第39話:そして世界は白に染まる

 魔王様に冒険者たちが次々と挑んでいく。

 

「ほう、双剣による飛燕連撃とはなかなか。だが」


 二本の片手剣を器用に操って反撃の暇さえ与えない連撃を繰り出す剣士に、魔王様はバックステップで距離を置くと、魔法の壁を作り出した。

 

「攻撃速度は申し分ないが、いかんせん威力不足は否めんな。そのような攻撃ではいつまで経ってもこの壁は壊せまい」


 さらに魔王様はあっという間に剣士の四方に同じ障壁を作り出し、取り囲んでしまった。

 

「死ねぇい、魔王!」


 そこへごつい体にごつい鎧を着込んだ重戦士の斧による一撃が襲い掛かる。


「スピード自慢の次は力自慢か。やれやれ」


 重戦士は狙い済まして魔王様の頭上に斧を叩き付けたはずだった。

 ところが、斧が虚しく地面を強打したかと思うと、音もなく胸元に侵入した魔王様に、その巨体を軽々と持ち上げられてしまった。

 眼を凝らしてよく見ると、重戦士の胸元に半透明の、太くて逞しい腕が伸びている。魔法で作り出した腕なのだろうか。

 

「ちゃんと斧を持っておくがよい」


 そして慌てふためく重戦士を、魔王様は自分を軸にしてぐるぐると空中をぶん回し始める。

 これには魔王様に飛びかかろうとした冒険者たちもたまらない。次々と巻き添えを食らって吹き飛ばされた挙句、


「ちょ!」

「こっちにくんなーッ!」


 離れたところで魔法の詠唱を続けていた一団に至っては、ぶん投げられた重戦士の下敷きとなって壊滅的ダメージを受けた。


「なっ、なんて強さだ。さっきのハヅキと戦った時とはまるで別人じゃねぇか!」

「みんな、個人プレイはやめろ! ちゃんと連携を取って戦……って、おい、言っている側から突っ込むんじゃない!」

「おい、癒し手ヒーラーはいねぇのかっ!? このままじゃあ全滅しちまう」


 あっという間に戦力の三分の一ほどを失って、冒険者たちは動揺し、混乱を極めた。


「そ、そうだ、ミズハさんなら、強力な全体回復魔法が使えるはず!」

「ミズハさん、頼みます! 助けてください!」


 こぞってミズハさんに頼りだす冒険者たち。

 現金なもんだよね。さっきまで誰一人としてミズハさんの慟哭を無視していたくせに。


「hftrbs0897t340q tgdf809gtr7q23r」


 だけど、ミズハさんは再び詠いはじめる。


「おおっ、ミズハさん、ありがとう!」

「ミズハさんにも賞金を分配しますからね!」


 冒険者たちが歓喜する。誰もがこれで体勢を立て直せる、そう思い込んだに違いない。

 でも。


「えっ、ちょっと。なんで?」

「なにやってるんスか、ミズハさん!?」

「どうしてハヅキの回復なんかしてるんですかっ!?」


 ミズハさんの詠唱で、回復の蒼い光に包まれたのは勇者様だけだった。

 重力球体と、冒険者たちに踏みつけられたせいぐったりとしていた勇者様。いまだ意識は戻らないものの、ミズハさんの回復魔法のおかげで顔に血の気が戻ってきた。

 

「ふ、ふざけんなよ! こんなヤツに回復魔法を使っちまって、何考えてやがるんだ!? ! いいからさっさと俺たちを回復しろ!」


 冒険者の一人が激怒して吼えた。

 と思ったら、あっさり魔王様の炎弾で吹き飛ばされる。

 正直、いい気味だと思った。魔王様、ぐっじょぶ!

 

 ただ、クズな冒険者はともかく、叫んだ内容が気になったあたしは、ミズハさんの様子を伺おうとしてぎょっとした。

 

「そ、そんな……」


 ああ、なんてことだろう。

 ミズハさんの体が淡く発光し、向こうにある景色がぼんやりと透けて見えている!


「ミズハさん!」


 思いもよらぬ異常事態の連続に、ミズハさんの手を握ろうとする。

 だけど、あたしの手はするりとミズハさんの手をすり抜けた。


「ううっ。……あ、そうか、これってそういう魔法なんですよね? そうですよね、ミズハさん!」


 無理矢理そんな結論を出すあたしに、ミズハさんはそっと微笑むと小さく首を横に振った。


「魔法ではないぞ、キィ。姿を消すことは出来ても、存在そのものを消すことなぞ人間も魔族も出来ぬ」


 おまけに魔王様まで、冒険者たちを片っ端に撃退しながら非情な現実を告げる。


「そんなことが出来るのは、神だけだ。ミズハは禁忌に触れ、神の怒りを買って処罰されるのだよ」

「禁忌って……一体ミズハさんが何をしたっていうんですか? 意固地になっている勇者様を説得してくれただけじゃないですかっ! どうしてそれが神様に怒られて言葉だけじゃなく、存在まで消されなくちゃいけないんですかーっ!?」

「キィよ、以前にも話さなかったか? 神はお前たち人間、いや、おそらくは余とて単なるモルモットとしか見てはおらぬ、と」


 魔王様はあたしと会話しながら、なにやら詠唱を始める。

 やにわに広がる黒雲を眺めつつ、あたしは思い出していた。

 あれはそう、魔王様の下僕にさせられて、魔族の集会所に行った時のこと。大勢の魔族を前に、魔王様はステイタスカードを掲げて、そんな話をしたことがあった。


「そして我らをモルモットにして、神は何かをしているのだよ。それがなんなのかは、余にも分からぬ。だが、よほど隠したいことらしい。なんせもし万が一にもその内容が漏れれば、情報提供者の存在ごと消し去り、さらには我らの記憶から抹消するという手の込んだことをしているのだからな」


 どうして魔王様がそんなことを知っているのか。不思議には思ったけど、それどころじゃなかった。

 だって、もし魔王様の言うことが本当なら……。

 

「記憶から抹消って……そんな、それじゃあミズハさんは……」

「うむ。間もなく余たちはミズハという女性がいたことすらも覚えてはおらぬであろう」


 ミズハさんが消える。

 姿どころか、その思い出さえも。

 魔王様が出した最悪の答えにあたしは悲鳴をあげそうになった。


 頭の中にこれまでの記憶が蘇ってくる。

 どんな時でもいつも明るく振る舞っていたミズハさん。

 みんなから嫌われ者の勇者様にも気軽に声を掛けてくれて、あたしにも全然偉ぶったところもなく、普通の友達みたいに接してくれたミズハさん。

 そのミズハさんが消えちゃう? しかも存在していたことも忘れちゃうだって?

 そんな、そんなのってあまりにヒドすぎるよっ!

 

「存在を消すって……そんな、どうしてそんなことをっ!?」

「それだけ厳重な秘密である、ということであろう。故に情報を漏らした者には存在消去という厳罰を用意してあるのだ」


 話は……分からなくもなかった。

 でも、それでも納得なんて出来ない! 出来るはずがなかった。


「だったらなんで神様はミズハさんに、そんな情報を教えたんですか!? ミズハさんも知らなければ、情報を漏らすこともなくて、消されることもなかったのに。なのにどうして!」

「これはまだ推測の域を出ぬが……」


 そして魔王様から語られた言葉は、俄かには信じられないものだった。


「ミズハは知らされたのではない。最初から知っていたのだ。何故なら勇者病患者とは、神がこの世界の住民に乗り移る現象であろうからな」

「ええっ!?」

 

 突拍子もない推測だった。

 だけど、言われてみれば、全て説明出来てしまう。

 それまで冒険どころか、刃物ひとつ持ったことがない人が突然「俺、勇者だったんだ」と、それまでの生活を惜しげもなく投げ出して、いつのまに身につけたのか自由自在に剣や魔法を操って冒険の旅へと繰り出す。

 思い出せば勇者様だって、勇者病にかかる前は単なるエロ息子で、剣を振り回す腕力どころか、まともな体力すらなかった。

 

 さらには勇者病を発病して、性格までがらりと変わった人も世間にはいるという。

 どれも人が変わったというよりも、全くの別人になったと言ったほうがしっくりときた。

 

 そしてあたしたちの知らない世界の真実。

 魔王様の推測通り、知らされたのではなく、最初から知っていたのなら理解できる。

 

「それに勇者の『エーンではない一千万』という発言も、彼らが我らとは違う、別の世界での価値観を有している証拠だ」


 魔王様が「興味深い」と言った勇者様の発言……てっきり勇者様の口からでまかせと思っていたけれど、こうなると確かに真実味が帯びてくる。


「で、でも、それってやっぱり推測に過ぎないですよね?」

「うむ。であるから、余はミズハに確認せねばならぬ」


 あたしと会話をしながらも襲ってくる冒険者たちを悉く撃退し、魔王様は悠々とミズハさんに近づいていく。


「tq4u 0-gh9aq097hbaqe?」


 もはや霞のように消えかかっているミズハさんが、驚いたような表情をしながらも、魔王様を睨みつけた。

 

「ん? キィ、何をするのだ?」

「魔王様こそ一体何をする気なんです?」


 気が付けば、あたしは庇う様にミズハさんの前に立っていた。

 これ以上ミズハさんが苦しむ姿を見たくなかったんだ。

 ちょこっと口を滑らせただけで、神様に言葉を奪われ、存在さえ消されようとしているミズハさん。

 しかも、そこまでの危険を冒したのは、すべては魔王様を倒し得る勇者様を助けたい一心からだった。

 

 なのに仲間の冒険者たちは勇者様なんておかまいなしに好き勝手なことをやって、ミズハさんの捨て身の行動を台無しにした。

 そんな失意のまま消えていくしかないミズハさんに、追い討ちをかけるようなことをして欲しくはなかったんだ。

 

「キィ、お前は何か勘違いをしている」


 だけど魔王様はあたしの頭をぐっと握ると、あっさり脇へどけようとする。

 

「うわん、イタイイタイ。魔王様、痛いからやめてー」


 うう、魔王様は紳士だと信じていたのに。力任せに強行突破なんて、これじゃあ勇者様と変わらないじゃん。


「仕方なかろう、もう時間は残されておらぬのだ。キィにはあっちで詳しく説明してやる故に、今は大人しくてしておれ」


 右手であたしの頭を握ったまま、魔王様は左手をミズハさんの額に乗せた。

 掌そのものから発光される青白い光が、ミズハさんの体を包み込んでいく。


「ちょ、な、なにをしてるんですか? それにあっちってどっち?」


 手足をばたつかせてなんとか逃れようとするあたしに、魔王様はいつもの、興味がビンビンに刺激されている時に見せるニヤリとした微笑を浮かべて言う。


「決まっておろう。本当のミズハが居るあちらの世界だ!」


「えっ?」とか。

「はい?」とか。

 驚く暇なんてなかった。


 一瞬にして。

 世界が真っ白に染まった。

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