幕間

幕間の物語:それでも弟を信じてる

★ 幕間の物語その三:コウエ視点 ★


「三人とも消えたか……」


 一瞬まばゆい光が世界を覆ったかと思うと、次の瞬間には三人の姿が消えていた。

 

 ミズハが消えたのは僕にも十分理解出来る。

 彼女は禁足事項――この世界の住人に決してバラしてはいけないことを、パトやキィの前で口にしてしまったからだ。

 あんなことをしたらBANされる消されるのは当たり前。気持ちは分かるけれど、あそこは黙って見守っておくべきだった。

 

 だが、パトやキィが消えたのは意外だった。

 果たしてどこへ行ったのか?

 冒険者たちは「魔王が転移魔法を使って逃げた!」と騒いでいるけれど、僕の予想が正しければこれはもうそんな次元の話ではない。

 

 ただ、それに関しては僕に出来ることはなにもなかった。

 本当にパトが魔王なのかどうかも含めて、運営NPCの紅蓮竜アリスローズに聞きたいことはいっぱいあるが、彼女もまたこの事態に対応すべく既に姿を消していた。

 

 だから僕は今の僕に出来ることをするだけだ。


「ハヅキ……おい、大河!」

 

 呆然と地面にへたり込む弟にむかって名前を呼ぶ。

 ハヅキでは反応がなかったから、少し強めに本名で呼んでやった。

 すかさず視界の端に警告アラートが出るが、ここで本名を連呼しなければBANされることはないだろう。

 

「…………」


 返事はなかった。

 が、体がビクっと動いたから、聞こえているのが分かった。

 ならばいい。あとはこちらからひたすら話しかけてやるだけだ。

 

「もう気が済んだな。いくらレベル99になろうと、どれだけいい装備を整えようと、今のお前では駄目だってこと、やっと分かっただろう?」


 弟は残念なことにあまり頭がよくない。

 それでもミズハが身をもって伝えようとしたことに気付かないほど馬鹿ではないと思いたかった。

 

「お前に何があったのかは知ってる。同情もしている。辛い現実から逃げ出したくなる気持ちも分かるよ。だから昔のようなお前に戻ってほしくて、僕はアカウント資産の引き継ぎを譲った。ここならお前にとって大切なものがまた見つかると思ってたんだ」

 

 例えば僕にとってのニトロのように。

 かつて僕と一緒に大戦に参加してくれた大勢の仲間たちのように。

 現実から隔離されたこの世界なら、弟もきっとかつてのような生き方が出来るだろう、そしてそれはきっと傷ついてしまった彼の心を癒す手助けになるはずだと思った。

 でも。

 

「だから、お前が誰ともパーティを組まず、仲間にするのはNPCだけで、おまけに僕が譲ってやった金をほとんどあのキィって子に使い込んだらしいと知った時はがっかりしたよ。一体お前は何を考えているんだ?」


 いや、本当は何を考えているのかは分かってる。あの子……キィを知れば知るほど、弟には呆れるばかりだった。

 まぁ、さすがにそれを指摘してやるのは可哀想だからやらないけれど。

 

「唯一の救いはミズハの願いを聞き入れて一騎打ちモードを解除したことだが……BANされた今、彼女はこの世界に戻ることはない。せっかくお前のことを信じてくれた人だったのに、お前と一緒に戦ってくれる仲間だったのに、な」


 それを全部台無しにしたのは他でもない自分自身なのは、言わなくても弟だって分っていることだろう。

 事実、肩が小さく震えている……もう少しだ。

 

「ミズハがいなくなった今、この世界にお前と一緒に戦ってくれる奴がいないのは、見れば分かるよな? そしてお前ひとりではあいつに勝てな――」

「……さい」

 

 弟が小さく呟いた。

 

「は? 何か言ったか?」

「うるさいってんだよ、このバカ兄貴!」


 弟が顔をあげて怒鳴った。

 顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「なんだお前、泣いて」

「うるさいっ! うるさいっ! うるさいいいいっ! まだだ、まだ終わってない! 俺は絶対魔王を倒すんだ! そして」


「兄貴を超える、ってか。そりゃあ無理な話だ」


 僕たちの兄弟喧嘩に飄々と入ってきたのはニトロだった。

 

「誰ひとりとして仲間に出来ないお前と、かつて何千人って奴を纏め上げたお前の兄貴とでは器が違いすぎる。諦めたほうがいいぜ」

「な、なんだよ、お前……俺たちのことを知らないくせに」

「知ってるぜ。全部聞いたもん。なんでもお前、兄貴にカノジョを盗られ――」

 

 瞬間、ハヅキの姿が消え去った。

 ニトロの言葉を聞きたくなくて、咄嗟に退出ログアウトしたのだろう。

 

「ニトロ、ちょっとやりすぎ」

「ええっ!? だってお前から弟を煽ってくれって頼んできたんじゃねーか」

「だからってカノジョ――あの子のことを言ったらあいつがログアウトすることぐらい想像がつくだろう?」


 本来ならもう少し話し合って見極めるつもりだった。

 弟がまだ昔の彼自身に戻ることが出来るのか。それとも別の方法を新たに考えなくちゃいけないのか。

 ……まぁ、僕としてはまだまだ前者を信じているから、ああして弟の感情を逆なでするような言葉を投げつけたし、ニトロにも煽り立てるよう予め頼んでおいたのだが。

 

「で、兄貴から見てどうよ? あいつがまた戻ってきて本当に魔王、かどうか分からないけど、あのパトって奴を倒せるようになる可能性は?」

「……分からない。でも、あいつを信じてるよ」


 そう、あんなことを言っておきながら、弟にはまだ現状を逆転させるだけの力、可能性があると僕は信じている。

 もし弟がその可能性に気付き、勇気を出して実行することが出来たら、きっとかつて僕が羨ましいと思い、少しでも近づきたいと願った彼本来の姿に戻ることができるだろう。

 

 今はただそれを信じるしかなかった。

 

★ 幕間の物語その三 終了 ★

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