第四章:ぽんこつメイドは世界の真実を知る

第40話:おしりかゆい娘

 一瞬になって世界が真っ白けに染まって、あたしは思わず目を瞑った。

 なのに、次に目を開けてみたら全くの逆。世界は闇に沈んでいた。

 一体なんなんだか、訳が全然分からない。

 

 魔王様は本当のミズハさんが居るあちらの世界で、あたしに説明してくれると言ったけど……えっと、それってどういう意味?

 

 あたしはうーんと頭を捻ってみる。

 暗闇ってことも手伝ってか、思考に集中できて案外すぐに答えが出てきた。

 

 つまり本当のミズハさんってのは、ミズハさんの体に乗り移っている人のことで。魔王様の推測によれば、それは神様らしくて……。

 おおっ、となると、ここは天国!?

 

「って、チョー殺風景だなぁ」


 あたし、天国っててっきり世界中がお花畑になっていて、空には雲ひとつ無く、お日様のおかげで年中ぽっかぽかとか思ってたよ。

 うーん、死んだら一生バカンスだと信じてたのに……、これじゃあ気軽に死ぬわけにもいかないなぁ。

 

「死んでおるのに一生って表現はおかしいのではないか?」


 と、不意に結構近くで声がした。

 こんな他人の思考に、しかも偉そうな調子でツッコミを入れる人を私はひとりしか知らない。


「魔王様! どこにおられるんですか?」

「こっちだ。よく目を凝らせば、なにやら周りよりもわずかに明るい、窓のようなものがあるのが見えるであろう?」


 声が聞こえた方向を凝視すると、言われたとおり暗闇の中になにやら薄ら明るい四角いものが浮かんでいるのが見えた。

 

 そのすぐ側に、魔王様がちょこんと座っておられる。


「魔王様、ここって本当に神様の世界なんですか?」


 目が慣れてきたとはいえ、辺りは真っ暗。あたしは何かにぶつかったり、躓いたりしないようにと恐る恐る魔王様に近付いた。

 

「それであるが、少々アテが外れたようだ」


 そして、魔王様は見るがよいと、浮かんだ四角いものを指差す。

 近付いて分かったけれど、それは魔王様の仰るように窓のようなものだった。薄いガラス張りで、大きさは一般的なスクウェアシールドを横に置いたような感じ。窓と違って宙に浮かんでいるのが不思議だった。


「あ、あれ?」


 勧められるがままに覗き込んで驚いた。窓の後ろにはやっぱり何も見えない暗闇が広がっているのに、窓には全く違う景色が広がっていたんだ。

 

 見えるのは部屋のようだった。

 ここと同じように暗いけれど、カーテンと思われるふたつの布の間から、微かに日の光が差し込んで部屋全体をぼんやりと照らし出している。


 そんなに広くはない。

 けど、奇麗な白い壁紙で統一され、床に敷かれたピンク色の絨毯もとてもふわふわしていて、新品同様に見えた。

 部屋の中央に四方を支えられたガラスが横置きされているんだけど、アレってもしかしてテーブルなのかな。ガラスのテーブルって、そんなのすぐ壊れそうで怖くて使えないよ。

 

 他にも書棚にはカラフルな背表紙の本が整頓されて並んでいたり、壁に掛けられた鞄や服も見たことがないぐらいにオシャレだった。

 どうやら女性の部屋らしいんだけど、もしかするとどこかのお姫様の部屋なのかもしれない。それぐらいあたしとの生活レベルに差があった。


「……ふあぁ、もう朝かぁ」


 と、そこでようやく部屋の片隅にあるベッド(これまたシンプルながらもとても寝心地が良さそうだった。あたしの棺桶よりかはマシって感じのものとは大違い)に、一人の女の人が眠っていたことに気付いた。


 布団の中でもぞもぞと動いたかと思うと、右手で瞼をごしごし。さらに大きく両手を上げて伸びをすると、がばっと上半身を持ち上げる。

 肩の辺りでふわっと外側に跳ね上がる髪が、主の目覚めを喜ぶように気持ち良さそうに揺れた。

 

 ベッドを降りて、パジャマ姿で現われる女の人。

 暗くてよく見えないけれど、幼さを残す体つきや表情からも、年齢は多分あたしとあまり変わらなそうだ。

 もっとも今着ているパジャマだってすっごく可愛いし、あたしよりずっと生活レベルは高い。きっと似ているのは年齢だけで、あとはあたしなんか比べ物にならないだろう。

 さっきも思ったけど、本当にどこかのお姫様かもしれない。

 寝起きでがばっと体を起こしたのはらしくないけれど、少々おてんばなところがあるだけで、基本的には上品な人に……。


「あう、おしりかゆい」


 ……パジャマに手を突っ込んで、お尻を掻きながら窓辺へ近付く女の人に、あたしはなんとも言えない親しみを感じた。


 ま、それはともかく。

 窓際に立った女の人がカーテンを大きく開く。

 おひさまの光が部屋を満たすのを見て、あたしはつい「わぁ」と声をあげた。

 

 暗闇の中でも奇麗なのは分かっていたけど、光に包まれた部屋の鮮やかさはあたしの想像以上だった。

 清潔な白を基調にしながらも、鞄や服、本、部屋中にセンスよく置かれている小物のひとつひとつが鮮烈な色を発していて、まるで宝石箱のようにぴかぴか光って見える。

 

 そして同時に惹かれたのが、カーテンを解き放った女の人の奇麗な黒髪だった。

 あたしと同じ色合い、ちょっと外側に跳ね返るあたりも同じだけど、あたしよりも全然綺麗。はぁ、だったらさぞかし顔も……と思っていたら、都合よく振り返ってくれた。


「……え?」


 一応言っておく。別に残念な感じだったから驚いたわけじゃない。

 顔も黒髪に負けてはいなかった。高すぎず低すぎない、ほどよく整った鼻。愛くるしさが宿る口元。魅力的な弧を描くフェイスライン……。

 でも、頬に残っている跡を辿り、視線を上へと向けると気付く。

 その、本当なら一番の魅力であろう瞳が、涙で真っ赤に充血していることを。


 一体どんな悲しい夢を見たら、あんなに涙が溢れてくるのだろう。


「あ、あの……」


 どんな悲しい夢を見たのか、あたしは無性に知りたくなって、なんか声をかけてしまう。だけど。

 

「あー、もう私のバカバカバカ、アホ、おたんこなすっ!」


 突然の彼女の罵声に、あたしの声はかき消されてしまった。


「もう時間もないってのに、なんでBANなんて喰らってるのよぅ、私ィ」


 さらに両手をグーにして、ポカポカ自分の頭を叩き出す女の人。

 あ、あの、そんなに激しく叩いたら本当にアホになっちゃいますよ?

 すると、まるであたしの声が聞こえたみたいに、ぴたりと女の人は叩くのをやめる。代わりに

 

「はぁ~~~~~」


 今度は地獄よりも深い溜息をつきだして


「終わったなぁ、私の青春」


 なんかオバサンくさいことを言い出した!

 終わってないよ、どう見てもあたしと同じまだ十代なのに、早くも青春終了しちゃったらダメ!

 

「あうう、なんとか頑張ってもうすぐレベル50ってところまで育て上げたのに。フレンドだって五百人越えてたのにぃ。うう、勿体ない、もったいないよぅ、もったいないオバケがゾンビ状態でうじゃうじゃ出てくるレベルだよぅ」


 ……もったいないオバケ? 聞いたことがないモンスターだけど、あんまり強そうじゃない。

 って、それよりも今レベル50って言ったっけ。それってもしかして……。

 

「……まぁ、でも、もうどうしようもないよね。結局みんなも好き勝手にやってやられちゃったみたいだし、ハヅキ君は生き残ったかもしれないけれど、一人ではやっぱり魔王なんて倒せないだろうし」


 ハヅキ!?

 それに魔王様!?


「ああ、悔しいなぁ。このまま魔王を倒せずにサービス終了かぁ」


 驚くあたしをよそに、女の人は吹っ切るように大きく伸びをした。そしてあたしたちが覗き込んでいる窓へと近付いてくる。


「あ、えっと……わぷっ!」


 うわん、戸惑うあたしを魔王様がぐいっと押しのけてきたっ。

 女の人があたしたちと同じように、向こうから窓を覗きこんでくる。


「残念だけど、アンインストールしちゃ……えっ?」


 女の人がぎょっとした表情を浮かべた。

 それなのに魔王様たらときたら、涼しげに


「うむ。お邪魔しておるぞ、ミズハよ」


 しゅたっと片手をあげて挨拶をしたのだった。


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