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遥にできないことが夏にできるわけがない……、とはもちろん言わない。夏は自分のことを低く評価しすぎているけど、夏にできて、遥にできないことなんていくらでもたくさんあった。遥が不可能だと思っていることを、夏が成し遂げる可能性はきちんと存在していた。
それに遥は夏の可能性を信じていた。
でも、それにしても……。
いったいどうやって……。
「ふぅー」
と、ため息をついて、遥は思考を中断して、首を上げて白い天井を見つめた。
視線をテーブルの上に戻すと、砂時計はすべて下に落ちて、時を刻むことを止めていた。タイムリミットが来た、ということだ。
遥は席を立つとキッチンに向かった。
そこでお湯を沸かして暖かいコーヒーを淹れた。
キッチンには鏡があった。
コーヒーを淹れている間、遥は鏡を見ていた。
透き通るように美しく磨かれた鏡の表面には、疲れた遥の顔が、きちんと写り込んでいた。鏡に映っている遥の顔は笑っていない。いつものように、難しい顔をしていた。
ずっと、こんな顔してる。だから私、可愛くないのかな?
そんなことを遥は思った。
部屋に戻ると、椅子に座って、遥はそっと目を閉じる。
人は徐々に壊れていく。消耗していんだ。いろんなものをね。いろんなもの? そうだよ。電源が切れたおもちゃみたいに、動きを止めて、運動がなくなり、そこにあったはずの命は、失われて、やがて無になってしまうんだよ。
「悲しいね」と遥が言った。
「悲しいね」と、どこかで夏が言ったような気がした。
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