特別章2-7 人見知りな私と託された宝物


「  !  !」


 私は、暗い商店街を一人で走っていました。


『てめえ、フラフラじゃねえか? ちゃんと運動しろってオレ様が言ってたのを守ってねえだろ?』


 私のせいで右手がブンブン振り回されているブルースがそう言ったような気がします。


 もちろん、こんな状況でブルースは私に話しかけてくることなんてありえません。


 だからこれは、私が勝手に脳内で再生させた、私の独り言なのです。


 少し走っただけなのに、肺の中は物凄く熱くなるし、足だってとっても痛いです。


 だけど、私は急いで、あの場所に戻らないといけないような気がするのです。


「……! ……!」


 そして、私は何とか『Wonder Land』に戻ってきました。


『いや、てめえはただまっすぐ店に戻って来ただけだろうが。そんなスペクタクルアドベンチャーを経験したようなナレーションを入れて誤魔化してどうすんだよ』


 ブルースが余計なことを言ったのは気にしないでください。


 私は『Wonder Land』の前で深呼吸を10回ほどやって、弾む息をなんとか整えます。


 正直、私がこんなことをする必要なんて、ないのかもしれませんし、いわゆる「お節介」というやつなのでしょう。


 結衣ゆいちゃんからしたら、とんだ迷惑の何物でもありません。


『何もやらずに後悔するよりも、やって後悔した方がいいってか? てめえにそんな根性があるとは思わなかったけどな?』


 ブルースが、そう私に問いかけます。



 違うよ、ブルース。



 私は後悔だってするし「やらなきゃよかった」って思うかもしれない。



 でも「やらずに後悔もしない」私には、もう戻りたくないだけです。



 私は、勇気を出して、目の前の扉を開けました。



「いらっしゃい、しおちゃん」



「!!」



 カランカラン、と、今どき珍しいドアベルが鳴り響くと同時に、結衣ゆいちゃんがカウンターから声を掛けてきました。


「どうしたの、そんな驚いた顔をして? お客さんが来たら挨拶をするのが商売の基本でしょ?」


 平然と、結衣ゆいちゃんは私に告げます。


 正直、不意を突かれた感じになってしまったので、私の代わりにブルースが対応してくれることもありませんでした。


 しかし、結衣ゆいさんはやれやれ、といった感じで俯きながら、話を続けます。


「まぁ、何となく戻って来る気がしたんだよ。でも、しおちゃんだけっていうのは意外だったかな? まぁ、こっちに来て座りなよ。私の話し相手になってくれるんでしょ?」


 おいで、と手招きする結衣ゆいさんの隣には、1つだけ木製の簡易椅子が置いてありました。


 私は、結衣ゆいちゃんに従って、その椅子にちょこんと座ります。


 すると、そこからは店内が一望できることがよくわかりました。



 棚に飾られた人形たち。



 色んな世界から集められた装飾品。



 どういう用途で作られたのか分からない小物。



 そのすべてが『Wonder Land』の世界を彩っています。



「……しおちゃんはさ、どうしてこのお店が好きなの?」


 どうして……ですか?


 そう聞かれると、少し答えるのが難しいです。


「私はね……このお店だけは、何も変わらないでいてくれるから……好きなんだ。まるで、時が止まったみたいでさ」


 変わらない……場所。


 確かに、結衣ちゃんが言うように、この場所は昔から何も変わりません。


「だから、私は戻ってきたんだよ。ここなら、私の居場所があるかもしれないって思ってね」


 そういうと、結衣ゆいちゃんはカウンターの下から、ある物を取り出しました。


「本当に……私にとって、凄く楽しい時間だったんだ。みんなと一緒にこのお店に来て『次の公演は何をしようか』って話し合ってた時がさ。爺様には、うるさいって何回も怒られちゃったけど……」


 結衣ゆいちゃんは、私たちが見つけた写真を眺めていました。


「ごめんね……しおちゃん。私、嘘をついてたの。このお店の爺様はね……私の本当のお爺さんって訳じゃないの……だから、小さい頃に通ってたっていうのも、嘘。本当は人形演劇部のときに通い始めたお店ってだけ……」


 そして、結衣ゆいちゃんは話を続けます。


「私、大学を卒業してすぐに仕事で都会に出ていったんだけど、全然上手くいかなくてさ。それで、ちょっと疲れちゃって、そのときかな、ツナとも喧嘩しちゃってさ。あいつはこの街に残って仕事をしてたから、電話とかメールが殆どだったけど、それでもツナには悪い事しちゃったんだ。私の様子がおかしいことに気付いてくれてたのに……いつの間にか私から『別れよう』って言って、それっきり。もう5年以上も前のことだけどね」


 その言葉の意味が分からないほど、私は子供ではありません。


 結衣ゆいちゃんと渥見あつみさんは、同じ部活に所属していたというだけではなく、そういう関係だったということです。


「でも、最後には親が見かねて帰ってこいって言ってくれて、仕事を辞めて戻ったんだけど、何もやることなくてね」


 結衣ゆいちゃんは、滔々と語り続けます。


「しばらくフラフラしてたの。それで、このお店のこと思い出して、来てみたけど閉店してて……。だけど、商店街の人が爺様が入院してる場所を教えてくれてさ。それで、会ったら私のことを覚えててくれたんだよ。それから、爺様のお見舞いにいくようになったある日、急に言ってくれたんだ『あの店はお前にやる』ってさ」


 ははっ、と乾いた声で結衣ゆいちゃんは笑いました。


「本当……唐突だからびっくりしちゃったけど、爺様は、全部分かってたのかもしれないね」


 ……そして、結衣ゆいちゃんは私をまっすぐ見つめながら、言いました。


「ふふっ、もっと驚いてくれると思ったんだけど、もしかして、しおちゃんにはバレてたのかな?」


 そりゃあ、驚きましたけど、同時にあのお爺さんなら、そういうこともあるのかなぁと納得してしまったからです。


 だって、私にだってお店の人形を渡しちゃうようなお爺さんですから。


 もちろん、お店と人形じゃあ規模は全然違いますけれど。


 それでも、私や結衣ゆいちゃんに、お爺さんが伝えたかったことは一緒なんだと思います。


「爺様のおかげで、私はまた戻ってこられたんだよ。この場所は、思い出だから。私はずっと思い出の中で生きていける」


 そして、結衣ゆいちゃんは息を吐きながら、そう話を締めくくりました。


 結衣ゆいちゃんにとって、ここが大切な場所だというのは、よくわかりました。


 私も、同じです。


 この『Wonder Land』は、たった一つの私の居場所でした。


 でも、お爺さんは私にブルースを託してくれました。


 ……これは、私の勝手な思い込みかもしれない。


 だけど、ちゃんと言わないといけない気がしました。



『……違うと思うぜ』



「……えっ?」



『あの爺さんはよ。姉ちゃんに戻る場所をやったんじゃねえんじゃねえか?』



 …………店内に沈黙が続きます。



「……どういうことかな?」


 結衣ゆいちゃんは、無表情で私にそう尋ねてきます。


 そして、私はそれに答えます。


『オレ様はよ、ずっとこいつといたわけよ。情けなくて、ウジウジして、閉じ籠ってたときもあったんだ。だが、こんな奴にでも「新しい出会い」があったんだ』


 せっかくお爺さんが友達をくれたのに、私はずっと、ブルースとふたりぼっちでした。


 何も変わらず、何も変えようとしないで、気が付けば高校生になっていたのです。


『最初は人形演劇部に誘われたときだ。こいつというより、オレ様がスカウトされたついでだったんだけどな。だがよ、そいつらはオレ様たちのダチになってくれた……。オレ様たちを、認めてくれたんだ』


 本当に、あの時は今が一番幸せなんじゃないかと思っていました。


 だけど、そんな幸せは、1年だけで……。


『でもよ、そいつらも卒業しちまって、またオレ様たちだけになっちまった……』


 そして、毎日毎日、怯えながら暮らしていました。


 また、ブルースしかいない、ふたりぼっちの日々。


『けどな、今のこいつにも、後輩ができたんだぜ? いっつも泣いてたのが嘘みたいに、今はすげー楽しそうなんだ』


 今の私には、りくくんと華恋かれんちゃん。そして、生徒会長さんがいて……。


 そして、結衣ゆいちゃんだっています。


 でも、それだって、いつまで続くのか分かりません。


 また、別れの日は必ず訪れる日はやってきます。


 それでも……。


 いいえ、だからこそ、大切なことがあるんです。



『変わらないものっていうのも大事だけどよ、変わっていくっていうのも、案外悪くないもんだぜ?』



 私は、結衣ゆいちゃんに、そうはっきりと告げました。


 お爺さんが結衣ゆいちゃんにこのお店を任せたのは、この場所を守ってほしかったのかもしれません。


 だけどきっと、結衣ゆいちゃんにも前に進んでほしかったんじゃないでしょうか?



 私が、ブルースに出会って、みんなと出会ったように。



 結衣ゆいちゃんも誰かと出会って、未来に進んでいけるように。



『……っていうのは、こいつの都合のいい解釈だけどな』


 なんて、ブルースが最後に余計なことを言って、話を締めくくりました。


 ……そして、長い沈黙のあとに、


「………ははっ。ははは、ははははははははっ!」


 我慢が堪えられないというように、結衣ゆいちゃんは笑い始めました。


 あれ、おかしいです。


 私は何も面白い話をしていないはずなのですが……。


「ごめんごめん。まさか、こんな小さな子に説教をされるなんて思わなくてね。私も、歳を取っちゃったかな」


 そう言って、結衣ゆいちゃんは私の頭をポンポンと叩きました。


「でも、ありがとう。そうだよね。あの爺様なら、そんなこと言いそうだもんね」


 すると、結衣ゆいちゃんはカウンターに置いていた写真を、また下の棚へと戻してしまいました。



「いい加減……私も前に進まないとね」



 そう言った結衣ゆいちゃんの笑顔は、どこか吹っ切れたようなものでした。


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