第34話 ツンデレな僕の幼なじみとの初バイト

 土曜日。


 学校がない休日というのは、大抵の学生が惰眠だみんを貪ることに心地よさを感じる時間を過ごすことになる。


 例に漏れず、いつもなら僕も昼近くまでベッドの中でゴロゴロして、姉さんに昼食のリクエストを聞かれてやっと目を覚ますという生活を送っていたことだろう。


 しかし、今日の僕は惰眠だみんを貪るどころか、戦場に立たされていた。


りく、ホットサンド追加で入ったわよ! あっ、あと手が空いたら食器も洗っといてよね!」


「う、うん!」


 僕がキッチンで作業をしていると、オーダーを伝えにきた華恋かれんがせっせと食べ終わったお客さんの皿を持ってきた。


 華恋かれんの言う通り、シンク台にも洗い物が溜まってきていた。


 もっと効率よく働かないと、一向に仕事が終わりそうにない。


 一方、華恋かれんは茶色のエプロン姿が様になっており、お客さんたちとも笑顔で接していた。


 なんというか、ちょっと出来る女の子っぽくてカッコイイと思ってしまう。


「……僕も頑張んないとな」


「んにゃあ、ご主人様もと~っても頑張ってくれてるにゃ」


「うわっ! び、びっくりした……。ニコさん……いつから僕の後ろに……」


 思わず叫んでしまったが、そんなことは意にも返さずにスマイル全開のニコさんは僕に告げた。


「ご主人様もお嬢様もと~っても頑張ってるにゃ。ニコちゃんも大助かりだにゃあ~」


 いつものように、笑顔を絶やさないニコさん。


 今の僕たちは従業員だというのに、接し方が普段と変わらないのが少しむず痒い反面、ちょっと安心したりもする。


 そう、僕と華恋かれんは今、『ラブリーキャット』の従業員としてせっせと朝から働いているのだ。


 その理由は、席が埋まってしまっている店内をみれば一目瞭然だろう。


 僕らよりもずっと年齢が上の、おじいちゃん、おばあちゃんたちが談笑をしながら寛いでいる。


 普段はガラガラの店内とは打って変わって、この大繁盛。


 とてもニコさん一人で切り盛りできる状況ではない。


「いやぁ~ニコちゃん、今年も使わせてもらって悪いね」


 すると、カウンターに座っていたおじいさんがニコさんに話しかけると、ニコさんはそのまま満面の笑みを崩さずに首を横に振った。


「んにゃあ。坂田のおじさまたちこそ、毎年来てくれて嬉しいにゃあ」


 坂田さん、と呼ばれたおじい様の目に刻まれた皺が一層深く刻まれた。


 それはまるで、孫を見るような眼差しだった。


 坂田さんたちを含めた、ここに来ている喫茶店のお客さんたちは、遠方から旅行でこの地方にやってきた人たちなのだそうだ。


 どうやら、どこかの商店街の人たちで来る慰安旅行の際に、毎年ニコさんがいるこの喫茶店へとやって来るのが恒例になっているらしい。


 というのも、ニコさんのお爺さんも、かつてはこの坂田さんたちがいる商店街の仲間だったそうで、知り合いなのだそうだ。


「しかし、ニコちゃんみたいな孫と一緒に店をやってたって思ったら、あいつも幸せだったろうなぁ……」


「どうかにゃあ~。おじいちゃんは無口であんまりニコちゃんとも話してくれなかったにゃあ~」


「世界一のバリスタになるって意気込んでたのに、結局おやっさんの店にそっくりな喫茶店を開店してたときは、親子の血は争えんと思ったもんだよ」


「ほんとだにゃあ~。ニコちゃんはひいおじい様のことは知らにゃいけど、なんとなく想像つくにゃあ」


 そう言ったニコさんは、どこかいつも以上に嬉々とした表情をしていた。


 坂田さんたちは、ニコさんが一人でお店を切り盛りするようになってからも、こうして顔を出してくれているのだ。


 そして、今日のことをニコちゃんから華恋かれんに話したところ、是非とも手伝おうという話の流れになったらしい。


 まぁ、華恋かれんらしいというか、案外困っていたら何でも首を突っ込むのが華恋かれん華恋かれんである由縁だったりする。


 それをフォローするのも毎回僕のような気がするけれど、それは気にしないことにするのが僕の処世術だ。


「ちょっと、りく! 何ボォーっとしてるのよ。すぐまた注文が来るわよ」


 おっといけない。


 ニコさんたちの話を聞いていたら、ついつい手が止まってしまっていた。


 早速、僕はホットトースト用の食材を準備する。


「しかし、ニコちゃんもそろそろいい人見つけないと、おじいちゃんに怒られるんじゃないのかい?」


「にゃはははははははは~~~」


 なんか、カウンターからニコさんの変な笑い声が聞こえたような気がするけれど、僕は聞かなかったことにした。

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