第47話 甘すぎる僕のお姉ちゃんと現実逃避

 あれから、どれくらい走ったのか、自分でも覚えていない。


 街の街頭からも逃げるように、光がない場所を求めて、只々ただただ走り続けた。


 そして、最終的に僕がたどり着いたのは、住宅街から離れた小さな公園だった。


 そこは僕がよく子供のときに遊んでいた場所、というわけではない。遊具だって世間の波に押されて撤去運動が始まる前から存在していなくて、今も昔もドーム型の中が空洞になっているオブジェクトだけだ。


 だけど、僕は父さんと喧嘩をしたときなどは、よくここで一人で過ごしていた。


 そして、今も同じように、膝をかかえてうずくまっている。


 雨のせいでびしょ濡れになった身体を丸めるけれど、服がべたべたと張り付いてきて気持ちが悪い。


 こんな暗い所に閉じ籠ってないで、すぐに家に帰ってシャワーを浴びたら、どれだけ気持ちがいいだろうか……。


 だが、もちろん、僕にはそんな選択肢はない。


 だけど、昔はこんな抵抗も、すぐに終止符が打たれていた。


 理由は明白で、すぐに母さんが迎えに来てくれて、僕は泣きながら手をつないで家に帰っていたからだ。


 そのときの母さんの手のぬくもりは本当に温かくて、どうして自分が泣いていたのか忘れてしまうくらいだった。



 だけど、僕を迎えに来る人なんて、もう誰もいない。



「ははっ……情けないな……本当……」


 こんなことをするなんて、それこそ子供じみた現実逃避だ。まさか、高校生にもなって、小学生のときと同じ行動を取るなんて、考えてもいなかった。


 それだけ、僕は何も変わっていないのだろう。


 変わろうとして、努力して、頑張ってあがいてみたけど、結果はこのザマだ。


 それに、僕は一番傷つけちゃいけない人を、傷つけてしまった。


 こんな僕にも、いつも優しくしてくれて、笑顔を向けてくれて、大好きだと言ってくれる人。



 ――初めまして、君がりくくんだね?



 僕に最初にかけてくれた言葉は、今でもずっと覚えている。



 にこっ、と微笑みかけてくる唇も。



 スカートから覗くすらりとした足も。



 とても美しくて、綺麗だった。

 


 ――今日から、私のことはお姉ちゃんって呼んでね。



 そう言われたはずなのに、いつしか僕は彼女のことを『姉さん』と呼ぶようになった。


 だけど、本当は『姉さん』と呼ぶことだって、抵抗があったかもしれない。


 姉さんは僕とは違って、ちゃんと『家族』としての歩みを始めようとしてくれた。


 実際、母さんがいなくなって、取り残された僕にとって、姉さんの存在は大きくなっていった。


 誰かが傍にいてくれるというだけで、とても心強かった。


 だけど、同時に苦しくなるほどの虚無感が生まれてしまっていることにも気づいてしまった。


 僕の姉のように振る舞う姉さんの姿を見ていると、僕はどうしたらいいのか分からなくなってしまうのだ。


 一緒の家で暮らして、何年も積み上げてきた、僕と姉さんの時間。


 でも、その時間が増えていってしまう分、僕の感情が押しつぶされていってしまう。


 僕は、姉さんの弟になんて、なりたくなんてなかった。



 ――だって、僕は、姉さんのことが……。




りくくん、み~つけた」



 

 僕は、咄嗟に顔をあげて、声がしたほうに視線を向けた。


「もう、勝手にいなくなっちゃダメなんだからね」


 そこには、雨でびしょ濡れになった姉さんが、いつものように優しく僕に笑顔を向けていた。


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