第44話:魔王は世界を救う!?

『魔王様のゲーム』

 それが私たちの世界――ミズハさんたちが遊んでいる世界の名前だった。

 

 正確には『魔王を倒して、あなたも大金持ち! 夢の中で夢の一千万をゲットしよう!』って言うらしいけど、あまりにセンスのないタイトルに加えて「夢」という言葉の連続に魔王様はご立腹だ。

 もっとも。


「『魔王様のゲーム』、か。むしろ弄ばれているのは余の方であるが……」


 そんなことを言いながらも、魔王様は口の端を上げた表情を浮かべる。

 あれ、こっちの略称は気に入ったのかな?

 

「ところでミズハよ、先ほど『キィでもそこまでの人工知能が搭載されている』と言っていたが」

「ああ、はいはい。人工知能ってのはね」

「いや、それは何となく想像がつくから説明はよい。それより訊きたいのは、キィと余のそれが違っているというニュアンスのことを言っていたことだ」


 はて、そんなこと言ってったっけ?

 てか、魔王様も変なことが気になるんだなぁ。私と魔王様が違うって当たり前じゃん。むしろ一緒だったら怖いよ!

 

「ふはー、さすがは魔王さん。そこに気付きますか!」

「ということは、やはり人工知能の違いにも大きな意味があるのだな?」

「うん。『魔王様のゲーム』は魔王を倒した人に賞金が出るんだけど、それはただ一獲千金を目指すユーザーを集める為だけじゃないの」

「ほぉ」

「そもそもこのゲームを作ったメーカーは人工知能を研究していてね。ある特殊な人工知能を作ったの。それが魔王さん」


 特殊って……何かともったいつけて、それでいてドSって性格ってことかな?

 

「そして魔王さんの人工知能は運営の支配からも切り離された。誰にも縛られない、より自由な学習が出来るようにね」

「……なるほど。見えてきた。つまり余の成長した人工知能を再び回収するには」

「そう。魔王さんを倒すしかないの」


 魔王様を倒して人工知を回収する? うへぇ、なにそのスプラッタ!?

 やっぱりミズハさんたち神様って、とんでもないことを考えるなぁ。

 

「ちょっとキィちゃん、そんな目で見ないでよぅ。多分考えているようなものと違うからっ。人工知能ってのは肉体とか臓器とかそんなのじゃなくて、魂みたいに目に見えないものだからっ」

「あ、そうなんですか?」


 でも魂を回収するんでしょ? 悪魔じゃん! とはさすがに言わなかった。

 

「魂……そうか、魂か……」


 そんな私の傍らで魔王様が呟く。

 魔王様も気づかれましたか。そうです、ミズハさんたちは神様じゃなくて悪魔だったんですよっ!

 

「あ、いや、魂ってのはあくまで例えだからね。詳しくは知らないよ?」

「……そうか。ならばそれは直接作った連中に聞くとしよう」


 は?

 

 思わず私とミズハさんの馬鹿みたいな声がハモった。

 見るとミズハさんが、これまた馬鹿みたいに口をぽかんと開けている。

 まぁ、多分、私もおんなじなんだろうけど。

 

「え? 魔王様、それってどういう?」

「どういうもなにもそういうことだ。我らの世界を作り、余を作って弄んでくれた連中とこれから直接話をしてくる」


 うえええええええっっっ!?

 

 またまたミズハさんとハモった。

 

「ちょっ!? 魔王さん、運営と話すってどうして?」

「どうしてもなにも決まっておろう」


 ふっと魔王様が微かな笑顔を浮かべる。

 

「それこそ余の野望――我らの世界を救うためだ」


 そして出たっ、魔王様のドヤ顔スマイルっ!

 

「世界を救うって……魔王さんなのに?」

「魔王であろうとなんであろうと、世界が消滅しようとしておるのを知って黙認するわけにはいくまい」

「そりゃそうかもしれないですけど、一体どうやって?」

「考えがある。これならばうまくいけば世界を救えるであろう」


 そんな凄いアイデアがっ!? さすがは魔王様……ってなんで私をじっと見つめるんです?

 え、何、また私なにかとんでもないことをさせられるのっ!?

 

「まぁ、そのためにはまず余が創造神たちを説得させなければならぬ。犠牲になってくれたミズハのためにもな」


 でも、すぐに魔王様は私から視線を外し、代わって窓の向こうにいるミズハさんに頭を深々と下げた。

 突然のことに最初はきょとんとしていたミズハさん。

 でも、やがて魔王様の真意に気付いたのか声を震わせる。


「私を犠牲に、って。ちょっと、それってもしかして私がアカ禁喰らうのをわざと狙ってたってこと!?」

「うむ。さすがの余でもこちらの世界に通じる扉を開くことは出来ぬからな。だから誰かに開いてもらう必要があったのだ。ミズハ、おぬしなら絶対にやらかすと信じておったぞ」


 頭をあげてニンマリ笑顔を浮かべる魔王様とは対照的に、窓の向こうでミズハさんががっくりと両膝をついた。

 うーん、ミズハさんには悪いけど、世界を守るために行動していたとはさすがだなぁ。

 どっかの自分ことしか考えない勇者様とはわけが違うよっ!


「神を説得する材料は揃っておる。ミズハよ、創造神に会うにはどうすればよい?」

「えっと、それなら」


 ミズハさんが耳たぶのクマさんを軽くタッチする。

 すると、私たちの傍に真っ黒の窓が現われた。


「一応それが『魔王様のゲーム』のサポセンに繋がっているんだけど……多分大変だよ、きっと?」

「うむ、他人、しかも神の決断を覆そうというのだ、容易ではないであろう」

「えーと、そういうことじゃなくてね……まぁ、いいか。とりあえず試してみて。そうすれば私が言ってることが分かるから」

「言われるまでもない。では、行ってまいる」


 そしてミズハさんの心配をよそに、魔王様はあっさりと真っ黒の窓の中に入っていってしまった。

 頼みますよ、魔王様っ! どうか私たちの世界を救ってください!


「はぁ、魔王さんってホント、アクティブだねぇ。まぁ、いいや。キィちゃん、私、今のうちにシャワーを浴びてくるねー」


 ついでミズハさんもよいしょと立ち上がって、部屋を出て行く。

 うーん、いきなり一人になってしまうぞ。どうしよう。私も一度元の世界に戻った方がいいのかな? 

 あ、でも、魔王様と違って何の力も持たない私だもん、またこちらにやって来れるとは限らない。せっかくこうしてホンモノのミズハさんとお話が出来るんだし、ここまできたらもっとこの世界を知りたかった。


 ってことで、あっちに戻るのはいつでもできる。だから今は……。


「あ、忘れてた」


 部屋を出て行ったミズハさんが扉から顔だけ出して、私の方に振り返る。


「キィちゃん、私たちの世界にようこそ! 驚いたけど、すっごく嬉しいよ」

「あ……はい! 私も! もうミズハさんとはお話できないと思ってたから、とても嬉しいですっ!」


 私の返答にふふふっとミズハさんは笑って、今度こそ部屋を出て行った。

 ……さて、ひとりになりましたが、ここはやっぱり!

 

 ぐぅぅぅぅー。

 

 私の考えに賛同するように、お腹が盛大に鳴る。

 うん、腹が減ってはスライムも倒せないと言うもんね。まずは念願のスコーンで腹ごしらえを。

 

「って、イタッ、イタイイタイ!!」


 スコーンに伸ばした手の甲を、いきなり何かに思い切りつねられた!

 慌ててよーく目を凝らしてみたら、なんか透明の手がスコーンの上を巡回して飛んでいる……あうっ、魔王様、自分が不在になるからってそんな魔法をかけておかなくてもいいじゃん!

 

 てか、なんでスコーンにそこまで執着するし!?


 その後何度かスコーン奪取を試みるも透明ハンドの守りは鉄壁で、手をつねられるわ、顔面に平手打ちを食らうわ、指四の字固めを仕掛けられるわで散々だった。

 なんてこったい。お腹がさっきからぐうぐう鳴るけど、さすがにこれはどうしようもできない。私はすごすごと撤退するしかなかった。


 しかし、となると一体どうして時間を潰せばいいのやら。

 確かに気になるモノはいっぱいあるけど、解説してくれるミズハさんがいないと何にも分からない。ミズハさんの部屋にある可愛い小物とか、奇麗な光沢が鮮やかな服とか、もっと近くで見せてほしいんだけどね。

 試しに念動力でモノを動かせないかと試してみたけれど……はい、そんな力はありませんでしたっ、残念!

 

 かくして残ったのは、私が今いる世界――ミズハさん曰く、パソコンという機械の中に広がっている世界らしいーーを見渡すと、どうしてもアレが目に入ってくるわけで。


 ……ま、まぁ、少し覗くぐらいならいい、かなぁ?


 私は誰もいないのが分かっているにもかかわらず、辺りにきょろきょろと視線を這わせて警戒すると、アレの窓に近付く。

 正直なところ、興味がないこともない。でも、まだまだ子供の私には刺激が強すぎるわけで、とても正視する事は出来そうになかった。だから、こっそりと覗きこんだのだけれど。


「……ごくっ」 


 思わず生唾を飲み込んでしまう私。えっと、中ではその、男の人ふたりが、つまりあんなことや、そんなことや、えっ、うそ、まさかってことまでやっておりまして……。感想としては、その、

 しゅ、しゅごい!

 としか言えないわけで、いけないと思いつつも目が離せ


「やっほー、キィちゃん、やってるかーい!」


 と、そこへミズハさんが、ばぁんと扉を開けて……って、うえぇぇぇぇぇぇ?


「ミ、ミ、ミズハさん……こ、これはその、違って、別にわ、わ、わたし」

「ぐふふふふ」


 いやーな笑いを顔面に貼り付けながら、ミズハさんが窓を覗きこんできて


「うへへ、ホモォの世界にもようこそ、キィちゃん」


 固まる私を熱烈大歓迎してくれるのだった。

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