第38話:ミズハの願い

 街外れの丘で突如始まり、多くの人に迷惑をかけた勇者様と魔王様の大決戦。

 

 戦いは巨大なファイアーボールをも無効化する鎧と、目にも止まらぬ連続攻撃を可能にする剣を手に入れた勇者様が圧倒的有利に戦いを進めていたものの、今や状況は一変。勇者様は魔王様の魔法であえなく拘束されてしまった!

 

「なにもダメージを与えるだけが勝利ではあるまい。こうして手も足も出ぬ状況にしてしまうのもひとつの手と言えよう」

「うっせ、手は出ねぇが、足ぐらいはまだ出らぁ!」


 上半身を光のロープで両腕もろとも縛り付けられた勇者様が、まだ自由の効く足で魔王様を蹴り上げようとする。

 

 が、あっさり蹴り足を魔王様に掴まれた勇者様は、そのままぐいっと上に持ち上げれて 

「うげっ!」


 片足では踏ん張りがきかず、地面にどたっと倒れてしまった。


「まったく、往生際が悪いことだ」

 

 おまけに上半身どころか、両足すらも光のロープで縛られてしまう勇者様。

 うん、やっぱりこの人、アホだ。まだ足が使えるなら一回逃げて、光のロープを誰かに解呪ディスペルしてもらえばよかったのに。

 そりゃあ魔王様の魔法だから簡単に解除は出来ないだろうけど、ミズハさんならきっと出来たはずだ。

 

「どうした? このままではまた余に殺されてしまうぞ?」


 魔王様は無様な勇者様を即座に始末してしまうわけでもなく、余裕綽々に見おろす。


「今ならまだ間に合うであろう。周りに助けを求め、今度は全員でかかってくるがよい」


 てか、あまりに余裕すぎるのか、そんな言葉まで出てくるし。

 あれほどの勇者様の猛攻を受けながらも、まるで介さず、今度はみんなまとめて相手にしてやるって……さすがは魔王様だ。


「ふん、調子付きやがって……おい、キィ、ちょっとこっち来い!」

「はへ? あたし?」


 突如名前を呼ばれて面食らった。


「このロープもどきをなんとかしやがれ、今すぐに!」


 えー? また勇者様が無茶を言い出したよー。

 そんなこと言われても、あたしに出来ることなんて芋虫みたいになった勇者様を棒でツンツンすることぐらいしかないよー。

 

「……勇者よ、どうしてここでキィなのだ?」


 早くしろと急かす勇者様と、ちょっと面白くなって本気で棒切れを探し始めるあたし。いつだって冷静なのは魔王様だけだ。

 当たり前に出てくる疑問を、当たり前のように勇者様にぶつける。


「もしキィのLUKに縋って万が一にも余の魔法を解除できると考えているのならば、それはさすがに無理があるというものだ。

 あやつの幸運能力はあやつだけに作用する。自分に掛けられた魔法を幸運で逃れることはあったとしても、他人に掛けられた魔法を幸運で解呪できるなどありえぬ。今のキィに出来ることと言えば、せいぜい余の魔法束縛糸マジックバインドに手を掛け、『ふんぬー』と力任せに引っ張ることぐらいであろう」

 

 うん、そしてそれが無駄なあがきなこともあたしは知ってる。

 ううっ、全ては勇者様が面白半分にあたしを育てたのが悪いんや……。

 

「キィよりも頼るべき人間は、ここにはもっとたくさんいるであろう? 例えばミズハとか、な」


 ですよねー!

 でも、勇者様はミズハさんに助けを求めようとはしない。

 おまけにミズハさんもまた何故か勇者様を助けようとせず、ただただ悔しそうな表情を浮かべて立ってるだけ。

 プライドが無駄に高い勇者様はともかくとして、ミズハさん、一体どうしちゃったんだろう?


「しかし、おぬしはキィに頼らざるをえなかった。つまり、そこに何かしらの理由があるのだ。キィでなくてはならない。ミズハに頼ることはできない理由が」


 勇者様を見おろす魔王様の視線の先に、小さな球体が突如として現れた。

 虹色に輝く球体はゆっくりと魔王様の目の前から、地面に這い蹲る勇者様の元へと近付いていく。

 

「うおっ! な、なんだ……これ。……か、体が!」


 傍から見ていると、不思議な球体が体の上に近付いただけなのに、勇者様は過敏に反応した。よく見たら勇者様の身体が少し地面にめり込んでいるように感じる。

 

「さぁ、今度こそ絶体絶命だ、勇者よ。確かにおぬしが身につけている鎧は、炎や衝撃には無類の強さを誇るようだ。が、重さには耐えられぬであろう? そいつはどんどん大きく、そして重くなっていくぞ」


 どうやら球体は見た目よりもずっと重いらしく、浮いているにも関わらず真下にいる対象者に重みがのしかかるらしい。

 ふへー、これまで魔王様の魔法と言えば炎系統が主流だったけれど、この手の魔法も使いこなせるのかぁ! 

 

「ぐ、ち、ちくしょう……ふ、ざける、な」


 必死に体をよじって、重力の球体から逃げようとする勇者様だけど、嘲笑うかのように球体はふわふわゆっくりと勇者様の動きに合わせて浮遊する。

 自由に動きまわれるならばともかく、四肢を縛られて身動きできない今の勇者様では、どうにも逃れられそうになかった。


「まったく憐れなことだ。余を倒せる可能性を持ちながら、つまらぬ欲望や意地で全てを無に帰そうとする。まぁ、つまりおぬしにとって、この世界とは所詮そのようなものだということであろう?」

「……な、なん、だと!?」


 勇者様の上に浮かぶ球体は、最初と比べて既に三倍はあろうかという大きさになっていた。相当な重さに、本来なら指一本動かすことですら、キツいんじゃないかと思う。

 それでもうつ伏せになった勇者様は、懸命に顔を上げて魔王様を睨みつける。


「お、お前を……倒し……超……………………」


 でも、言葉もまた重力に押し潰されてしまった。

 ああ、さすがにこれは勝負あり、だ。こうなってはもう……。

 魔王様が、全ては計画通りといわんばかりに満足げに嗤う。


「残念であったな。おぬしだけでこの世界を救うことなど――」




「ハヅキ君!」




 その時、突然ミズハさんが大声を張り上げた。

 荒れ果てた丘に、それまで黙りこくっていたミズハさんの声が響く。


「魔法を解呪ディスペルする準備は出来てるから! だからお願い、今すぐ『一騎打ちモード』を解除して!」


 どうして勇者様はひとりで戦うのか。

 どうして誰も手を貸さないのか。

 ずっと疑問だったけれど、答えはとっても単純だった。

 

 一騎打ちモード……初めて聞く話だけど、内容はその名前通り、ステイタスカードの力で戦闘を一対一のものに「設定」してしまうものなのだろう。


 つまり誰も戦闘に乱入しなかったのは、勇者様がこの一騎打ちモードを発動していたからだ。

 理由は、まぁ、ひとりで格好良く魔王様を倒すところをみんなに見せびらかしたいとか、おそらくそんなところだろう。なんせ勇者様、バカタレだから。

 

 疑問だったけれど、知ってしまえばどうってことない話だった。

 他人に邪魔させないなんて結界よりも高度な魔法っぽいけど、ステイタスカードならこれぐらい出来てもおかしくはないし。


 なのに、どうしてだろう?


「マズいっ! ニトロ、彼女を止めるんだ!」

「ねーちゃん、それ以上はあかん! そいつは禁足事項や!」


 コウエさんが声を張り上げ、ニトロさんが慌ててミズハさんを後ろから抱え込む。 

 ミズハさんのおっぱい……ではなく、ちゃんと口を塞いでいることからも冗談じゃなくて本気で止めようとしているのが分かった。


「ミズハさん!」

「ミズハ、やめろ!」


 冒険者たちも悲鳴のような声をあげる。


「……くっ、マズイのじゃ」


 沈黙を守っていたドラコちゃんも、溜息とともに言葉を吐き出した。

 え? 何? これってそんなにヤバイことなの?


「なるほど、一騎打ちモードなんて『設定』があったのか。故に誰も手を出すことが出来なかった、と。ふむ、面白い」


 みんなが慌てふためく中、魔王様だけは獲物を前に舌なめずりする狩人のように、ミズハさんを見つめる。

 その瞳には、何かを決心したような表情のミズハさんの姿が映りこんでいた。


「だが、それをどうして隠す必要があった?

 お前たちは一騎打ちモードで余と戦う勇者に不満を募らせつつも、ミズハが意を決して訴えるまで、誰一人としてモードの解除を訴えなかった。おまけにミズハの訴えへの皆の反応……いかに一騎打ちモードの話題が禁忌であるか伺い知ることは容易である」

「そんなの、貴方が知る必要はない! 私たち、ううん、ハヅキ君が今ここで貴方を倒すんだから! だからハヅキ君」


 ミズハさんの嘆願は、もはや絶叫になっていた。


「今すぐモードを解除して! 私はもうお金なんていらないから! だからハヅキ君4qja08hgaga6or%eou56q&P*!!!?????」


 唐突に。

 ミズハさんの言葉が形を失った。


「なんてこった」


 誰かが呟いた。絶望が色濃く影を落とした声だった。


「rbaogha???????」


 くっと顔を顰めるミズハさんは、それでも言葉にならない言葉をひたすら叫び続ける。


「8y7 taba53qgfp98350ungyjdey7iq-0gh89e-w!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ミズハさんの両目から溢れ出る涙が、丘を渡る風に攫われる。言葉は分からない。でも、その懸命な姿から、ミズハさんがただひたすら勇者様に訴えていることは分かった。

 

「ミ………………ズ……ハ」


 そんなミズハさんの必死さが伝わったのかもしれない。

 重力の前に口すらも閉ざされていた勇者様が、なんとか気力を振り絞って口をもがもがと動かす。すると。


 パチン。

 

 何かが弾ける音が、聞こえたように感じた。


「なるほど。今のでモードが解除されたわけだな」


 魔王様が満足気に頷くのを皮切りに、冒険者たちが一斉に得物を抜く。

 ある者は岩石さえ砕けるような大きな斧を。

 ある者は懐から毒々しい色の液体が塗られたナイフを。

 ある者は頭上高くに銀色の錫杖を掲げた。


「9+/4eqrj0g98wq435^62q4[9-ngftr7243w]」


 今まさに魔王様にみんなが襲いかかろうという中、ミズハさんの唄を奏でるような声があたりに流れる。おそらくは魔法、解呪の呪文だろう。

 意味を成さない言葉が、かえって神秘的に思えた。


 そして勇者様を束縛していた魔法の糸が蒸発するように霧散し、頭上の重力球体にヒビが入って割れるのと同時に。


「おおおおおおおっっっっ!!」

「魔王の首は俺が貰ったぁぁぁぁぁ!」

「光よ、雷となりて敵を貫け!」


 冒険者たちがこぞって魔王様に襲い掛かる。

 誰もが魔王様を倒そうとしていた。

 誰もがこれまで積もった鬱憤を晴らそうと、自分たちが持ち得る中で最高最強の技をぶち込もうとした。

 だから誰一人として


「ハヅキ、こんなところで寝てるんじゃねーよ。邪魔なんだよ、負け犬!」


 瀕死の勇者様を助けようなんて考える人はいなかった。 

 魔王様に群がる冒険者たちは、束縛と重力の魔法から解放されたばかりで、まだ身動きも取れない勇者様を踏みつけ、蹴りつけ、その度に酷く罵った。

 

 こんなこと、ミズハさんも想定していなかったのだろう。


「h0qa987403q!!!」


 悲痛な声でミズハさんはみんなに呼びかける。

 ミズハさんは魔王様を倒すのは勇者様だと言った。勇者様の攻撃がきっと魔王様を貫くと信じていたのだろう。

 だから、ピンチになった勇者様を懸命に救おうとしたんだ。勇者様を助けようとして、一騎打ちモードの解除を懸命に訴えたんだ。


 だけど、他のみんなはそう思ってなかった。

 傲慢な勇者様が魔王様を倒そうとする場面を、ずっと腸が煮えくりかえる思いで見つめていたに違いない。

 

 お前なんかに魔王を倒せるもんか。

 早くやられちまえ。


 ……そんな人たちが勇者様を助けるはずなかった。

 

「4q n8ga!!!」


 ここに集まった冒険者たちはみんな、ミズハさんの仲間なのに。

 でも、今やミズハさんの言葉に耳を貸す人はひとりもいなかった。

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