特別章1-7 ツンデレなあたしとトラウマと映画


「うわあああああああん!! こわいよおおおおお! りくうううううううう!!」


 それは、あたしが今でもはっきりと覚えている小さい頃の記憶だ。


 あたしは、テレビに映る血を流した人間の姿に戦慄し、一緒にいたりくの服を破れるんじゃないかと思うくらいに引っ張って叫んでいた。



「か、かれんちゃんは、■■■■■■■■」



 その間も、りくが何かあたしに言ってくれていたのは憶えているんだけど、その内容が全く頭に入ってこなかった。


 覚えているのは、買い物から帰って来たお母さんが「もう、華恋かれんちゃんは怖がりさんね」とあたしの頭を撫でてくれたことだけだった。


 そのときも、りくはまだあたしの手を握ってくれていたけれど、そのりくの顔も必死で涙を我慢しているのが丸わかりで、ちょっと悪い気持ちになったのを覚えている。


 だって、りくはテレビを見ているときは全く平気そうにしていて、むしろパニックを起こしているあたしを見て怖くなったんだと、子供ながらに感じていたからだ。


 なぜこんな事態になったのかというと、あたしが録画していた大好きな『マギ☆キュア』のDVDを再生しようとしたら、間違ってお父さんがそのまま入れっぱなしにしておいたホラー映画のDVDと間違えて再生してしまったのだ。


 すぐに停止すれば良かったものの、あたしが「あれ?」と思いながらもしばらく映像を流してしまって、結果、血だらけの幽霊に襲われるという場面を見てしまい、パニックになってしまったというわけだ。


 とにかく、あたしはそれ以来、幽霊とか心霊現象とか、そういう類のものはてんで駄目になってしまったという訳だ。


 あと、余談だけど、それが原因であたしはお父さんと1週間以上口を聞かなくて、お父さんは2度とホラー映画をレンタルしてくることはなくなった。


 はい、回想終了。お疲れさまでした。



「ううっ……どうすんのよ、あたし……」


 そして現在のあたしはというと、かれこれ1時間以上自室の机に突っ伏したまま唸り声をあげていた。


 握っていたスマホを確認すると、時刻は深夜の12時を過ぎていて、日付のところにきっちりと(日)と表記されていた。


「……もう明日じゃん」


 正確には、もう今日のことなんだけど、細かい苦情は受け付けません。


「今から本当のことを言うなんて、無理だよ……」


 もう何度目になるかわからないため息を吐きながら、あたしは全身の力が抜けていくのを感じた。


 言い出すチャンスは、いくらでもあった。


 だけど、話を切り出そうとするたびに、タイミングよく(悪いともいえる)すみれが映画の話題を振ってきたり、別の話にいつのまにか移行してたりして、今日の今日まで、あたしが本当はホラー映画が苦手なことを言い出せなかったのだ。


 何より、すみれがキラキラした瞳をあたしに向けて「日曜日、すっごく楽しみだね!」と言ってくれる度に、あたしの一言でその雰囲気を壊してしまいそうなのが怖かったのだ。


 りくが相手だったら、そんなこと、気にしなくていいんだけどな。


 そして、そんなりくとも結局、未だにぎくしゃくしたままだ。


 そりゃあ、教室でも顔は合わせていたし、いつまでもあたしの早起きが続くわけもなく、普通に一緒に登校していたけれど、偶然なのかそれとも意図的なのか、紗愛さらさんも一緒に登校して、あたしたちの間を取り持ってくれているようだった。


 本人は生徒会の仕事が落ち着いたからだと言っていたけれど、それも正直怪しい。


 そして、部活ではしお先輩がブルースを使って、変な空気にならないように気を遣っているのがひしひしと伝わってくる。


 最近、しお先輩って本当はおしゃべりなんじゃない? と思うくらいよく喋るけど、無理をしているんじゃないかな?


 うん、やっぱちゃんとしお先輩には謝っておこう。


 まぁ、そんなこんなでりくとは2人きりで話してはいない。


 なんか、あたしに話しかけてこようとする素振りは見せているんだけど、結局声を掛けてこないことが多かった。


 多分、あたしがすみれたちのことで色々と悩んでいるのが顔に出ていたんだろな。



 そういう気の遣い方はできるのよね、あいつ。



 でも、そんなんだったら、あたしの話を聞いてくれたっていいじゃない……。



 りくの、馬鹿……。



「って、なんでりくのことばっかなのよ、あたし!」


 駄目だ……。思考が上手く働かない。


 仕方ない。明日になったらいい案でも思いついているかもしれないし、今日はもう寝て明日に備えよう。


 そんな淡い期待を込めて、あたしは自分のベッドの中へとダイブした。



 ☆ ☆ ☆



華恋かれん~、お待たせ~! うわぁ、華恋かれんの私服姿、ちょー可愛い! えっ? ナンパとかされなかった? 大丈夫?」


「ごめんなさい、華恋かれんすみれが財布を忘れてきて……」


「ちょっと菖蒲あやめすみれのせいにするの酷くない? 自分が遅刻してきたのに」


「……そう言えるあなたの根性が凄いわ」


「えっ、だって、すみれちゃんのほうが菖蒲あやめより一歩、ここに来るのが遅かったよ~。だから、菖蒲あやめが最後で遅刻です~」


「……もう、それでいいわよ、はぁ」



 ――そして、約束の日曜日が来てしまった。



 えっ、嘘? 早くない!?


 もうちょっとなかったの!? あたしが目を覚ますシーンとか全部カットしてんじゃないわよ!?


 いや、あたしもよく覚えてなくて、気が付いたら待ち合わせ場所の駅前にいたんだけどね!


 さらに言えば、こういうときだけ道も迷わなかったしね!


「ん? 華恋かれん? どったの?」


「えっ!? あ、ああ、何でもないよ。その、すみれも今日の服可愛いなぁ、なんて~」


「おっ、分かっちゃう? さっすが華恋かれんだね~。このスカート、この前買ったばっかりなんだ~」


 あたしが咄嗟に取り繕うと、すみれは嬉しそうにその場でクルクルと回った。


「そんじゃ、行きますか~。映画の時間もギリギリになっちゃったし。菖蒲あやめのせいで」


「あなたのせいでしょ、まったく……」


 いつも通りのやり取りをしながら、すみれ菖蒲あやめと一緒に目的地であるショッピングモールへと向かう。


 ここからだと、歩いて5分と掛からない場所だ。



 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。



 あたしの頭は、この危機的状況をどう乗り切るかだけを考えている。


 もう、こうなってしまった以上は今さら後には引けない。


『ホラー映画は必ず見ないといけない』ということを前提は、もう絶対にひっくり返らない。


 となると、あたしが抵抗できる方法はいくつかある。


 例えば、映画が上映されている間はずっと目を瞑っておくというのはどうだろうか? と考えたりもした。


 でも、それだと、映画が終わったあとにすみれたちとの会話が上手くできなくなってしまう。


 そんなことをしたら、次は呼ばれなくなってしまうかもしれない。


 せっかくあたしと友達になってくれたのに、そんな失礼なことはしたくない。


 だったら、もう腹を括るしかない。


 そう、あたしが我慢すればいいだけの話なのだ。


 あたしは、自分に活を入れて、ホラー映画に挑むことにした。


「よぉ~し、到着~。うわぁ、結構人いっぱいいるね~」


 すみれの言う通り、ショッピングモールには休日だからか多くの人で賑わっていた。


 あたしたちのような友達同士以外にも、家族、そして恋人同士なのか手を繋ぎあって歩いている人たちもいた。


 そして、入り口には併設されている映画館の上映ラインナップの看板も出ていて、その中に『首切りゾンビと死霊が潜む街』のポスターも並んでいた。


 煽りには『全米を恐怖に陥れたあの作品が、日本に上陸!!』と書かれ、暗闇の中、後ろから大量の手が伸び、恐怖で顔を歪める女優さんの姿が映し出されていた。


 ひっ! と思わず声をあげそうになって何とか堪える。


 本当にこんなの観るんだ……と、心臓がバクバクと鳴る。


 そして、そのまま、ポスターの前を通り過ぎようとしたところで、最後に可愛いドレス姿の女の子たちが映ったポスターがあった。


『映画 魔法少女マギ☆キュア! あのマギ☆キュアたちも勢揃い!? 魔法の国をみんなで救おう!』というフレーズがポップに描かれていた。


 そういえば、今は周年記念で、初代の子たちも出てるって言ってったっけ?


 さすがに、もう高校生だし1人で観に行くのは勇気がいるけれど、初代の『マギ☆ブラック』と『マギ☆ホワイト』の時はずっと観ていたので興味はあるんだよね……。


 って、今はそれどころじゃないんだった。


 あたしにそんな可愛いメルヘンの世界は待っていてくれない。


「ささ、映画館へゴーゴー! ねえねえ、知ってた? ここって最近4DXの上映館ができてさぁ! 次の『ファイナル・ウォーズ』の新作は絶対それで観ようって決めてるんだ!! そのときは、菖蒲あやめ華恋かれんも一緒に行こうね!」


「その映画って、確か最近撮影が開始されたんじゃなかったかしら? 公開も3年後って言ってたわよ?」


「3年後だって、すみれたちは友達だからいいじゃん? えっ、なに、菖蒲あやめは男作ってそいつと観に行くわけ? 駄目だよ、菖蒲あやめ。そいつ絶対、菖蒲あやめの財産目当てだからやめたほうがいいって」


「どうして未来の私に彼氏がいる前提で、しかもその人にあらぬ疑いをかけられてるのよ。あと、私のお父さんは普通のサラリーマンなんだけど……」


「とにかく、菖蒲あやめ華恋かれんも一緒に行くの。約束だよ!」


 力強く、すみれはそう言ってくれた。


 3年後の約束まで取り付けるなんて、すみれらしいといえばすみれらしい。


「……うん、ありがとう、すみれ


 だから、あたしもすみれに負けないくらい、力強く頷いた。


 そして、話をしているうちに、ついに映画館の前まで到着した。


「そんじゃ、2人の分もすみれがもうネット予約で座席取ってるから、チケット発券してくるね~」


 そう言って、すみれはあっという間に人混みの中へと入ったかと思うと、パパっと発見を済ませてすぐに戻って来た。


「お待たせ~、はい、華恋かれんの分はこれね」


 うん、もう覚悟を決めよう。


 あたしは、座席を確認するために、すみれから渡されたチケットを確認する。



「…………えっ?」



 そして、思わずあたしは声が出てしまった。


 見間違いかと思って、何度も確認してみる。


 だけど、何度見ても、結果は同じだった。


 菫から手渡されたチケット。


 そこには『映画 魔法少女マギ☆キュア! 秘密の遊園地と魔法の国!』と書かれていたのだった。

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