特別章1-3 ツンデレなあたしとお母さんの失態


 事の発端は、昨日の夕食中、無邪気すぎる我が母親からの衝撃的な一言からだった。


華恋かれんちゃん、この前の華恋かれんちゃんの新しい私服姿、りくくんにも写真で送っておいたからね!」


「はあああああああああっっ!?!?!?!?」


 突然の爆弾発言に、あたしは動揺を隠しきれなかった。


 というか、隠すつもりもなかった。


「何やってんの!? 何やってんの!? 何やってんの!?」


「もう、華恋かれんちゃんったら、そんなに同じこと言わなくてもお母さんはちゃんと分かってるわよ?」


 多分、分かってないから、こんなに聞き返しているのだ。


「そもそも、何でりくにそんな写真送ったわけ!?」


 確かに、公演会があったあの日、あたしはお母さんにスマホで写真を取られたことは知っていたけれど、まさかそれをりくに送っていたなんて……。


 そういえば、あたしがりくを家にあげてしまったときにお母さんが「お母さん、りくくんとメル友になっちゃった」なんて言ってったっけ。


 あと、正確にはメッセージアプリだから「メル友」とは言わないんじゃないか、というツッコミは考えたけど口に出さなかった。スマホのことを「携帯」って言ったって別にいいんだしね。


 そんなことはともかく、お母さんはあたしの写真を勝手にりくに送ってしまったということらしい。


「えへへ~、ごめんね」


 全然反省してないな、この人。


 むしろ、あたしが動揺していることを楽しんでいるようにも見える。


「だって~、あの服、りくくんの為に買ってきたんでしょ? それなのに、りくくんに見てもらえなくなって落ち込んでたから、お母さん、応援してあげたかったのよ」


「そ、そんなんじゃないから! べ、別にりくに見せたかったわけじゃないもん!」


 そうだ、別にりくのために新しい服を買いにいったわけじゃない。


 たまたま、春のセールをやっているのを見かけて、それなら、どこか出かけるときに着ていくものを選んだだけで、最近、りくの周りに女の人が増えたような気がしたから、ちょっとイメージチェンジしたあたしの姿も見てほしいとか、そんなことは決して全然これっぽちも思ってない。


 本当に、偶然たまたま、あたしが服をおろしたときにりくとの予定が重なっただけだ。


「とにかく! お母さんはこれ以上余計な事しないで! わかった!?」


「もう、華恋かれんちゃんは恥ずかしがり屋さんなんだから~。…………あっ」


 な、なに……その嫌な間は……。



「ごめんね、華恋かれんちゃん。華恋かれんちゃんの寝顔の写真も送っちゃったんだけど……」



「はああああああああっ!!!!」



 もう一度、あたしはリビングで絶叫した。


「な、なによそれ!」


「いや、あたしの大事なコレクションなんだけど、華恋かれんちゃんの可愛いところをいっぱい撮ってお父さんと一緒に眺めてるの。お父さんなんて、毎晩その写真を眺めて『華恋かれんも大きくなったなぁ……』って泣きながらお酒を飲んでるのよ?」


「うわぁ……」


 いや、もう「うわぁ……」しか出てこないよ。


 何やってんの、うちの両親は。


 普通だと思っていた我が家庭は、あたしが認識していたより大分変人の両親だったらしい。


 とりあえず、仕事から帰って来たお父さんを一発殴ってから今日は寝ようと心に誓った。


「でね、その写真をりくくんにも送ったの。そしたらね……」


 と、お母さんは何気ない素振りで、スマホの画面をあたしに見せてきた。



 ――そして、あたしは戦慄した。



「な、なななな、これって!!」




 そこには、馬鹿みたいによだれを垂らして、無地のTシャツに下半身は下着だけの間抜けなあたしがソファーで寝ている姿が写っていた。




「おか……!! おか! おかあ!!」


 あまりの衝撃に、ついに呂律が回らなくなってしまった。


「ね~、お母さんね、このときの華恋かれんちゃんがすっごく可愛くてお気に入りなの。あっ、もちろん、いつもの華恋かれんちゃんも大好きよ」


 お母さんが、一人娘への愛を語ってくれている間も、あたしの頭は混沌とした映像がクルクルの回っていた。



 りくが、この写真を見た?



 こんな、恥ずかしいあたしの写真を?



「ちょっと電話してくる!!」


 あたしは、急いで事実を確認することにした。


「はーい、残りのご飯は一応ラップしておくからね~」


 ありがとう、と素直に言わなかったあたしは絶対に間違っていない。


 のほほんとするお母さんから離れたあたしは。自分の部屋に戻って一目散にりくのスマホへ電話をかけた。


 りくは、三回ほどコール音が続いたあとに出た。


華恋かれん? 電話なんて珍しいね。何かあったの?』


 りくの声からは、あたしを心配するような声色が聞こえてきた。


 そういえば、りくとは普段殆どメッセージだけのやりとりだから、あたしが電話をかけてきたことを疑問に思っているのだろう。


 あと、あたしのことを心配してくれているのが伝わって来て、ちょっと嬉しい、なんて不覚にも思ってしまった。


『もしかして、まだ家じゃないとか? 道に迷ったんだったら迎えにいくよ』


 まだ事の重大さを理解していないりくに対して、あたしは単刀直入に聞いた。


「ねえ、りく。お母さんから、あたしの写真、送られてきたでしょ?」


 …………。


 …………沈黙が、続く。


 そして、わずかに吐息が聞こえた後、りくは言った。


『……ごめん』


 ごめんってどういう意味!?


「見たな! 見たわね! 見たんでしょ!!」


 ああ! もう最悪だ……。


 分かっていたことだけれど、改めて現実だと実感してしまうと結構堪える……。


『……ご、ごめん。華恋かれん……おばさんが急に送ってきて……。あっ、でも、本当にごめん。華恋かれん、そういうの嫌いだよね。昔から、写真とかあまり好きじゃなかったし……』


「……覚えてたんだ」


 りくの言う通り、あたしは写真が嫌いだった。


 明確な理由はないんだけど、それでもあたしは自分がいつも不貞腐れたように写っているその顔がなんとなく嫌いで、お母さんたちが大切に残してくれているアルバムだって、ちゃんと見返したことがない。


 ……本当は、りくと一緒に写っている写真だって見たくなるときがあるけど、その横にはいつも眉間に皺をよせて可愛くない自分がいて、憂鬱になる。


 とにかく、これでりくが写真を見た言質は取れた。


 本当はもっと問いただしたいところだけれど、りくだって不可抗力だったんだから、仕方ないといえばそうなんだと思う。


 そりゃあ、あんな寝顔に、さらには下着姿を見られたなんて恥ずかしくて死にそうだけど、電話で話したことが功を奏した。


 りくと顔を合わせながらだったら、とてもじゃないけど問いただすことなんてできなかったし、最悪、あたしはりくに手を出していたかもしれない。


 だから、あたしは努めて冷静に、事態を収束へと導くことにした。


りく……あの写真のあたしのことは忘れなさい。いいわね」


『う、うん。わかったよ』


「あと、お母さんにも履歴は消してもらうようにする。あんたのことだから、写真は保存してたりしないと思うけど……」


『…………』


 ん? なぜまた沈黙するんですか?


「まさか……あんた……」



 恐る恐る、あたしはりくに問いただす。



 だが、聞こえてきた返事は、とんでもないものだった。



『……ごめん、華恋かれん



 その言葉が聞こえた瞬間、あたしの身体が沸騰したように熱くなって、スマホを握りしめたまま、叫んでいた。




「馬鹿――――!! この変態!! 馬鹿ッ!! 信じられない!! りくの馬鹿ッ――――――――!!」




 こうして、あたしは一方的に通話を終わらせると、そのままベッドに飛び込んで、恥ずかしさを消し飛ばすために、悶え続けたのだった。

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