第40話 人見知りな僕の先輩と幽かな店員さん


 アンティーク店『Wonder Land』を営む店長、つまり、いま僕の隣でパペット人形を修理してくれている女性は「糸野いとの結衣ゆい」さんと言うらしい。


「私のことは結衣ゆいっていいよ。しおちゃんは『結衣ゆいちゃん』って呼んでくれているけど、きみもそう呼んでみる?」


 僕をからかうようにそう言ってきた彼女は、どこか僕の反応を面白がっているように感じる。


 先ほどは姉さんに似ているような気がした、と言ったが、もしかしたら性格は姉さんの友達の波留はるさんに似ているのかもしれない。


 ちなみに、僕にはさすがに年上の人に「ちゃん」付けをするような勇気はないので(新田にった先生は例外だ。あの人は、なんとなくそういう『愛称』として「ちゃん」付けで呼べる珍しい大人なのである)結衣ゆいさん、と呼ぶことにした。


 一方、僕をこのお店に連れてきたしお先輩は、お店の周りをゆっくりと眺めながら、時折飾られているパペット人形を興味深そうに観察していた。


「あの子、いつもあんな感じなの。すっごく楽しそうでしょ?」


 確かに、学校にいるときのしお先輩よりあどけなさがあるというか、おもちゃ箱の前にいる子供のような顔を浮かべていた。


「あの……結衣ゆいさんはいつからしお先輩のことを知っているんですか?」


「子供の頃から、って言えたらいいんだけど、生憎とこのお店を爺様から引き継いだのが去年の今頃でね。初めて会ったときは、そりゃあもうびっくりしたものよ」


 去年と言えば、しお先輩も高校生になっている頃だ。


「えっと、多分そうだとは思うんですけど、そのときブルースさんは……」


「一緒だったわよ。『爺さんはいねえのか!』って凄い剣幕で言われたんだから」


 そのときのことを思い出したのか、結衣ゆいさんはくすくすと笑みを零した。


「このお店、ずっと昔に一度閉店したの。でも、私が前の仕事を辞めたときに爺様がやっていたお店の風景が浮かんできてね。私もこのお店で小さい頃はよく遊んでいたから、何だか懐かしくなっちゃって……。それから、爺様に連絡して、今の私の状況を話したら『好きに使っていいぞ』って言われてさ。倉庫からいっぱい昔の商品出してきて『後は適当にやれ』だってさ。本当、自由奔放な人だったよ」


 懐かしむように、結衣ゆいさんは僕のパペット人形に一本一本、糸を通していく。


「あの、そのお爺さんは……」


「亡くなったよ。私が電話をしたときには、もう結構肺炎の症状が重かったみたい。だから、私から電話が掛かって来たのは運命かもしれないって思ったんだってさ。母様たちは大反対だったけどね」


 そして、結衣さんは「よし、お終い」と言って、針につながった糸をハサミで切り落とした。


「これでもう大丈夫よ。あと、他にもほつれが目立ちそうな場所は直しておいたから、大事に使ってね」


 そう言って、パペット人形は僕の手元に戻って来た。少し糸を替えただけのはずなのに、全体的に綺麗に生まれ変わったように見えた。


「ありがとうございます。それで、今の話って、しお先輩は……」


「知ってるわよ。爺様が亡くなったことは、薄々気付いていたみたい。お店を閉めるときに教えられていたみたいだから……。ねえ、知ってた? あの『ブルース』って爺様があの子にあげた人形なのよ」


「えっ、そうなんですか?」


「うん、小学生くらいのときにね。あの子が毎日、このお店に来てたの。でも、パペット人形を何時間も眺めてるだけで、帰っていくの。それで、爺様も何となく察したんだと思う。『友達が欲しかったら、これをやる』って言って渡されたのが、あの犬のぬいぐるみなんだってさ」


 ということは、しお先輩はその日からずっと、ブルースさんと一緒にいるってことか。


「まさか、爺様もあの子が今の年まで大事にしてるとは思ってなかっただろうね」


 まぁ、現役高校生が片時もパペット人形を話していないとは、お爺さんも想像していないだろう。


「それとも、あの爺様のことだから、そこまで想像してたりして。なんにせよ、あの子と私を繋げてくれたのは爺様だし、きみもそうなんじゃない?」


「……はい」


 だけど、僕にとってはそれがしお先輩の自然な姿で、ブルースさんも僕の大切な先輩の一人だ。


 僕たちとしお先輩を出会わせてくれたきっかけが、このお店から始まったということになる。


「ねえ、お姉さんからひとつ、きみにお願いがあるんだけどいいかな?」


 お姉さん、という言葉に過剰な反応を示さないように気を付けつつ、僕は結衣ゆいさんと目を合わせる。


 すると、彼女は片目にかかった前髪を手の甲であげながら、僕にこう言ったのだ。



しおちゃんを、一人にさせないでね」



 そう告げた彼女の存在感が、なぜだか一瞬、ふわっと消えてしまいそうな気がした。

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