第三章 甘すぎる僕の人間関係 華恋編

第33話 ツンデレな僕の幼なじみとの人形劇

 人形演劇部に入部してから、僕たちはGWに発表する劇の稽古に励んでいた。



『そうかい……あんたも、行くあてがないのかい?』


「ええ、もうわたしはご主人様の役には立てないのです。この通り、歩くのがやっとで、ねずみを捕まえることもできなくてね……」


『それなら、私と一緒にブレーメンの音楽隊になりませんか?』


「音楽隊……?」


『ええ、きっと楽しいですよ。あなたもブレーメンに行きませんか?』


「おお、それはいい。ぜひ、お供させてください」



 今はちょうど、しお先輩が演じるロバと華恋かれんが演じるネコが一緒にブレーメンを目指すシーンだ。


 簡易的だが、本番通り舞台も用意して、それぞれ人形を動かして演技をしているところだった。


『……よし、とりあえずここでワンカットだな。兄弟、録画止めていいぞ』


「はい、分かりました」


 ひょい、と舞台から出てきたブルースさんの指示に従い、僕は持っていたスマホの録画を停止させた。


「ど、どうだった……りく?」


 今度は、舞台の袖から立ち上がってこっちを見てくる華恋かれん


 僕はそんな華恋かれんに向かって、にっこりと微笑んだ。


「上手だったよ華恋かれん。想像してたよりずっと」


「……っ!! あっ、当たり前でしょ!」


 ふんっ、と顔を逸らす華恋だったけれど、口角が少しだけ上がっているのは隠せていないようだった。


 こういう時は、素直に喜べばいいのに。


 実際、僕はお世辞で華恋かれんを褒めたわけじゃなくて、本当に上手だったからだ。


華恋かれん、昔から演じるの上手かったよね。ほら、マギ☆キュアの変身シーンとか何回もやって……!」


「おりゃあああああああ!!」


「ぐはっ!」


 僕が喋っている途中に、華恋かれんが使っていたネコのぬいぐるみが襲い掛かって来た。


 むろん、華恋かれんが手から外してこちらに投げたものだ。


「なっ、何すんだよ! 華恋かれん!」


「あっ、あんたが余計なこと言うからでしょ!?」


 はぁはぁ、と息を切らして睨んでくる華恋かれん


「別に隠さなくてもいいと思うけどな……マギ☆キュアが好きなこと……」


 マギ☆キュアというのは、日曜日の朝にやっている子供向けアニメのことだ。


 僕らが幼稚園の頃に放送がスタートして、今でもシリーズを変えて放送が続いている。


 魔法少女に変身して、地球の平和を守る女の子の姿に全国の子供たちが熱中して、華恋かれんもその例に漏れず、僕も付き合わされて録画したマギ☆キュアを何度も一緒に観返したのが懐かしい。


「そっ、そうだけど……! いいから余計なこと言わないでっ!」


 だけど、華恋かれんにとっては、あまり人前で言ってほしくはないエピソードのようだ。


『嬢ちゃん……、気持ちは分かるが、同胞は大事に扱ってやってくれよ』


「うっ、ご、ごめんなさい……」


 しかし、いくら恥ずかしいからと言って、人形を投げるという行為をブルースさんは許してくれなかった。


 華恋かれんも自分に非があると思ったのか、素直に謝った。


 うん、人形は大事に扱おうね。


『んじゃあ、今のところを見返してみるか』


 しお先輩の右手にはめられたブルースさんが、僕たちの指揮をとる。


 そして、左手にはロバの人形がついている。


 先ほどまで舞台の上で動かしていたのは、ロバのほうだ。


 ブルースさんとはまた違った声色で演じるしお先輩は、さすがは経験者といったところだ。


『確かに、兄弟がいうように嬢ちゃんの演技はなかなかのもんだな』


「そ、そう……!」


 ブルースさんは、僕が録画した先ほどの演技を見ながら、華恋かれんに選評を下す。


『ただ、ネコの動きがちょっとぎこちないな。もっと自分が思っている以上に派手に動かしたほうがいい』


「派手に?」


『おう。オレ様たちは自分で思っている以上に、動きが観客から見えないんだ。ちょっとやりすぎたなぁー、くらい動かしてみな』


「た、たしかに……あたしのネコって、モゾモゾしてるだけに見えるわね」


 ブルースさんの指摘や、華恋かれんが自分でいったように、しお先輩が動かしているロバと比べたら、動きがコンパクトになってしまっている。


 一方、しお先輩のロバやイヌ(ブルースさん)の動きは、ただ舞台の上手から下手に移動させるだけでも、ロバたちが元気なく歩いている様子が伝わってくる。


『オレ様とこいつみたいに、長けりゃそれなりに息もあってくる。嬢ちゃんだってすぐに慣れるさ』


 そう言ったブルースさんの奥には、優しく笑みを浮かべるしお先輩の姿があった。


 まだ付き合いは短いけれど、しお先輩の表情が出会ったときより柔らかいものになっているような気がする。


 それは、きっといい傾向なんだと思う。


 僕たちのことも、後輩としてしっかり指導してくれてるし、頼りになる先輩だ。


『兄弟、さっきの場面、一回音入れてやってみるか?』


 本番でも音楽の管理をする僕に、ブルースさんがそう指示を出す。


 より実践に近づけるための練習なのだろうけど、僕は返事に戸惑ってしまう。


「あっ……そうしたいんですけど……」


『ん? どうしたんだ兄弟?』


 と、ブルースさんが僕に問いかけたと同時に――。



 ター、タータラー、タラー。



 部室に付けてある放送用のスピーカーから曲が流れる。



「いや……もうすぐ下校時間かなって思って……」


 うちの学校では、部活動も比較的早めに終わるようになっている。


 運動部や姉さんがいる生徒会なんかは、学校側から通常の活動時間より遅く業務に勤しむことを許可されているのだが、生憎と僕たちの部活が下校時間より遅く活動するためには申請書が必要なのだ。


「     !」


 もう下校時刻が近づいていたことに、おそらく気が付いていなかったしお先輩は、僕たちを見て素早く頭を下げる。


「いえ、気にしないでください。みんなで片付けして帰りましょう」


 慌てた様子のしお先輩に、僕は優しく声を掛ける。


 ううっ~、と今にも唸りそうなブルースさんを掲げるしお先輩。


 こういう、ちょっと爪が甘いところは、先輩らしくて僕は好きだったりする。


 そして、僕はしお先輩にブルースさん、華恋かれんと一緒に過ごすこの放課後が気に入っていた。


 だから、明日から休みに入る金曜日の放課後は寂しさを覚えるようになった。


 まさか、僕が学校を楽しむ日がくるなんて、自分でも意外だった。


 どうやら僕は、それなりに学園生活というものを楽しんでいるらしい。


 そんなことを思いながら作業を進めていくと、あっという間に片づけは終わってしまった。


『兄弟と嬢ちゃんは気を付けて帰れよ。オレ様たちは鍵を返してから帰るからよ。じゃあな』


 戸締りを終えたしお先輩は、僕たちと別れて職員室へと向かってしまった。


「じゃあ、華恋かれん。僕たちも帰ろっか」


 学校からの帰り道も逆方向なので、僕はいつも通り華恋かれんと一緒に帰ろうとしたのだが……。


「ねえ、りく……」


 二人きりになった学校の廊下で、華恋かれんは僕に告げる。


「あんた、明日、ひま?」


 そして、僕の返事を待たずに華恋かれんは言ったのだった。



「ちょっと……付き合ってほしいことがあるの……」


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