第42話 人見知りな僕の先輩と初めてのメッセージ


「そっか。商店街にそんなお店があったんだね。お姉ちゃんも、今度行ってみようかな~」


 夕食後、姉さんが淹れてくれた煎茶を飲みながら、僕たち姉弟はそんな会話を交わしていた。


 二人ともお風呂上りだったので、お互いパジャマ姿のリビングでの談話である。


 言っておくが、前のように一緒にお風呂に入ったわけではないことはきっちり宣言させてもらおう。


 何のことを言っているのか、よく分からないという人は、第12話くらいから、3話も続いてしまったお話を読み返してほしい。


 いや、やっぱり読み返さなくていいです。


 だいたい、殆どストーリー展開もなかったあのシーンに、なぜわざわざ更新を3回に分けていたのかも甚だ疑問だ。もう少し構成を考えてもらいたいものだ。


 さて、これ以上は僕の愚痴が延々と垂れ流されるということになってしまってもいけないので、もう一度姉さんの話に耳を傾けるとしよう。


「でも、いいなぁ。華恋かれんちゃんもしおちゃんもりくくんとお出かけできて。お姉ちゃんもりくくんと腕を組みながらお出かけしたいよ」


 ん? 二人とも腕を組んだりなんてしてないんだけど、姉さんの脳内では勝手に補完されてしまっているらしい。


 大体、姉さんと腕なんて組んだら……と、僕は姉さんの顔から少し視線を下に向けた箇所にいってしまいそうになるのを何とか堪えて、ズズズッ、とわざとらしく音を立てながらお茶を啜った。


 うん、熱いお茶は日本の文化だ。身体も心も温まるし、落ち着くね。


「でも、お姉ちゃんはちょっと嬉しいかも」


 そういうと、姉さんも自分の湯飲みを持ちながら僕に告げる。


「だって、りくくんがずっと楽しそうだから。本当は、お姉ちゃんもずっと陸くんの傍にいられたらもっと楽しいんだけど、そういう訳にもいかないもんね……」


「……姉さん」


 僕が部活に入ってから、姉さんと過ごす時間は短くなってしまっている。


「でも、お姉ちゃんだって、寂しくなるときがあるのです……」


 しゅん……っと、子供のように唇を尖らせて指をくるくるとさせている。


 やれやれ……確かに、最近の僕はほんのちょっとだけ姉さんをほったらかしにしていたという自覚もある。


 いや、本来はそれでいいのかもしれないけれど、こう落ち込んだ状態の姉さんをそのままにしておいたら、変なところで爆発しそうで怖い。


 そう、例えばまた、朝からベッドに入ってきたりするような、そんな感じの事故を起こしてしまう前兆だったりするし……。


 だから、僕はそんな事態にならないように、あらかじめ対策を打っておくことにした。


「ね……姉さんも、僕ができることがあったら、その……頼ってくれていいから」


 瞬間、ガバッっと姉さんの髪が宙を舞った。


「い、いいの!! お姉ちゃん! 何でも陸くんにお願いしてもいいの!?」


 いや、何でもとは言ってません。


 常識の範囲内でお願いします。


「じゃ、じゃあさ、お姉ちゃん、少しだけワガママ言っていい?」


「……えっ?」


 すると、姉さんは椅子から立ち上がって、僕が座る椅子まで回り込んできた。


「あの……ねえ……!!」


 ――だが、僕が言葉を発するよりも前に。



「陸く~~ん!! ぎゅううううっっ!!」



 姉さんは、僕の頭を思いっきり抱きしめた。


「あのねあのねっ! お家の中だけは、お姉ちゃんもいっぱい甘えたいのぉ~」


「ちょ、ちょちょちょ!! 姉さん!?」


 あまりの衝撃展開に、僕は完全にフリーズしてしまう!


「だって!! 今の時間だけはりくくんはお姉ちゃんのりくくんだもん!! いっぱいぎゅうううってしたいの!! お願い、りくくん!!」


 ブンブンッと僕の頭を持ちながら、身体を揺らす姉さん。


 おかげで僕の頭はぐわんぐわん揺れて大変なことになってしまう……わけではなく、もっと危ないことに姉さんの柔らかい身体の一部に何度も押し付けられて、おまけに花のような甘酸っぱい匂いに包まれて、どうにかなってしまいそうだった。


 ああ、きっと天国という場所があったとしても、いま僕が味わっているこの瞬間には遠く及ばないのだろうな……。


 ――ブブッ、ブブッ!


 なんて、アホみたいな思考になっている僕の脳を醒ましてくれたのは、スマホのバイブの音だった。


「ん? りくくんのスマホ?」


 と、姉さんがわずかに力を緩めたことが功を奏し、僕は急いで机に置いてあった自分のスマホを手に取って、姉さんの拘束から解放される。


「えっと、多分、しお先輩からの連絡かな!? ごめん、姉さん! 今日はもう寝るね!」


「えっ、り、りくくん!? お茶はもういいの?」


 きょとん、とする姉さんをリビングに置いて、僕は自分の部屋へ戻ることに成功する。


 危なかった……あの状態の姉さんに捕まってしまったら、しばらくは解放してくれないことは長年の経験上、察するに余りある。


「はぁはぁ……僕もまだまだ、詰めが甘かったか……」


 ついつい姉さんに餌をまくような真似をしてしまったことは反省しよう。


『家の中の姉さんが、寂しそうにこちらを見ているようだ』なんてコメントが表示されても、今後は一切気にしないことを自らに課しておこう。


 僕も心を鬼にしなくてはいけないときがあるのだ。


 さて、自分の反省会も終わったところで、改めてスマホの画面を確認すると、本当にしお先輩からメッセージが届いていた。


「ううっ……しお先輩……本当に助かりました……やっぱりあなたは、僕の頼れる先輩ですっ!」


 実は、今日の帰り道にしお先輩と今更ながら連絡先を交換していたのだ。


 いわく、先輩としては部員の連絡先の確保という意味合いもあって、もっと早くに知りたかったそうなのだが、なかなか勇気が持てずに聞きそびれてしまっていたそうだ。


 夜道でいきなり立ち止まってスマホを差し出されたときは、何が何だか分からなかったけれど、IDが表示されている画面を見て、ああ、なるほどそういうことか、と理解できた。


『んじゃ、またオレ様からも連絡するからな、兄弟! 既読スルーするんじゃねえぞコラッ』と、意外と昨今のメッセージアプリの情勢も知っていたブルースさんの言葉を信じて待っていたのだけど、全然連絡が来ないのでちょっと心配していたのだ。


 でも、よく考えたら、あのしお先輩のことだ。僕のことを考えて色々と配慮を施した文章を作成するのに時間を有していたのだろう。


 何度も文字を打っては削除しているしお先輩の顔がありありと浮かんだ。


 スマホの画面を見ると、まだ日付が変更するまでには一時間以上もある。


 姉さんにはもう寝ると伝えてしまったけれど、このあと、こっそりとしお先輩と連絡のやりとりをするのも楽しいかもしれない。


 そう思って、メッセージアプリを起動して、しお先輩からの連絡を確認した。



『拝啓、天海あまみりくさまへ

 春爛漫の季節を迎え、りくさまに致しましては、ますますご清福にお過ごしのこととお察しいたします。さて、このような文書をお送りすることに関しまして、大変恐縮ではございますが、今後ともお付き合いのほど、何卒お礼を言い渡したくご連絡させていただきました。りくさまと私の出会いは、まだ桜が満開を迎える季節であったことは衆知しゅうちのことではあったかと思いますが、私の心は灰が撒かれたように暗雲が立ち込めており、そこでわが友、ブルースと共に自らを鼓舞したにも関わらず、あのような無様な姿をお見せしてしまったこと、深くお詫び申し上げたいと存じます。その後、りくさまとは数々の言葉を交わしましたが――』


 ふむ、なるほど。


 人見知りな僕の先輩は、メッセージ一つでもとても律儀な人のようだ。


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