第33話:魔王様といい感じに押しつぶされたアレ
あたしたちがホームタウンにしているニーデンドディエスに帰還した翌日から、街は三つの噂で持ちきりになった。
ひとつは復活の呪文亭に現れた大喰らいのドラゴンハーフの少女と、どんな危険なギャンブルカクテルすらも平然と飲みつくす男の話。
ただし、こちらは概ね街の人々に好意的に受け止められた。
やはり旅芸人という設定が良かったみたい。ドラコちゃんは子供たちに頼まれると気前よく火を噴いたし、魔王様もちょっとした会話の中にさりげなくセンスのよい手品を入れるなどして、街の人々を驚かせ、そして喜ばせた。
おかげでドラコちゃんに至っては可愛らしい容貌もあって、最近ではちょっとした街のマスコットだ。
散歩するだけであちこちから新鮮な果実やら焼いた肉の串刺しやらを貰ってきて「人間は親切なのじゃ」とご満悦。
対してふたつめの噂である「レベル99の勇者が現れて魔王を倒すと宣言した」という話は、勇者様の普段の行いのせいでどうにも芳しくない。
なんであいつが?
一体どうやって?
てか、あいつが魔王を倒したらすごいドヤ顔で威張りまくりそう。
魔王を倒せる希望が出てきたのは良かったものの、それがよりによってあいつとは……と嘆くニーデンドディエスの人々。
まったく、あたしまで肩身が狭いですよ、勇者様っ!
最終的にこの噂は、同じレベル99になるのだったら、ミズハさんみたいに人望のある冒険者になって欲しかった、いや、今からでも遅くない、どうやってレベル99にまで登りつめたのかをミズハさんや力のある冒険者に打ち明けて、少しでも世界の平和に向けて協力すべきだという内容に落ち着いた。
でも、当の勇者様は現在、そんな状況にはない。
大変だったんだ、ミズハさんの執拗なアタックを避けることで。
これが今、街でもっともホットな第三の噂。
「ミズハがお馬鹿で自己中で我儘な勇者に結婚する勢いで迫っている」というヤツである。
「で、お目当てのハヅキ君が自室にお隠れあそばされてすでに五日、と」
冒険者ギルドから割り当てられたあたしたちの家。その居間のテーブルに着き、みんながあたしの淹れた紅茶を優雅にすする中、ミズハさんが軽く溜息をついた。
「その間、一度も出てこないんですよねぇ。だからこれってやっぱり……」
あたしの言葉にミズハさんが神妙な面持ちで頷く。
「死んだね」
「寝てるだけですよっ!」
勝手に殺さない!
そもそもミズハさんのモーレツアタックが勇者様を自害、じゃなかった、自室へ追い込んだのだから、いくら相手がアレでもそんな不謹慎なことを言っちゃダメですってば。
「勇者病の人って時々すんごく眠るじゃないですか。ミズハさんだってそうでしょ?」
「まぁねぇ。でも、ハヅキ君もあんなに私を避けなくてもいいじゃない?」
ミズハさんが飲み干したカップを傍に置くと、テーブルにぐてーと上半身を投げ出した。
ふたつの膨らみがテーブルに押しつけられて、柔らかそうにうにゃりと変形する。
「なぁ、嬢ちゃん。どうして俺の目を手で塞ぐんだ?」
「さぁ、どうしてでしょー?」
「塞ぐなら俺じゃなくコウエや、パトでもいいじゃねーか! 何で俺なんだよっ!」
あたしに目隠しされたニトロさんがジタバタと巨体を揺らした。
ええい、暴れるなってば!
あたし、知ってるんだ。ミズハさんが無警戒なのをいいことに、普段からニトロさんが彼女でイケない妄想を膨らませているのを。そのだらしない顔が何よりの証拠だ!
あの日、復活の呪文亭で魔王様にギャンブルカクテルで大負けを喰らった大柄の冒険者……それがこのニトロさんだった。
もう二度と会うことがないモブキャラだと思っていたのに、まさかコウエさんの仲間だったなんてびっくりだよ。
そしてそのコウエさんも勇者様の腹違いのお兄さんということで、あれから頻繁にあたしたちの家に出入りしていた。
今もミズハさんの右隣で静かに紅茶を飲んでいる。
「ミズハよ、勇者が避けるのは無理もない話であろう。アレにあんな情熱的に迫るのはかえって逆効果だ」
ミズハさん、ニトロさん、コウエさんときたら、当然、魔王様だっている(アリスローズことドラコちゃんは子供達と遊びに出かけた)。
その魔王様が対面のミズハさんに顔を向けて話しかけてきた。
普段は同じテーブルにつきながらも、我関せずと静かに紅茶を啜ったり、本を読んでいることが多いのに珍しいことだ。
やっぱりアレかな、魔王様も目の前でいい感じに押しつぶされている膨らみが気になるのかもしれない。
ホント、男ってのはしょーもない生き物だ。
「そうなの?」
ミズハさんがテーブルに倒れこみながら、顔だけ魔王様に向ける。
あまり魔王様とは親交がないはずなのに、全く物怖じしないのがミズハさんらしい。
まぁ、ミズハさんにとって魔王様は単なる旅芸人だからだろうけど。
「勇者とは短い付き合いではあるが、あやつの性格はある程度把握しておる。アレはああ見えて結構根深いものを抱え込んでおるのだろう」
魔王様がなんだか難しいことを言う。根深いものってなんだ?
「へぇ、パトさんってハヅキ君のことよく見てるねー」
でも、ミズハさんは魔王様の言葉に関心を持ったみたい。ぐてっと投げ出していた上体を起こすと、ずずいとテーブル越しに魔王様に急接近した。
うわわ、ミズハさん、そんなポーズをしたら首もとから服の中の谷間が丸見えですよっ!
「だったらどうしたらハヅキ君が私と共闘してくれるか、教えてくれないかにゃ?」
「ふむ。ならばこちらもひとつ問おう。どうしておぬしはあやつに固執するのだ? 聞けばヤツがレベル99になる前からパーティに誘っていたと聞いているが?」
「むぅ、質問に質問で返すのは失礼だよ?」
「その質問に答えるのに必要な解であるから問うておる。胸の谷間は存分に堪能させていただいたから、席に戻ってよく考えて答えよ」
魔王様がミズハさんを押し戻す。
当のミズハさんは「別に減るもんじゃないからいいのに」と不満顔を浮かべつつも、素直に自分の席に座った。
「んー、一緒に戦いたい理由ねぇ」
ミズハさんは眉の間に深い皺を寄せて、うーんと唸る。
でも、椅子に深く座り、両足をぶらぶらさせるその姿はリラックスそのものだ。
「まぁせっかく冒険者してるんだもん。一度くらいは一緒に冒険してみたいじゃない」
「なるほど。で、それだけか?」
「あとどんな戦い方をするのか見てみたい。ハヅキ君のパーソナルスキルは結構厄介だからねぇ」
「うむ。他には?」
「他? えっとー」
しばし腕を組んで考え込むミズハさん。が、なかなか次の言葉が出てこないのを見た魔王様は
「あやつのパーソナルスキル・
と、勇者様の戦闘スタイルを話し始めた。
「え? なんでそんなことを知って――」
「それにあやつは相当な人間不信だ。パーティを組みたい理由がそれだけなら諦めるがよい」
そしてあっさり話を終わらせようとする。
うーん、自分から話を振っておいてそれはないんじゃないかなぁ、魔王様。それに
「あの、勇者様が人間不信っておかしくありません? だってあたしや傭兵さんたちとは一緒に冒険してますし、人間不信なら私たちだって――」
「いや、お前たちならいいのだ。勇者病を発症していない、お前たちなら、な」
その時だった。
ガタンっと誰かが突然立ち上がる音が聞こえた。
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