特別章2-7 人見知りな私と託された宝物
「 ! !」
私は、暗い商店街を一人で走っていました。
『てめえ、フラフラじゃねえか? ちゃんと運動しろってオレ様が言ってたのを守ってねえだろ?』
私のせいで右手がブンブン振り回されているブルースがそう言ったような気がします。
もちろん、こんな状況でブルースは私に話しかけてくることなんてありえません。
だからこれは、私が勝手に脳内で再生させた、私の独り言なのです。
少し走っただけなのに、肺の中は物凄く熱くなるし、足だってとっても痛いです。
だけど、私は急いで、あの場所に戻らないといけないような気がするのです。
「……! ……!」
そして、私は何とか『Wonder Land』に戻ってきました。
『いや、てめえはただまっすぐ店に戻って来ただけだろうが。そんなスペクタクルアドベンチャーを経験したようなナレーションを入れて誤魔化してどうすんだよ』
ブルースが余計なことを言ったのは気にしないでください。
私は『Wonder Land』の前で深呼吸を10回ほどやって、弾む息をなんとか整えます。
正直、私がこんなことをする必要なんて、ないのかもしれませんし、いわゆる「お節介」というやつなのでしょう。
『何もやらずに後悔するよりも、やって後悔した方がいいってか? てめえにそんな根性があるとは思わなかったけどな?』
ブルースが、そう私に問いかけます。
違うよ、ブルース。
私は後悔だってするし「やらなきゃよかった」って思うかもしれない。
でも「やらずに後悔もしない」私には、もう戻りたくないだけです。
私は、勇気を出して、目の前の扉を開けました。
「いらっしゃい、
「!!」
カランカラン、と、今どき珍しいドアベルが鳴り響くと同時に、
「どうしたの、そんな驚いた顔をして? お客さんが来たら挨拶をするのが商売の基本でしょ?」
平然と、
正直、不意を突かれた感じになってしまったので、私の代わりにブルースが対応してくれることもありませんでした。
しかし、
「まぁ、何となく戻って来る気がしたんだよ。でも、
おいで、と手招きする
私は、
すると、そこからは店内が一望できることがよくわかりました。
棚に飾られた人形たち。
色んな世界から集められた装飾品。
どういう用途で作られたのか分からない小物。
そのすべてが『Wonder Land』の世界を彩っています。
「……
どうして……ですか?
そう聞かれると、少し答えるのが難しいです。
「私はね……このお店だけは、何も変わらないでいてくれるから……好きなんだ。まるで、時が止まったみたいでさ」
変わらない……場所。
確かに、結衣ちゃんが言うように、この場所は昔から何も変わりません。
「だから、私は戻ってきたんだよ。ここなら、私の居場所があるかもしれないって思ってね」
そういうと、
「本当に……私にとって、凄く楽しい時間だったんだ。みんなと一緒にこのお店に来て『次の公演は何をしようか』って話し合ってた時がさ。爺様には、うるさいって何回も怒られちゃったけど……」
「ごめんね……
そして、
「私、大学を卒業してすぐに仕事で都会に出ていったんだけど、全然上手くいかなくてさ。それで、ちょっと疲れちゃって、そのときかな、ツナとも喧嘩しちゃってさ。あいつはこの街に残って仕事をしてたから、電話とかメールが殆どだったけど、それでもツナには悪い事しちゃったんだ。私の様子がおかしいことに気付いてくれてたのに……いつの間にか私から『別れよう』って言って、それっきり。もう5年以上も前のことだけどね」
その言葉の意味が分からないほど、私は子供ではありません。
「でも、最後には親が見かねて帰ってこいって言ってくれて、仕事を辞めて戻ったんだけど、何もやることなくてね」
「しばらくフラフラしてたの。それで、このお店のこと思い出して、来てみたけど閉店してて……。だけど、商店街の人が爺様が入院してる場所を教えてくれてさ。それで、会ったら私のことを覚えててくれたんだよ。それから、爺様のお見舞いにいくようになったある日、急に言ってくれたんだ『あの店はお前にやる』ってさ」
ははっ、と乾いた声で
「本当……唐突だからびっくりしちゃったけど、爺様は、全部分かってたのかもしれないね」
……そして、
「ふふっ、もっと驚いてくれると思ったんだけど、もしかして、
そりゃあ、驚きましたけど、同時にあのお爺さんなら、そういうこともあるのかなぁと納得してしまったからです。
だって、私にだってお店の人形を渡しちゃうようなお爺さんですから。
もちろん、お店と人形じゃあ規模は全然違いますけれど。
それでも、私や
「爺様のおかげで、私はまた戻ってこられたんだよ。この場所は、思い出だから。私はずっと思い出の中で生きていける」
そして、
私も、同じです。
この『Wonder Land』は、たった一つの私の居場所でした。
でも、お爺さんは私にブルースを託してくれました。
……これは、私の勝手な思い込みかもしれない。
だけど、ちゃんと言わないといけない気がしました。
『……違うと思うぜ』
「……えっ?」
『あの爺さんはよ。姉ちゃんに戻る場所をやったんじゃねえんじゃねえか?』
…………店内に沈黙が続きます。
「……どういうことかな?」
そして、私はそれに答えます。
『オレ様はよ、ずっとこいつといたわけよ。情けなくて、ウジウジして、閉じ籠ってたときもあったんだ。だが、こんな奴にでも「新しい出会い」があったんだ』
せっかくお爺さんが友達をくれたのに、私はずっと、ブルースとふたりぼっちでした。
何も変わらず、何も変えようとしないで、気が付けば高校生になっていたのです。
『最初は人形演劇部に誘われたときだ。こいつというより、オレ様がスカウトされたついでだったんだけどな。だがよ、そいつらはオレ様たちのダチになってくれた……。オレ様たちを、認めてくれたんだ』
本当に、あの時は今が一番幸せなんじゃないかと思っていました。
だけど、そんな幸せは、1年だけで……。
『でもよ、そいつらも卒業しちまって、またオレ様たちだけになっちまった……』
そして、毎日毎日、怯えながら暮らしていました。
また、ブルースしかいない、ふたりぼっちの日々。
『けどな、今のこいつにも、後輩ができたんだぜ? いっつも泣いてたのが嘘みたいに、今はすげー楽しそうなんだ』
今の私には、
そして、
でも、それだって、いつまで続くのか分かりません。
また、別れの日は必ず訪れる日はやってきます。
それでも……。
いいえ、だからこそ、大切なことがあるんです。
『変わらないものっていうのも大事だけどよ、変わっていくっていうのも、案外悪くないもんだぜ?』
私は、
お爺さんが
だけどきっと、
私が、ブルースに出会って、みんなと出会ったように。
『……っていうのは、こいつの都合のいい解釈だけどな』
なんて、ブルースが最後に余計なことを言って、話を締めくくりました。
……そして、長い沈黙のあとに、
「………ははっ。ははは、ははははははははっ!」
我慢が堪えられないというように、
あれ、おかしいです。
私は何も面白い話をしていないはずなのですが……。
「ごめんごめん。まさか、こんな小さな子に説教をされるなんて思わなくてね。私も、歳を取っちゃったかな」
そう言って、
「でも、ありがとう。そうだよね。あの爺様なら、そんなこと言いそうだもんね」
すると、
「いい加減……私も前に進まないとね」
そう言った
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