第69話 体温が感じられないガースー 其の壱

持病の再発が原因で退陣した安倍政権の退陣を受けて9月14日、現職の官房長官・菅義偉すがよしひでさん、安倍さんから総理ポストの禅譲が既定路線と思えた岸田きしだ文雄ふみお元外相、安倍政権から一定の距離を置いていた石破いしばしげる元防衛相の三つ巴の形で、事実上の総理大臣を決める自民党総裁選挙が行われました。現実に自民党のトップが一国のトップになる手続きなので、ルールくらいは公明正大にしてほしいと個人的に考えていますが、今回も自民党を牛耳る一部の議員たちの思惑だけでルールも選挙結果も決まりましたね。


『次の総理・総裁は、菅義偉です』と額縁に入ったサインを掲げるくらいシャレの利いたパフォーマンスも“令和おじさん”に1%くらいは期待しましたが、無理でしたね。党内外の情報がダダ洩れで、投票結果なんか誰でも知っているのですから全てが時間のムダなんです。そんな自民党の一大イベントで“魚の小骨”のように私のゼミ員たちに引っかかることがいくつかありましたので、今回はその「小骨」の正体について。


総裁選中からガースーこと菅さんが売り込んでいたフレーズ「叩き上げ」。

この「叩き上げ」を辞書で調べてみました。

意味を辞書で引くと「下積みから苦労して一人前になること。また、その人」というのが中心。

では、用例はというと「エリート、キャリア、世襲といったスタートラインが恵まれている人に対して、下積みから努力してきた、後ろ盾がなく本人の実力のみでのし上がって一人前になった人に対しての褒め言葉として使う。」というのが一般的でした。


 ところが、です。菅総理は自民党総裁選の自己PRでも、総裁決定後の演説と総理に指名された後の所信表明の場でも、自らの経歴について『秋田の農家に生まれ、高校卒業後、都会に出て就職した会社を辞めて、改めて大学に進学。横浜市議会議員、国会議員秘書を経験して国会議員になった』と半生を振り返り、自らを『叩き上げ』との“苦労人論”の主張を繰り返しました。「多くの有権者や多くの自民党員と同じですよ」という戦略だったのでしょう。もしかしたら、内閣官房で長年秘書官として長官を支えた官僚の知恵だったのかもしれませんね。


 確かに、省庁の官僚出身でもなければ、前総理の安倍さんや代々政治家の小泉進次郎さん、河野太郎さんのような世襲のいわゆる“サラブレッド”でもありませんが、自らを『叩き上げ』と繰り返し売り込んでしまいました。先に引用した通り、努力して成り上がった苦労人を指して、第三者が褒めちぎるのです。選挙の街頭演説ならば、応援に立つ弁士が立候補者の経歴を紹介する文脈ならば「正解」。候補者自身が『私は叩き上げの人間です』というのは「誤用」です。亡くなられたタレントの志村けんさんのギャグに『そうです、あたしが変なおじさんです』がありますが、もし『あたしがドリフの付き人から売れっ子になった叩き上げのおじさんです』とやったら、総スカンを食らったかもしれません。自らを視聴者よりも低いポジションに置くことで、親近感を誘うのです。映画「男はつらいよ」の車寅次郎的に言えば『それを言っちゃぁ、おしめいよ』ということをガースーはやってしまったのです。


あな

私の違和感の大きな原因はそこにありました。「芸能人は歯が命。政治家は言葉が命」。

国民と同じ目線にあるならば、官房長官会見で、気に障る質問をする特定の記者に対し『あなたに答える必要はない』。答えに困る質問には『担当大臣に聞いて下さい』、『全く当たらない』と理由を語らずに全否定。それでいながら、諸外国を例に挙げ、いかに自らが丁寧に会見を開いているかだけを強調しますもんね。自らはもちろん、メディアの記者の勤務時間を無駄に費やすだけで、結果、何も答えない報道官なんて、成熟した諸外国では批判の対象になれこそすれ、評価されるわけはないのです。平日の午前・午後2回の定例会見の様子は閣官房のサイトで公開されていますので、是非ご覧下さい。毎回一番耳に障るのが、進行役の報道室長の『この後予定がありますので、次最後でお願いします』。たまには『長官、それ答えになってませんよ。もう少し丁寧にお願いします』とか言ったら人気も出たでしょうにね。

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