第32話 「忖度」を知らないバッハ会長

 突然のニュースにみなさんも驚かれたと思います。きょうは2019年10月17日。エイプリル・フールでも何でもありません。国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は2020東京オリンピックのマラソンと競歩を『札幌で開催することに決めた』と発表しました。


「大変だ、大変だぁ!」


こんなセリフを吐くのは、時代劇のかわら版屋や岡っ引きの子分しかいないと思ってましたが、意外に身近にいました。大宮幹太です。どうせなら気分を出して『ていへんだ、ていへんだぁ!』と江戸っ子らしく登場して欲しかったのですが…。

彼が、いつものようにスポーツ新聞の見出しをチェックするために立ち寄ったコンビニで、「五輪マラソン、札幌開催」を知って、息せき切って喫茶『じゃまいいか』に飛び込んで来たのは午前11時過ぎ。テレビでは朝のニュースから騒いでいたので、バイトの広海だけじゃなく千穂と耕作もカウンターで6チャンネルの情報番組を観ながら情報を整理していました。


 知らぬは寝坊の幹太だけ。まさに時代劇にありがちなくだり通りの展開に、店内には賑やかな笑い声が響きました。きょうの報道を見る限り、日本オリンピック委員会(JOC)はIOCから情報をもらっていたようですが、開催都市の東京都は初耳だったようですね。小池知事の『かなり唐突なことだったので…』という発言からも分かります。『どうせ涼しいところでというのなら、北方領土で開催したら…』は彼女らしくありませんが、そのくらいご立腹だったということでしょう。


 それにしても「何で今さら」って思ってしまいますね。7月、8月の東京が猛暑に見舞われるのは何もここ最近のことではないし、開催が決まった後も東京は暑さ対策として、コースとなる道路の一部に遮熱・断熱の工事を施し、ミストのシャワーが降り注ぐゾーンまで設けるなどハード面の改修に数百億円を投入。レースのスタート時間も気温が上がる前の早朝にずらしたのに、です。


 日本陸連も開催国の地の利を生かそうと選考レースのマラソン・チャンピオン・シップ(MGC)を本番のコースに準じた形で行ったり、東京を世界にアピールするために、皇居周辺や銀座、浅草などの東京名所を通るルートにしたりと準備をしてきたのは決して“フライング”ではなかったのです。


 恐らくIOCは、9月にカタールのドーハで行われた今年の世界陸上の失敗を繰り返さないために変更に踏み切ったのでしょうね。高温多湿の過酷な条件を回避するために、マラソンの競技日程を変更することを嫌がったのでしょう。同じ日の深夜23時59分スタートいう不思議な時間設定からも分かります。メンツにこだわった彼らの思いもかなわず、結果はというと約4割の選手がレースを棄権する異例の展開になりました。IOCが「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹いた」のが札幌開催への変更です。東京が行った巨額な対策費がムダになるだけでなく、札幌に新たな出費が嵩むことになるわけで、いろんな意味で当初のコンパクトな大会スローガンは台無しですね。札幌市長はご機嫌の様子ですので、経費の持ち出しなんて意に介していない様子です。まさか、開催だけ引き受けて経費は東京持ちなんて言わないでしょうね。


 問題点はいくつかあると思いますが、一番大きいのは「決定」までのプロセスですね。契約上の決定権はIOCにあるとしてもIOCは開催都市の東京都に相談なく、名前から言っても“下部組織”に当たるJOCにだけ“断って”事を進めてしまった。まさに政治的な問題です。バッハ会長が「根回し」という言葉を知っていたかどうかは分かりませんが、日本ではこの決定はまず受け入れられません。最終的にどこに落ち着くかは分かりませんが、ハッキリしていることがあります。


 それは、2020年を最後に東京でのオリンピック開催はないということです。少なくてもオリンピックの商業主義が変わらない限り。現在のオリンピックは、アメリカのテレビネットワークの放映権料に頼っています。そのため、アメリカ国内でメジャー・スポーツのイベントが目白押しの秋を避けて、オリンピックを真夏の開催に変更したのです。「カネに物を言わせて」です。メジャー・リーグのワールド・シリーズやアメリカン・フットボールやプロバスケットのNBAの開幕も秋。アメリカ選手の活躍が期待できる陸上競技の単距離種目やリレーは人気がありますが、それ以外の競技はオリンピックといえども、それほど人気がないから。理由は単純なんですよね。アメリカを「忖度」してのオリンピックの真夏開催。


 それが証拠に、10月第2週の「体育の日」は元々、1964年の東京オリンピックの開幕日にちなんで10月10日を祝日にしたものなんです。2000年生まれの広海たちはその成り立ちも知らないまま、祝日を謳歌していますが。


 マラソンと競歩を札幌開催にするのなら、ひと悶着あったボート競技も宮城県の長沼開催にしましょうよ。野球もメイン会場をハマスタから楽天パークに。人工芝より天然芝の方が、あなた方の言う“選手ファースト”ですよ。ね、バッハさん、コーツさん。最初から“復興オリンピック”なのですから。このテーマについては、途中経過をみながらまた、つぶやきたいと思います。


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