第35話:勇者様ぱわーあっぷ

 いったいどこまで話は広がっていったのだろう。

 ニーデンドディエスの郊外に位置する小高い丘に、さっきから続々と冒険者が結集してきた。


 この辺りはモンスターも滅多にいないし、頂上までほんの二、三十分で登ることが出来るから、普段は街の人たちのちょっとしたピクニックに使われている。

 心地よい風、見晴らしの良い景色、ところどころににょっきりと生えた大木の木陰で昼寝したり、岩をテーブルにしてお昼ご飯を食べたりと、本当に長閑な場所だ。


 でも、今や冒険者の見本市みたいな有様になっている。


 無骨な鎧に身を纏った剣士、巨大なハンマーを肩に掲げる大男、ナイフを研いで時間を潰す盗賊風情の怪しげな人もいれば、全身から魅了の魔法を放っているようなナイスバディな女魔法使いもいる。

 普段から付き合いのある人もいれば、全くの初対面の人まで、その数は少なく見積もっても五百人は下らない。


 しかも、まだまだ続々集まってくる。

 改めて今の勇者様の注目度に驚かずにはいられなかった。


「いやぁ、スゴイスゴイ。いっぱい集まってきたねぇ」


 丘の頂上に立ち、そんな様子を眺めていた私の横でミズハさんがのんきにのたまう。

 原因を自分が作ったってのに、全くお構いなしだ。



『二時間後、街外れの丘で魔王を倒す!』



 勇者様の自信満々な言葉を受けて、ミズハさんの行動は素早かった。

 すかさずステイタスカードのお知らせモードを利用して、仲間の人たちに「今話題のレベル99勇者が何かやるらしいよ!」とお知らせしたんだ。


 もっとも魔王様のことについては、敢えて触れなかったみたい。

 そりゃそうだ。魔王様がこんな街の近くで戦うなんてことが世間に知れたら今とは比べ物にならないぐらい大混乱になるもの。

 

 それに例のコウエさんの発言もあって、誰もがみんな魔王様が本当に魔王なのかと疑っていた。

 あたしは……魔王様は、やっぱり魔王なんだと思う。

 ただそれも、あの時からずっと心ここにあらずな様子の魔王様を見ていると、ちょっと気持ちが揺らいでくる。

 

 そう、これから超絶武装な勇者様と戦うというのに、魔王様は相変わらず自分自身についに己の心に問い続けていた。




「ハヅキだ! ハヅキが来たぞ!」


 丘の上で待つことしばし、どこからかそんな声が聞こえてきた。

 かと思うと、人だかりがささっと左右に分かれる。

 その中央を歩いて、あたしやミズハさん、コウエさん、ニトロさん、そして魔王様が待ち受ける丘の頂上に向かってくる人がいた。


 正直に告白すると、最初は勇者様だとは分からなかった。

 それぐらいあたしの知っている勇者様じゃなかったんだ。


 いつもは適当に伸ばしている髪の毛をうなじ辺りで縛り、勇者様が力強く歩を進める度に背中でリズミカルに跳ねる。

 

 装備もこれまでのヘビープレートによる重装備から一転、漆黒のレザースーツっぽいものに変わり、体にぴったりと張り付くそれはレベル99にまで登りつめた勇者様の肉体を見事に誇示していた。


 加えて手にするのはお馴染みの鉄板を重ね合わせたような大剣とは真逆の、すらりとわずかに曲線を描く細身の剣。レイピアほど細くはないものの、ブロードソードよりも明らかに刃幅がない。

 なのに見るだけでゾクリと背筋に冷たいものが走るのは、刃に走る波の様な光沢のせいかな。

 大剣の時はあんなのでぶっ叩かれたら痛くて死んじゃうヨと思ったけれど、今回のは痛みすら感じる暇もなく命を絶たれるような、文字通り生と死を分断する純粋な殺傷力に満ち溢れていた。


 でも、何より一番違っていたのは、勇者様の表情だ。

 大勢のギャラリーの前におどおどすることもなく、それでいていつものように自己顕示欲が顔面に張り付いたような表情でもない。

 一歩一歩頂上へと登ってくる勇者様はただただ冷静で、程よい緊張に顔を引き締めた、立派な冒険者の顔付きだった。


 そんな勇者様の様子に、あたしは気がつけば体を震わせていた。

 なんで震えたのかって? 

 そりゃあもちろん――。


「待たせたな。世界を今、この俺が救」

「あたしの百三十万エーン返せー!!」


 本当に例の超高価素材で装備を新調してしまった勇者様に対し怒りで打ち震えたあたしは、問答無用の必殺股間蹴りを食らわしてやったのだった。

 

 STRが3なあたしでも、相手が男性に限りクリティカルヒットを決めることが出来る必殺技・股間蹴り。

 これまでもおバカな勇者様がアホなことをするたび繰り出して、その暴走を止めてきた。

 ところが。


「キィよ、残念だがその攻撃はもはや拙者には効かぬ」


 勇者様、股間にあたしの超必殺技を受けながらもびくともせず!

 しかも冷ややかにあたしを見つめながら、自分のことを「拙者」とか言ってきたよ!


 こう言っちゃ悪いけど、勇者様、ちょっと自分に酔いすぎじゃないですかね?

 まぁ、あたしの必殺股間蹴りが効かないほど、超高級素材インセ樹で作られたレザースーツの衝撃吸収力に浮かれるのは分かるけど……ぶっちゃけ、ムカつく!


「ううっ、勇者様ズルい! あたしにナイショで素材を換金しなかったばかりか、こんなスゴイ装備まで作っちゃって!」

「すまぬ、キィよ。お前に黙ってこのような絶対無敵な鎧を作ってしまった上に、カッコよさまでぐんと跳ね上がってしまった超絶美形な拙者を許してほしい」


 その返事がまたムカつくわっ!

 何が許してほしいですか!?

 てか、口調は落ち着いているけど、言っていることは以前と全然変わってませんね、勇者様っ! いや、むしろ、落ち着いている分、ムカつき度が上がってますよっ!


「だが、拙者もただで許してくれとは言わぬ」


 ほ? それってもしや?


「え? あ、あれ? もしかしてあるのかな、あたしの取り分百三十万エーン?」

「金はない。が、拙者をハゲとか、足臭いとかぬかした数々の暴言を許してやろう」

「ふざけるなー!」


 あたしは駄々っ子みたいに股間蹴りを連発する。

 が、悉くふにょんとレザースーツに吸収された。ぐぬぬ、なんてこったい。


「さぁ、おふざけはここまでだ。キィ、下がっておけ。ここはもうすぐ戦場となる」


 勇者様はあたしをやんわりと退けて、澄ました顔で傍を通り過ぎた。

 背中で束ねた髪が、丘を吹き抜ける風にひらりと舞っていた。

 

 うう、くそう。勇者様のくせになんかカッコイイじゃないか。

 なんだかそれも妙に悔しくて、あたしはますますこのままでは引っ込めない気持ちになった。


 あ、そうだ、何も肉体にダメージを与えるばかりが攻撃ではない。精神に攻撃を与える方法もあるじゃないか。

 格好良く登場したところで、いきなり背後からの膝カックン。コイツは恥ずかしいぜ、ぐふふのふ。


 あたしは咄嗟に閃いた作戦を実行すべく、勇者様の背後にすすっと近付く。


「待たせたな」


 勇者様の声が丘の上に響きわたる。

 そんな勇者様の膝裏を目掛け、あたしは背後から膝を突き出そうとしたものの


「魔王、今日が貴様の命日だ」

「うぎゃ!」


 膝を出す前に突然額に何かが当たり、衝撃であたしは吹き飛ばされてしまった!

 

 それが勇者様の攻撃モーション、魔王様に剣を突き出す動作の中で軽く後ろに引かれた肘が当たったんだってことすら分からなかった。

 ただ、何が何やら分からないまま突然後方に吹き飛ばされ、突き出た岩に強かに頭を打ったあたしの耳に


「魔王?」

「魔王だって?」

「あいつが? まさか?」

「だけど、あの目にも止まらぬ一撃を受け止めるなんて芸当を出来るってことは……」


 なんて周りの声が聞こえてきて、遠のいてしまいそうな意識を必死につなぎとめてくれた。


「キィちゃん、大丈夫?」

「ううっ、痛いですー。もう、一体なんなんだよぅ、勇者さまぁ」


 慌てて駆けつけてくれたミズハさんに思わず愚痴る。


「よかった。とりあえず今はここを離れるよ」


 でも、ミズハさんはあたしの無事を確認するやいなや無理矢理立たせてきた。


「ハヅキ君が思いっきり戦えるように、ね」

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