魔王様を誰も倒せない、だから神様は世界を壊そうとしている！？

　自分で言ったことなのに、とても信じられない。

　でも、もし本当にそうなのだとしたら……。

　

「……キィよ」

「……なんですか？」

「酒場でも言ったが、余は魔王である。故に毒殺など出来ぬからな？」

「なっ！？」

　なんで私がこうなったら魔王様を毒殺しちゃおうかって考えたのが分かったんだ！？

　

「お前はすぐ顔に出るから分かりやすい。と言ってる傍から『頼むから、私の為に死んでくれぇ』って目で見るのはやめるがよい」

「じゃあ、私の為に死んでくださいよぅ」

「口で言ってもダメだ」

　くそう。ダメか。ダメなのか！？　だったら仕方ない、こうなったら実力行使で……。

　

「攻撃力３のお前が余を倒せるわけがなかろう。少し落ち着くのだ、キィ」

「落ち着いてなんていられませんよっ！　だって魔王様がどうやっても倒せないから、神様はこの世界ごと魔王様を殺しちゃおうとしてるんでしょ？」

　私は一気に捲し立てる。

「魔王様のことは嫌いじゃないですよ。鬼畜だけど。いいえ、むしろ思ってたのと違って、結構いい人だなと思ったぐらいですよ。人でなしだけど」

「キィよ、お前は余を褒めたいのか貶したいのかどっちなのだ？」

「どっちでもありません。私はただ世界を救いたいだけですっ！　だから魔王様、お願いですから成仏してくださいっ！」

　おおうっ、世界のみんなー、私に力を貸してくれぇぇぇぇ。

　

「だから落ち着けと言っておるだろう」

　が、そんな私の思いきり上へ伸ばした両手を魔王様がぐっと掴んでくる。

　ああっ、せっかく集めたみんなの力がぁぁぁぁぁぁ！？

　

「そのような力などない。いや、そもそもキィが余を倒しても意味がないのだ。それどころか仮に冒険者が余を倒したとしても、おそらくそこで世界は終わりを迎える」

「ええっ！？　な、なんで？　魔王様が倒されたら平和な世界が訪れるんじゃないんですか！？」

　普通はそうだよね？

　

「おそらくは違う。何故なら我らの世界は神々が余を倒すためだけに作られた、いわば奴らの狩猟場だからだ。違うか、ミズハ？」

　突然魔王様に言葉を振られ、慌てふためく様子のミズハさん。しばし視線を彷徨わせながら「あー」とか「うー」とか唸っていたけど、やがてうなだれて「……はい、その通りです」と、か細い声で答えた。

　

「やはりそうであったか」

「まさか、魔王さんにこんなことを知られるとは思ってもいなかったよぅ。ホントごめんなさい」

　ミズハさんがさらに頭を深々と下げる。

　私はそんなミズハさんや、したり顔で頷く魔王様が信じられなくて呆然としていた。

　私たちの世界をミズハさんたちが作り上げたというだけでも驚きなのに、目的がそんな理由だったなんて……。酷いにもほどがある。

　信じられない。

　信じたくなかった。

「信じたくないという表情をしておるな、キィ。だが、かように推測を重ねれば、神が世界を滅ぼそうとするのも理解できるのだ。考えてもみるがよい。いくら膨大な賞金がかけられていたとしても、どうあがいても倒せぬ獲物など興ざめも甚だしいであろう？　余の討伐に絶望し、狩人がいなくなってしまった狩猟場に価値などないのだ」

　なるほど。

　十年前の大決戦での敗北以降、勇者病は沈静化して、世界はどこか終末を予感させる黄昏に包まれた。

　でも、だからって

　

「誰も魔王を倒せないと諦めてしまっては、遊戯として成立しない。だから神は世界を滅ぼすのだ」

　そんなの、あんまりだった。

「すべては魔王さんのご推察どおり、私たちはキィちゃんたちの世界で遊んでいたの」

　暴かれた世界の真実は衝撃的で、おまけにもうすぐ滅亡の危機にある。

　落ち込んだりもしたけれど、かといってそのままではどうしようもない。この状況を打破するにはもっと詳しく知る必要があると魔王様は、ミズハさんに説明を求めた。

「私たちの世界はね、パソコンって機械を使って、様々な仮想世界を作り出すことができるんだよ」

　世界を作る機械？　なにそれすごい！

　しかもミズハさんが言うに、パソコンって機械を、この世界ではほとんどの人が持っているらしい。

「もっとも世界を作れる人は限られているけどね。私みたいな凡人は、作られた世界に繋ぐ……ってこれじゃ分かりにくいかな。だったら、誰かが作った世界に入る権利を買って、遊ぶ為にパソコンを使っているって説明なら分かる？　んでね、特に最近は」

　ミズハさんが髪の毛をかきあげて、右耳を私たちに見せる。可愛いクマさんのピアス、その眼がチカチカと点滅していた。

「この手のＭＴＰが普及して、ＰＩＤが大流行なんだよ！」

　いきなりミズハさんの言葉が、再びまったく理解出来なくなった。

「うわん、ミズハさんがまた神様の怒りに触れちゃった！」

「ああ、ごめんごめん。ＭＴＰってのは、マインド・トゥ・ピーシーって意味で、簡単に言えば人間の精神をパソコンに繋げる機械のこと。ＰＩＤはプレイ・イン・ドリーム。つまり夢の中で、その世界に入って楽しむことができるんだ」

「パソコンに精神を繋げる……夢の中で世界に入る？」

　ううん、神様の怒りに触れてはいないようだけど、相変わらず言っていることはよく分からない。

「うーん、なんて言えばいいのかなぁ。キィちゃんってさ、夢って分かる？」

「いくら私でもそれぐらい分かりますヨ！　寝ている時に見るアレでしょ？」

　これがミズハさんじゃなく、勇者様あたりだったら、馬鹿にすんなって怒ってもいいレベルの質問だった。

　ところが

「ええっ、キィちゃん、夢をみることがあるの？」

　ミズハさんが心底驚いたという反応を見せる。

　ば、馬鹿にされているのかな、これ……

「そりゃありますよ」

「いや、普通ないって。オランダ妻は電気うなぎの夢を見ないんだって」

　……うん、意味がワカラナイ。

「ふはぁ、キィちゃんレベルでもそこまでの人工知能が搭載されているなんて……そりゃあ魔王さんも私たちの存在に気付くわ」

　窓の向こうで、ミズハさんが一人で感嘆していた。なんだかよく分からないけれど、どうやら私が夢を見るのは相当に有り得ないらしかった。

「まぁ、夢を見るんだったら話が早いや。夢ってさ、自分の好きな内容を見ることは出来ないでしょ？」

「ええ、まぁ」

「でも、この機械を使えば、パソコンに収納された内容を任意に夢で見ることが出来るの。それどころか、その夢の世界で自分の意思のままに動くことができるんだよ」

　説明を受けて、なるほどと頷く。夢って自分ではどうしようも出来ないことが多いもん。それを自分の思うがままに出来たら、それは単純にスゴイと思う。

「しかし、ミズハよ、どうして夢の中なのだ？　目覚めている時ではダメなのか？」

　それまで黙って話を聞いていた魔王様が、すっと指を一本立てて質問してきた。

「ダメじゃないけど、私たちの世界って結構忙しいんだ。私ぐらいの年代なら学校もあるし、部活動にも出なきゃいけないし、塾とか、欲しいものを買うためにアルバイトだって。人付き合いも疎かにしちゃダメだしね……だから寝てる時に遊べるってのは画期的なの」

　ミズハさんの言うことは相変わらず分からない単語が多かったけれど、寝ている時にしか遊べないって、またえらく大変な世界なんだなぁと思った。

　てか、寝ている時は純粋に頭も体も休ませた方がいいんじゃないですかと訊いたら、体そのものは休んでいるし、そもそもミズハさんの世界では、頭ってほんの数パーセントしか普段は使われていないらしい。そしてミズハさん曰く、夢の中で遊んでいる時に使っている頭は、普段働いている頭とは別の部分だそうで……

「それを私たちゲーマーは『ゲームは別脳』って呼んでるの！」

　って熱く主張された。どうやら日頃から、この事について非難されることもあるらしい。

　まぁ、そうだろうなぁと思った。

「そしてキィちゃんたちの世界のゲーム『魔王を倒して、あなたも大金持ち！　夢の中で夢の一千万をゲットしよう！』は」

「ちょっと待て。なんだ、そのタイトルは？」

　それまで黙って聞いていた魔王様が、いきなり目を見開いた。

　頬が怒りでぴくぴくっと痙攣している。

　

「私に怒られても知らないよぅ。メーカーが決めたタイトルなんだもん」

「メーカー？」

「このゲームを作って運営している会社のこと」

「なんと！　神め、一体どこまで余を愚弄するつもりだ！」

　語気を強める魔王様。そうだよなぁ、いくらなんでもあのタイトルは魔王様の人権（？）を完全に無視して――。

「やたらと長いうえに『夢』って単語を二度も使っておる。なんというセンスの無さだ！」

「「そこに怒ってるの！？」」

　思わずハモってしまう私たち。

　や、やっぱり魔王様の感覚ってよく分かんないっ！

　

「ま、まぁ、このゲームがリリースされた頃はラノベみたいに説明調のタイトルが流行ってたんだよ」

　そしてミズハさんは『俺の妹が可愛すぎて、ヤバイと思ったが我慢できなかった』とか、『皇帝？　序盤、中盤、終盤と隙がないよね。でも、俺は負けないよ。まほけ……魔法剣が躍動する俺の戦いを皆さんに見せたいね』とか、かつて流行っていたというタイトルを教えてくれた。

　

「うーむ、こんなことを言うのもなんだが、色々と短縮することを覚えた方がよいのではないのか、お前たちの世界は？」

　うん、魔王様の意見に激しく同意。

「あはは。まぁねぇ。でも、もちろん私たちだってそんな長ったらしいタイトルを常に読み上げるわけじゃないよ。正式名称とは別に、みんなが普段から使っている略称があるの」

　ミズハさんがニカっと笑った。

「『魔王様のゲーム』って、ね」