特別章1-4 ツンデレなあたしと幼なじみにできた姉


『はぁ~、んなことがあったのか……、そりゃあ、顔を合わすのも恥ずかしいわな』


 あたしの話を聞き終えたブルースが、開口一番に慰めのコメントを送ってくれた。


 あたしたちが座っている中庭のベンチには、今はあたしとしお先輩、二人(と一匹)しかおらず、遠くの校庭からは運動部の元気な声が聞こえてくる。


 しお先輩も、自販機で買った缶ジュースを口につけながら、複雑な表情をしていた。


『しっかし、あの兄弟がねぇ……。まぁ、兄弟も思春期の男だしな……その……』


 と、ブルースは言いかけて、あたしの気配を察したのか、それ以上のことは話さなかった。


 でも、言いたいことは察するに余りあるというか、そりゃあ、あたしだって男の子のことはよく分からないけれど、一般的な知識だってある。


 なにより、あんな間抜けな顔だけじゃなくて、下着姿までりくに見られて、その上、その写真まで保存されていたなんて、考えただけで恥ずかしいし、怒りだって沸いてくる。


 りくのことだから、それであたしを脅したり……その、変なことには使わないと信じたいけど、それでも、まるで弱みを握られた気持ちになって、嫌なのだ。


 そういうこともあって、あたしは今日、りくを待たずに先に登校してきた。


 別にいつも約束をしているわけじゃないけど、いつもマンションのロビーでりくが待っていてくれるので、それについていってるだけ。


 今日は顔を合わせたくなくて、いつもの三十分以上も早く登校して、なんとか学校までやってこれた。

 

 2ヶ月も通い続けているのに、3回ほど道を間違えてしまったのは内緒だ。


『でも、こりゃあちゃんと話した方がいいだろ? 嬢ちゃんだって、いつまでもそんなモヤモヤした気持ちでいるのは嫌だろうからよ』


「そりゃあ……そうなんだけど……」


 だからって、あたしから話を切り出すの?


 っていうか、何を話せばいいのかすら、あたしには分からないんだけど……。


『そうだな、とにかく、嬢ちゃんはちゃんと兄弟と話して、写真を消してもらえ。えっと、アプリのメッセージは送信者側から消せるんだったよな? 嬢ちゃんの母ちゃんにも、それは言っといたほうがいいぜ』


 そっか、すっかり忘れてしまっていたけれど、お母さんが持ってる元のデータだってなんとかしたほうがいいかもしれない。


 ブルースが話してくれている間に、色々やらないといけないことが分かってきたあたしは、ちょっとだけ心に余裕ができた気がした。


 あたしは、相談に乗ってくれたしお先輩に、素直に感謝の言葉を述べた。


「あの、しお先輩、ありがとうございました。それに、ブルースも……。なんだか、ちょっとだけ気持ちが楽になりました」


 あたしだって、友達がいないわけじゃなかったけれど、こうして親密な距離で相談できる相手っていうのは、今までいなかった気がする。


 普段は引っ込み思案で、ブルースを通してでしか会話をしたことがない人だけれど、それでも、あたしたちのことをちゃんと見てくれて、大事にしてくれるのは伝わってくる。


 しお先輩は、あたしにとって、とても頼りになる先輩だ。


「   。      」


 やっぱり、しお先輩の声は小っちゃくて、あたしには聞き取れなかった。


 それでも、あたしを労ってくれている言葉を言ってくれたことは、なんとなくわかった。


『じゃあ、そろそろ部室に戻るか。嬢ちゃん、オレ様たちがいたら話しにくいってんなら、先に部室に帰って兄弟と話してきな。まぁ、オレ様たちもドアの前で待たせてもらうけどな』


 と、ブルースさんは器用に自分の手を前に突き出しながら、あたしにエールを送って来た。


「はい。そうしてみます」


 なんだか、ウジウジしていたあたしが馬鹿みたいだ。


 悩んでいるなんて、全然あたしらしくない。


 こんなこと、りくに文句を言えばそれでお終いなのだ。


 あたしは、しお先輩の言葉に励まされたというのもあって、堂々とした佇まいで部室へと戻る廊下を歩む。


 そして、部室の扉の前まで来ると、しお先輩が「頑張って!」と言わんばかりに、小さくガッツポーズをしてくれた。


 それに勇気づけられたあたしは、勢いよく、扉を開けると――。


 

「はい、弟くん。あ~ん。どう、私の作ったクッキーは美味しいかしら?」



 身体を密着させながら、あの女が陸を餌付けしていた。


 ショートカットにカチューシャで前髪を上げた髪型。


 憎たらしいほどに細いウエストにスラリとした足。


 そして、その足はなんと、りくに抱き着くような形で、膝の上に乗せられていた。



「な―――にやっとんじゃお前らは――――!!!」



 人形演劇部にはふさわしくない絶叫が響き渡る。


 一体、誰がそんな声を出したかって?


 もちろん、あたしに決まってますけど何か?


「あら? もう帰ってきちゃったのね……残念」


 そういうと、りくに食べさせようとしたクッキーを自分の口へと運び、パクリと齧った。


「あっ、えっと。華恋かれん。これは、その……」


 一方、今まで膝の上に彼女を乗せていたりくは、動揺しているのか、非常にオロオロしている。


『おい、どうした嬢ちゃん!? って、副会長様じゃねえか?』


「ふふ、こんにちは、小さな子犬さんに虎井とらいさん」


 シニカルに笑顔を浮かべながら、現生徒会副会長、仁科にしな波留はるはそう呟いた。


「……なにしてるんですか、仁科にしな副会長」


 あたしは、恐る恐るという感じで、仁科にしな副会長に詰問する。


 正直、あたしはこの人が苦手だ。


 そりゃあ、この前の公演を手伝ってくれたことには感謝はしている。


 でも、それとこれとは話が別なのだ。


 それに、勝手にあたしの身体に触れたりしてくるし……。


「大丈夫よ、華恋かれんちゃん。今日は弟くんに会いにきただけだから」


「!?」


 まただ。


 この人は、まるであたしが何を考えているのかを見透かすような言動をするのだ。


「あっ、そうだ。それと、虎井とらいさん。これ、人形演劇部に回す予算が正式に決まったから、チェックしておいてね。提出は来週まででよろしく」


 そう言って、仁科にしな副会長は机においた書類をコンコンッと指で叩いた。


「じゃあね、弟くん。あっ、今日のことは、お姉ちゃんには内緒だからね」


 ふふ、と笑みを浮かべた彼女は、あたしたちの横を通りすぎる。



「あなたも、ぼやぼやしてたら紗愛さらに弟くんが取られちゃうわよ? あの子、きっと本気だから」



 えっ? と振り向いたあとには、彼女はもうあたしたちに背を向けて去ってしまっていた。


 その瞬間、あたしの中で蘇る記憶があった。





 ――はじめまして、あなたが明坂あけさか華恋かれんちゃん?



 ――私、りくくんのお姉ちゃんになった、天海あまみ紗愛さらって言います。



 ――よろしくね、華恋かれんちゃん。





 残されたのは、呆然とするあたしとしお先輩、そして、立ち上がったまま固まっているりく


「ねえ、りく……」


 そんなりくに向かって、あたしは問いただした。


「あんた、何やってたの?」



 どうしてだろう。



 どうして、あんな昔の事、今さら思い出すんだろう。



「いや……波留はるさんが、クッキー作ったからって……」


「ふーん、それで、あんなことしてたんだ……」


「べっ、別に、僕だって好きであんなことやってたわけじゃ……」


「だったら、もっとちゃんと抵抗しなさいよ。本当は鼻の下伸ばして喜んでたくせに!!」


 あれ? なんであたし、こんなに怒ってるんだろう。


「か、華恋かれん……?」


「……何よ?」



「なんで、泣いてるんだ?」



 えっ? と、あたしは自分の目をこすった。


 そうしたら、指先が濡れて、頬には涙が通った感覚が伝わって来た。


華恋かれん?」


 りくの声が、あたしの頭の中で木霊する。



 やめて。



 今のあたしに、声をかけないで!



華恋かれん!」


『嬢ちゃん!?』



 気づいたら、あたしは逃げるように部室から立ち去っていた。

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