第41話 人見知りな僕の先輩と届いた声


「また、いつでもおいで。お茶菓子は用意できないけどね」


 そんな冗談を言われながら、僕は結衣さんにお礼を言って店を後にした。


『いやぁ、良かったな、兄弟。これで本番もばっちりだろ?』


「はい、ブルースさん……じゃなくて、しお先輩も楽しそうでしたね?」


「  !   、      」


 ブルースさんを付けた右手もろとも、顔の前でブンブンと手を振るしお先輩。周りが暗くなっていてもわかるくらい、顔が真っ赤になっているのがわかる。


『ははっ、残念だったな。兄弟に先輩らしいところ見せようとして、自分が楽しんでるようじゃ世話ねえぜ。こりゃお前の計画も失敗だな』


「計画? 失敗?」


 それはどういう意味だろう、と僕が首を傾げていると、間髪を入れずにブルースさんが説明をしてくれた。


『こいつはよぉ、まぁ肩書だけでいやあ、オレ様の次に先輩ってこったろ? だから、困ってる後輩の手助けをして株を上げたかったらしいぜ』


 ブルースさんを動かしながら、上目遣いでこちらを見てくるしお先輩。


 僕は、そんな姿のしお先輩が、なんだかいじわるをされたような子供のように見えてしまって、何とかフォローしようと努めて明るい声で答えた。


「いえ、今日は先輩と一緒にお出かけできて楽しかったですよ。先輩の可愛らしい一面も見られましたし」


「!?!?」


 僕の発言で大袈裟に反応を示すしお先輩。すかさず、ブルースさんが口を挟む。


『兄弟……おめえ、たまにすげえ女慣れしてる発言するよな……』


「ええっ!? そ、そんなつもりは……」


 まずい、先輩に変に思われないように、今度は自分のことをフォローしなくては!


「えっと、あのお店にいるときのしお先輩って、いつもと雰囲気が違うっていうか……えっと、そうじゃないな……むしろ汐先輩らしいというか、そんな感じです」


 しお先輩だけでなく、ブルースさんも首をかしげるような仕草をして僕を見てくる。


 それがあまりにもシンクロ率が高いのは流石だ。


 とにかく、もう少し言葉を足さないといけないようだ。


しお先輩って、たまに絵本の中の主人公みたいで……あの、アリスとか赤ずきんとか、そういう感じの雰囲気があるんです」


『Wonder Land』に足を踏み入れたしお先輩は、まさに知らない世界に迷い込んだ子供が、おもちゃと一緒に遊んでいるような印象だった。


 純粋無垢で、汚れを知らない女の子。


 僕には、そんなしお先輩がまぶしく見えることもあるけれど、やっぱり素敵な人なんだと実感する。


「    」


しお……先輩?」


 しかし、僕の発言を聞いたしお先輩は、霧がかかったように陰鬱な表情になってしまっていた。


『……やっぱ、変、だよな』


 その声色は、確かにブルースさんのものに違いなかったのだけれど、いつもと様子が違っている。


『オレ様がいねえと、こいつは兄弟や嬢ちゃんとすら、まともに話すことすらできねえ。ずっと一緒って訳には、いかねえよな……』


 しお先輩は、もう僕のことを見ていなかった。


『わかってるんだよ。自分が変だってことはよ……。でも、こいつはもう、こういう生き方を選んじまった。何度変えようと思っても、失敗して、怖くなって、そんで元の箱に収まっちまう。兄弟、さっき言ったよな? こいつが「絵本の中の主人公」みたいだって。その言葉、まさに言いえて妙だぜ。こいつはよ、現実には生きていけねえ、絵本の中の住民なのさ……』


「ブルースさん……」


 滔々と語るブルースさんの言葉は、僕の胸にも深く落ちてくる。


 生き方を選ぶ、なんて大それた言葉を使ったのは、それだけ彼女……しお先輩がこれまでに経験したことが、枷になってしまっているということだ。


 確かに、右手にパペット人形をつけている高校生だなんて、僕はしお先輩のことしか知らない。


 だけど……だからこそ……



「先輩……僕は、しお先輩と出会えて、本当に良かったと思っています」



「  ?」


 しお先輩が、俯かせていた顔をゆっくりと上げていく。


「僕に……僕が変わろうときっかけを与えてくれたのはしお先輩だったんです。その、しお先輩って、僕と似ていると思ったから……」


 僕の拙い言葉で、どこまでしお先輩に気持ちが伝わるか分からないけれど、僕はありのままに、先輩に告白する。


「先輩も、誰かを頼るとか、そういうのが苦手なんですよね? 自分から話しかけたら迷惑がかかるとか、そういうことばっかり考えちゃって、結局行動に移せなかったりして、また自己嫌悪に陥ったりとか……」


 ビクッ、としお先輩の身体が震える。ブルースさんを抱きしめるようにして、自分の胸に押し当てているようだった。


「そういうのって、分かってても治せないんですよね。でも、それでいいと思うんです。僕にも、限られた人にしか頼ることができませんし、友達も……あまりいないんです」


 僕の頭に浮かんでくる人物なんて、ほんの数人程度しかいない。


 もし、この場で「大切な人たちの人数を教えてください」と言われてしまえば、数えるのに両手の指も必要としないだろう。


 だけど、その一本一本を紡いだ糸の先に、やっぱりこんな僕にも、大切な人たちがいるのだ。


 僕は姉さんのように、何でもできるわけじゃないし、みんなから愛されているわけでもない。


 ――そんな決定的な違いが、僕に劣等感を与えることだってあったけれど。


 今は、それほど気にならなくなっている。



 僕にだって、大切な人ができた。



 どうしようもない僕を助けてくれる人たち。



 ずっと、傍にいてくれた人たち。



 そういう人たちが困っていたり、力になってあげられる人間には、なりたいと思う。



「僕は、しお先輩のことを大切な先輩だと思っています。だから、いつでも頼ってください。それに、先輩みたいに優しい人と一緒なのは、僕も嬉しいですから」


 僕にとっての先輩は、しお先輩しかいないのだ。


「   ……」


 しお先輩は、何度も何度も、自分の髪を触ったり、スカートをぎゅっと抑える仕草をして落ち着かない様子だった。


 えっと……もしかして、汐先輩、急に僕がこんなことを言いだして困ってないか?


 ――しかし、次の瞬間。



「……がとう、」



 ゆっくりと、だけど、しっかりとした声で、僕に告げた。



「あ り がとう。りく、くん。ほんとうに、ありが、とう」



 泣きそうな声色の、しお先輩。


 まっすぐに僕を見てくれたしお先輩の表情は、僕が初めてみるような、とても素敵な笑顔だった。


「こちらこそ、いつもありがとうございます、しお先輩」


 だから、僕も負けないくらいの感謝の気持ちを込めて、先輩にそう告げた。

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