第34話:あなたは魔王……
「勇者病を発症していない者なら大丈夫、だって?」
魔王様の言葉に思わず椅子から立ち上がり、目を見開いて驚いていたのはコウエさんだった。
いつも黙ってあたしたちの話を聞いているだけのコウエさんにしては珍しい反応だ。
てか、この人、本当に勇者様のお兄さん? って疑っちゃうぐらい物事に動じない人で、その落ち着きぶりときたらミズハさんがおっぱいをむぎゅっと押し付けるように抱きついてきても顔色ひとつ変えないほど。
そんなコウエさんがこれまで一番大きな反応を見せたのは、あたしが勇者様の従者だと自己紹介した時のことだった。
なんかマジマジと見られたかと思うと、明らかに失望と分かる溜息をひとつ。
ムッと顔を顰めるあたしに「ああ、ごめん。こんな可愛い女の子を冒険に連れまわすなんて、弟は一体何を考えているんだろうと思ってね」と謝ってくれて、それ以降はあまり感情を顔に出さずにいた。
なのに今回のこの反応……一体魔王様の言葉に何を感じ取ったのだろう?
「今の発言、もっと詳しく聞きたいのですが、パトさん?」
「詳しく、とは?」
「どうして彼女は大丈夫で、勇者病に罹った冒険者はダメなのか、そう考える理由を聞きたい」
あ、それはあたしも聞きたい。
「簡単なことだ。勇者病を患った冒険者とパーティを組んだ場合、そこに上下関係はないだろう? だが、傭兵やキィのような従者とならば話は違ってくる。勇者は常にイニシアチブを自分が取る関係を望んでいるのだ」
「…………」
いざ聞いてみたらなんてことはない話で拍子抜けした。
それはコウエさんも同じだったみたいで、「そうだな」って頷きながら再び椅子に座ろうとしている。
「それとも何か。コウエ、君は余が勇者病の正体が何であるかを知っているのを期待していたのかな?」
座ろうとしていたコウエさんが、凍りついたようにぴたっと止まった。
てか、ダメですよ、魔王様。今の魔王様は旅芸人なんですから。「余」なんて言っちゃダメ!
「本来なら知り得るどころか、我らには想像も付かぬはずの真実に、余が気付いたのではないか、と?」
なのに魔王様ったら止まらない。口調だけじゃなく、雰囲気そのもののもすっかり魔王様オーラを出しまくっている。
ちょ、ちょっと魔王様、コウエさんだけじゃなく、ミズハさんも、ニトロさんも戸惑ってますよ!
「……パトさん、貴方は一体何者ですか?」
コウエさんがじっと魔王様の目を見つめた。
「余が何者か、お前はどう思うのだ、コウエよ?」
そのコウエさんを見つめ返して魔王様が不敵に笑う。
「単なる旅芸人ではない」
「その通りだ」
「それでいて僕たちとも違う」
「ああ」
「まさか神に属する者とでも?」
「それこそ、まさか、だな」
おもむろにコウエさんがふぅと息を吐いた。
どうやらこの魔王様との短いやりとりで、コウエさんは答えを導いたらしい。
コウエさんが出した結論にミズハさんたちが固唾を飲んで見守っている傍ら、魔王様の正体を知っているあたしは内心あたふたと焦りまくっていた。
「……今まで言ってなかったけど、僕たちは元高レベル冒険者だった」
もっとも、コウエさんはいきなり魔王様の正体には迫らない。
「僕もニトロも昔はレベル80を超えていた。だから生き返った今も『情報収集』のスキルが使える。それでハヅキの行動を監視していたんだ」
「おい、コウエ! そのスキルを使えるのは俺だけだろっ! なんせお前は」
「ニトロ、少し黙って。それは今、話していいことじゃないんだ」
話に割り込もうとしたニトロさんを、コウエさんが遮る。
それでも何か言おうとするニトロさんだけど、今はコウエさんの話が聞きたかったのであたしはその大きな口にはたきのぱたぱたを突っ込んだ!
安心してください、未使用品ですよ?
「監視を始めた時、ハヅキは死んでいた」
「え? それってどういうこと?」
ジタバタもがくニトロさんなんか無視して、ミズハさんが問い質す。
「言葉通りの意味だ。ハヅキの状態はDEADだったんだ。それが生き返った。生き返りは僕たち冒険者には珍しくない、ありきたりな現象だ。でも、その後に凄い勢いでレベルアップを果たし、ついにはレベル99にまで辿り着くのは珍しいどころじゃない。しかも、かと思えばまた死んで、それを繰り返すんだ。最初は何かのバグかと思った」
ですよねー。あたしも事情を知らなかったら絶対バグだと思う。
実際、ステイタスカードって結構バグが多いもんね。
「だけど、もしバグじゃなかったら考えられることがひとつだけある。そう、ハヅキがどこか経験値稼ぎに最適な場所を見つけて、しかもそのすぐ近くに魔王がいる場合だ」
おそらく絶好の経験値稼ぎポイントを見つけて浮き足立った弟は、その勢いで魔王に挑みまくったんだろう、とコウエさん。
うん、ほとんど正解。正確には虹色の頂を勇者様が見つけたんじゃなくて、魔王様に連れられて行ったんだけど、そんなの分かるはずがないよね。
「そして何度魔王に挑んでも勝てない弟は、街に戻って装備のパワーアップを図るはずだと僕は考えた。その推測の結果は言うまでもない。ただ、貴方がたの存在を除けば」
「え、貴方がたってあたしも入ってるのっ!?」
それは心外だ。あたしは魔王様やドラコちゃんと違って普通の常識ある人間だぞ。
「いや、キィさん、君は……まぁ、想定内だ」
何故ちょっと考えたし!?
「うん、弟がそこまでだったとは呆れたけれど、まぁそれは別にいい。問題はそれより貴方たちだ。まずあのドラゴンハーフとかいう幼女。ドラゴンハーフなんて種族は見たことも聞いたこともない。そしてパトさん、貴方の思考力ははっきり言って異常です」
「異常、か。うむ、そうかもしれぬ。だが、コウエよ、話が長すぎるのではないか? そろそろ結論を聞かせてくれ。お前は余をなんだと思っている?」
魔王様が何を考えているのかなんてあたしには分からない。
ただ、この時、魔王様が自分の正体をコウエさんの口から聞きたがっているのだけは分かった。
「……魔王」
コウエさんの呟いた言葉に魔王様がにぃと口角を上げる。
「……のはずがない」
でも、その後に続けられた言葉はあたしも、そして魔王様も驚かせるのに十分だった。
「なん……だと?」
「貴方が魔王のはずがない。何故なら僕たちは過去に一度、魔王と戦っている。その時に見た魔王は貴方とは似ても似つかない姿をしていた」
え? 魔王様が魔王じゃない?
予想外なコウエさんの証言に、思わずあたしは魔王様に振り返った。
「…………」
しばし呆然と、言葉を失う魔王様。
だけどすぐ右手を額にかざし、何やら考え始めた。
「だから貴方は魔王ではない。しかし、その思考力は尋常なるざるものだ。……パトさん、貴方は一体何者なんです?」
「…………」
依然として魔王様は答えなかった。
ただ、時折、ブツブツと「なるほど。よくよく考えれば余の姿を見ても驚かなかったことからも、嘘を付いているとは思えない」と呟いているのが聞こえてくる。
その時だった。
「キタ! 来た来た来た来た来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
キタキタ勇者様が自室から狂喜乱舞な勢いで飛び出してきた!
いやぁ、この人はいつだって場の空気を読まないし、その性格にこれまで幾度となく泣かされてきたけど、今回に限っていえばナイスタイミングですよ、勇者様っ!
重かった空気が一掃されていくのが目に見えるようにわかるぅぅぅ。
「ハヅキ君、来たって何が来たのかにゃー?」
空気が軽くなってホッとしたのか、ミズハさんがいつものようにニコニコして猫語で話しかける。
「ふふふっ! 決まってるだろ、ミズハ! 特注のインセ樹アーマーとソードフィッシュソードがたった今出来上がったって連絡があったんだよっ!」
あうっ、それってあたしのヘソクリになるはずだった奴じゃないですかっ!
すっかり忘れてた! あたしの取り分を今すぐよこせ、勇者様っ!
でも、そんなあたしの主張なんかどこ吹く風とばかりに、勇者様は魔王様を指差して声高々に宣言した。
「おい、魔王! 今度こそお前をぶっ倒してやる!」
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