色々と誤解されていそうだったので、おばさんには僕の事情を説明したのち、姉さんが帰ってくるまでの時間、しばらく華恋（かれん）の家にお邪魔することを正式に認めてもらうことにした。

「そんなに気を遣わなくていいわよ。昔はよく遊びに来てくれてたんだし、華恋（かれん）から誘ったんでしょ？」

「違う！　……ことも、ないでも、ないけど！　ちゃんと理由があったってわかったでしょ！？」

「はいはい、もう……素直じゃないところはお父さんそっくりなんだから。陸（りく）くんも、苦労するだろうけど、うちの子をよろしくね」

「はぁ……」

　僕の曖昧な返事にも、おばさんはどこか満足気な表情を浮かべていた。

　昔からそうだけど、おばさんの言葉がたまに僕にはよく分からないときがある。

　そういう発言をするとき、大概、華恋（かれん）が怒っていることが多いのだけど……。

　ともかく、おばさんの介入により当初の予定通り人形演劇の練習をすることになった。

　色々とゴタゴタになってしまった僕たちだったけれど、練習に入るとお互い真剣になってしまい、気が付けば夕方も過ぎ、華恋（かれん）の部屋に飾られた時計は７時を指していた。

「ねえ、陸（りく）くん。良かったらご飯も用意するわよ？　そっちのほうが華恋（かれん）も嬉しいわよね？」

「おおおおお、お母さんッ！」

　そんな親子のやりとりがあったけれど、僕は少し考えてそれを辞退した。

「ごめんなさい、きっと姉さんが夕食を用意してくれてると思うので」

「そう……じゃあ、また紗愛（さら）ちゃんとも一緒に来てね」

　笑顔で僕を見送ってくれたおばさんと、何故か顔を逸らしてブツブツと言っている華恋（かれん）に見送られて、僕は明坂（あけさか）家を後にした。

　別れる寸前に、華恋（かれん）から「人形劇、絶対成功させるわよ！」と告げられ、僕もそれに応えるように力強く頷いた。

　そのことが嬉しくて、僕は少しだけ頬を緩ませて帰宅する。

　そして、鍵のかかっていた家のインターフォンを押すと『はーい、陸（りく）くん？』と明るい声がスピーカーから聞こえてきた。

「ごめん、姉さん。鍵忘れて出かけたから、開けてくれないかな？」

『そうなの？　ちょっと待っててね』

　そう言った姉さんは、すぐに玄関の鍵を開けて僕を出迎えてくれた。

「ごめんね、陸（りく）くん。お姉ちゃんも気付かなかったよ。でも、私が帰って来ててよかった。先に陸（りく）くんが帰ってきちゃってたら困っちゃうもんね」

　えへへ、とエプロン姿で迎えてくれた姉さんには、余計な心配をかけないように僕が華恋（かれん）の部屋にいたことは黙っておくことにして、家の中へと入っていくと、リビングからは僕のお腹を刺激する匂いが漂ってきた。

「今日はね、唐揚げにしてみたの。もう少しでできるからちょっと待っててね」

　その後、姉さんは僕に背中を向けながら調理を再開し始める。

「陸（りく）くん、華恋（かれん）ちゃんとのお出かけはどうだった？」

　フンフ～ン、と鼻歌を歌いながら姉さんが聞いてきたので、僕はそんな姉さんの後ろ姿を見ながら答える。

「えっと、喫茶店の手伝いが凄く大変でさ。でも、華恋（かれん）はちゃんと注文も取れてて、お客さんともよく話してて――」

　それから、僕は今日一日の出来事を姉さんに話した。

　もちろん、華恋（かれん）の家にお邪魔したことは意図的に誤魔化したけれど、一緒にケーキを食べたことを話すと、姉さんは「今度、私も食べに行こうかな！　陸（りく）くんがお世話になったお礼も言っておきたいし」と笑顔で話していた。

　本当に、何気ない姉弟同士の会話。

　僕たちがこんな関係になったのは、一体いつからだろうか？

　姉さんが僕の姉さんになったのは、つい最近のはずなのに、最初から僕たちは『姉弟』として生まれてきたような錯覚を覚えてしまう。

　でも、それがきっと、姉さんの望む家族の形なのだろう。

　――陸と、こういうことだって……。

　ふいに、いつもと違う雰囲気を纏っていた華恋（かれん）の顔が思い浮かんでしまう。

　そして、華恋（かれん）の心臓の音が伝わるくらいの距離で、僕たちは見つめあった。

　その瞬間、確かに僕は、華恋（かれん）に対して、今まで意識をしなかったような感情が生まれたのは間違いない。

　でも、それを言葉にするには、今の僕はあまりにも中途半端で、形容しがたいものだった。

　逆に、華恋（かれん）はあのとき、一体僕に何を伝えたかったのだろうか？

　きっと、いつものように僕をからかっただけだろう。

　でも、万が一の可能性として、華恋（かれん）が僕が想像してしまったような関係になりたいなんて言ってくれたとしたら――。

　――僕は、華恋になんと答えるのだろうか？

「……姉さん、あのさ」

「んー？　どうしたの、陸くん？」

　可憐な表情で、僕に微笑んでくれる姉さんに、僕は言った。

「……僕も、何か手伝おうか？」

　そう告げると、姉さんは少し嬉しそうな顔をして、

「あはっ、陸（りく）くんってばどうしたの？　でも、そうだね。せっかく陸（りく）くんがそう言ってくれたし、お皿の準備をしてもらおうかな」

　と、僕でもできる簡単な手伝いを指示してくれた。

　僕は姉さんの言われた通り、食器棚から必要な食器を準備していく。

　ちょうど姉さんと背中合わせになったことで、僕の心はなぜか穏やかになったのだった。