ女の人が声をかけてくる。
ヘソ出しビキニアーマーで、体中がまるでバネのようにしなやかな、鍛え上げられた筋肉を誇る女戦士だった。
はっきり言って知り合いにこんな人はいない。でも、その口調には確かに聞き覚えがあった。
「えっと、もしかしてイサミさん?」
「おー、覚えておいてくれた? 嬉しいなぁ」
姿は違えど、ニカっと笑う様子は、あちらの世界のイサミさんと見事に重なった。
「でも、ホントにあんた、こっちの世界の人だったんだな? ミズハに聞かされた時はびっくりしたし、今も正直、驚いてるけど……うーん、ゲームの世界ってのもスゴイなぁ」
「え、えーと、イサミさん? あんまりゲームとか言わない方が……神様に怒られちゃいますよ?」
「あ、らしいな。それもミズハから聞いた。なんでもあいつ、魔王にハメられてまんまとこの世界のことを口走って一度消されたらしいじゃん。いやぁ、なんだかんだ言って、結構ガードの甘いミズハらしいなって大笑いしちゃったよ」
言いながら豪快に笑うイサミさん。
てか、それを聞いておいて、いきなり「ゲーム」なんて言葉をあっさり言っちゃうイサミさんもどうなんだろう?
そんな騒がしい中、魔王様の前にいつのまにかコウエさんが立っていた。
「いきなりやってくれたな、魔王」
「ほう、コウエ。随分と力をつけたようだな。かつてのツキガタを思い出す」
「ああ。でもあの時と同じようになると考えたら大間違いだ」
「それは楽しみである」
魔王様が口元を吊り上げる。
コウエさんも魔王様の様子に、ニヤリと笑った。
そんなふたりを見て、あたしはなんだかとても感心してしまう。
だって、周りがあんななのに、ここだけちゃんと最終決戦してるんだもん。
「各部隊、所定の位置へ就くんだ!」
これ以上の話し合いは不要とばかりにコウエさんは魔王様から背を向けると、控えていた大軍団に指示を飛ばした。
「これより魔王討伐の戦闘を行うっ! 俺たちを覆う暗闇を、振り払うのは今この時だ!」
「おおおおおおおおーっ!!!!!!」
続いて勇者様が檄を飛ばす。
戦場をさっきまで包んでいたグダグダな雰囲気が、あっという間に一変した。
身体の芯にまで響き震わせるような、大軍団の鬨の声。
夫婦喧嘩をしていたミズハさんも。
あたしとの再会を喜ぶイサミさんも。
途端に表情を引き締めて、それぞれの部隊へと走り去っていく。
「各自、連携を怠るな!」
「一瞬たりとも気を抜くんじゃねーぞ!」
魔王様をぐるりと包囲される形で、配置された冒険者たちの集団。
しかも見た感じでは二重、三重、四重という形で包囲網が形成されている。
それは魔王様を決して逃げさせないという意志の網。勇者様たちの意地の形だ。
「みんな、やるべきことをやればきっと勝てる! この決戦、絶対に勝つぞ!」
陣形が整えられる中、指示を出しながら悠然と歩くコウエさんの足が止まった。
コウエさんの右には相棒のニトロさん……の姿はなく、代わりに憮然とした表情をしたまま杖を構えるあの人は、まさかまさかのドエルフさん!
えー、あんな協調性がなさそうな人と組んで大丈夫なのかなぁ?
でも、そんなのはおかまいなしに、コウエさんはゆっくりと振り向き、右の拳を高々と天へ突き上げた。
「勝利は僕たちのものだ!」
勝利宣言を高々と謳い上げるコウエさんに、再び大歓声が上がった。
「ふむ……時に勇者よ?」
戦いの機運が高まるのを黙って見ていた魔王様。
が、やっぱりあたし同様、ひとこと言わずにいられなかったようだ。
「な、なんだよ?」
声をかけられ、ひとり魔王様と対峙する形でその場に居残った勇者様が、実に気まずい様子で魔王様を見る。
「おぬし……勇者の座から降ろされたのではないか?」
「うっせーよ。そんなことねーよ。お前を倒す俺様が勇者に決まってるじゃねーか!」
「でも、軍団の指揮は完全にコウエさんが執ってますよね。どう見てもコレ、主役はコウエさんじゃないですか?」
「キィ! 貴様、メイド風情の分際で、何を知ったようなことを言ってやがる! ……コウエは軍師だから、ああいうのが仕事なんだよ! 俺様は懐が広い大物だから、そのあたりにしっかり理解を示してやってだな!」
懸命に弁解に努める勇者様。なんだろう、街で見た時は成長したなぁって思ったのに、いつのまにかバカタレ勇者様に戻ってる……。
おまけに。
「ハヅキ、この期に及んで何を魔王たちとごちゃごちゃやってるんだ!?」
コウエさんからお叱りの声が飛んできたっ!
「この戦いの火蓋を切るんだ!」
「ほらみたことか」
「やっぱり」
予想通りの展開に、あたしたちが憐れみたっぷりの視線を勇者様に浴びせまくる。
「ええい、うっさい! うっさいよ、お前ら!」
以前の勇者様ならここで状況を変えるべく、魔王様に無茶な攻撃を繰り出すところだろう。
あるいはコウエさんに「命令するな!」とつっかかっていたかもしれない。
でも、今日の勇者様は口調こそ以前と変わらないけれど、態度そのものは随分と違って落ち着いていた。
「魔王よ、あんたとキィが俺たちの世界に来たってミズハから聞いた」
勇者様が足場を確かめるように、ざっざっと二度、三度足元の地面を蹴る。
「だから、あんたはもう知っているんだろう。あんたを倒さなきゃいけない理由が、つまるところはそんな俺たちの勝手な都合にすぎないって。だけど」
足場が決まったのだろう。勇者様は魔王様に対し右足を前にして半身に構えると、両足を広く開いて腰をどっしりと落とした。
魔王様に話しかけてはいても、顔を伏せ、腰の鞘に収められたままの剣の柄に手を掛ける勇者様に、先ほどまでの気安さはない。
急速に高まる勇者様の集中力で、ぴりぴりとした緊張がこちらにも伝わってくる。
「でも、俺たちはあんたを倒す! 倒してみせる!!」
じりっと勇者様の右足が動いたと思った刹那。
ぴしっと音を立てて、魔王様の胸元にあるマントの留め金がまっぷたつに割れた。
「ほう、サムライの隠しスキル・居合い斬りか。余も初めて喰らった」
留め金がなくなり、魔王様の体から解き放たれた黒いマントが空高く舞い上がる。
それは狼煙だった。
「改めてみんなに誓う! 俺、勇者ツキガタの弟・ハヅキによって巻き上げられた戦いの幕は、再び俺の手によって歓喜の中で降ろしてみせると!」
勇者様が吼える。
魔王様の。
勇者様の。
冒険者たちの。
この世界の最後の戦いが――ついに始まる!
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