第四章 甘すぎる僕の人間関係 汐先輩編

第38話 人見知りな僕の先輩とパペット

「――こうして、泥棒を追い払ったロバ、イヌ、ネコ、ニワトリたちは、素敵な音楽を奏でながら、みんなで仲良く暮らすようになりましたとさ」


 僕が読み上げた原稿と共に、華恋かれんしお先輩がつけている両手のパペットたちが深々とお辞儀をする。


 ここで観客からの拍手喝采……となる予定だけれど、生憎と部室には僕たちしかいないので、つかの間の静寂が訪れる。


 しかし、それに耐えかねた華恋かれんが、人形用のステージからひょっこりと顔を出して僕に尋ねてくる。


「……ど、どうだった?」


 恐る恐るといった感じで聞いてきた華恋かれんに、僕は笑顔で答えた。


「うん、バッチリだったと思うよ。ちゃんとパペットも上手く動いていたし、台詞も凄い自然に言えてたんじゃないかな?」


 そう告げると、華恋かれんは子供のように目を輝かせたものの、それは僕が見た幻だったかのように、すぐにいつもの勝気な声を上げた。


「ふ、ふん! 当たり前よ! ちゃんと練習だってしたんだから!」


 ツンツンとした態度を取ってはいるものの、長い付き合いである僕には、華恋かれんの口元がほんのわずかだけ綻んでいるのが見て取れた。


『いやぁ、すげえぜ嬢ちゃん。この短期間でここまでオレ様と息の合うコンビを組めるのはなかなかのもんだ』


 しお先輩の右手にすっぽりとはまっているブルースさんも、華恋かれんの成長ぶりには目を見張るものがあるようだ。


「あ、ありがとうございます、しお先輩」


 そして、僕とは違って素直に後輩らしい返事をする華恋かれん


 最初こそ、華恋かれんはなぜかしお先輩に警戒心を抱いていたようだったけれど、今では一緒に稽古をしてきたからか、華恋かれんしお先輩には心を開いているようだった。


「   !  、       」


 一方、しお先輩はというと、相変わらずの小声で、僕や華恋かれんには聞き取れない声量で返事をしていた。


 耳まで真っ赤になっているのは、人見知りというよりは、それがもうしお先輩のスタンダードな反応だと僕たちもある程度理解できるようになってきた。


 それに、ちょっとしお先輩のそういう反応が可愛く思えてしまう自分もいたりする。


『どういたしまして、だとよ。つっても、指導してんのは、こいつじゃなくて、オレ様なんだけどな』


「はいはい、分かってるって。ブルース先輩」


 ブルースさんが仲介に入ってくれることで、僕たちはしお先輩とも上手くコミュニケーションが取れている。周りから見たら不可思議な光景かもしれないけれど、僕たちにとってはこれが普通の光景なのだ。


『最初はちと心配だったが、これならいけそうだな。いい舞台になりそうだぜ』


 自然と、三人とも部室にあるカレンダーに視線が向く。


 そこには、華恋かれんが書いた大きな花丸が僕たちの公演会の日に、しっかりと記されていた。


 公演会の日まで、残り一週間。


 何度も繰り返した稽古のおかげで、自分のパートならば台本を見ずに台詞だって暗唱できるほどだ。


 きっと、この調子なら、公演会も成功させることができるだろう。


 いつの間にか、僕は早く公演会の日が来ないかとワクワクするようになっていた。


 通し稽古も終わって、気が付けば完全下校を告げるチャイムが鳴る時間まであと少しとなっていた。そろそろ部活も終わる時間だ。


「ねえ……悪いんだけど、今日は先に帰るわね」


 そして、稽古で使っていた道具を片付けている途中、華恋かれんが僕にそう告げた。


「このあと、クラスの子たちからご飯食べに行こうって誘われてるのよ」


 どうやら、華恋かれんは僕と違ってクラスメイトともそれなりに交流が盛んなようだった。


 いやホント、未だに新しい友達がいない僕とは大違いだ。


「い、いいのよ……。あんたは、あたしとだけ仲良くしてれば……」


「いや、それも問題だと思うんだけど……」


「な、何でよ!? あ、あんたはあたしとだけじゃ嫌だっていうの!?」


「いや、別に嫌とかじゃなくて……」


 だって、それだと華恋かれんが友達のいない僕を慮って話しかけてくれている構図に見えないだろうか?


 まぁ、実際そうなんだろうけど、クラスメイトからそう思われるのは、ちょっと辛いです。


『はいはい、いつもの痴話喧嘩はいいから、嬢ちゃんはさっさと行きな。後の片づけはオレ様たちでやっとくからよ』


「へへへ、変なこと言わないでよ! と、とにかく! あたしは先に帰るからね、りくのバカッ!!」


 最後はなぜか僕を罵倒して、華恋かれんは颯爽と立ち去っていった。


『やれやれ、嬢ちゃんも大変だな……』


 大変なのは僕のほうではなかろうか? というツッコミをブルースさんにしても仕方がないので、僕はせっせと後片付けに勤しむことにした。


「ん……? あれ?」


『どうしたんだ、兄弟?』


 そして、僕が自分の使っていた人形を手に取ったとき、あることに気が付いた。


「いえ、ちょっと腕が取れそうになってるかもと思いまして……」


 使っているときはそれほど違和感がなかったのだが、改めて見てみると腕の部分のつなぎに少し切れ目が入っていた。きっと、このまま使っていたら傷がどんどん大きくなってしまうだろう。


「えっと、しお先輩。この人形、ちょっと持ち帰ってもいいですか?」


 これくらいなら、家庭科の授業で使う裁縫セットでなんとかなるはずだ。


 部室にあったものをそのまま使っているとはいえ、今の使用者は僕なので、メンテナンスはしっかり管理しておいたほうがいいだろう。


「    」


 しかし、しお先輩……もといブルースさんからの返事はない。


 しお先輩は、ごくわずかに唇を動かしているようだが、やはり何を言っているのか僕のところまでは聞こえてこない。


 もしかして、大事な人形だから、僕がちゃんと縫うことができるのか心配しているのだろうか?


 しお先輩が一歩、また一歩とゆっくり僕に近づいてくる。


 そして、ブルースさんがいないほうの左手でちょこんと僕の袖を掴んで、こう告げた。



「  。    !」



 しお先輩の顔は、部室に差し込んだ夕日の色に染まっていた。

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