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先導しているのは夏ではない。
それは雛の選択だった。
夏はその意志にさからわないで、ただ黙ってついていく。
そうすることに、さっき決めた。
この先が地獄でも構わない。
そう夏は思う。
「夏さん」
「なに?」
「死んでしまった人は、もう二度と生き返ったりはしません」
「うん」
「時間を巻き戻して過去に行ったりとか、逆に時間を早回して未来に行くこともできません」
「うん。そうだね」夏は言う。雛の言う通りだと思う。
「死んだ人が生き返ったりするのは、それは死者にもう一度出会いたいという、こちら側に残された人たちが生みだした空想に過ぎないからです。それらはただの架空の物語なんです。本当のことではありません」
「うん。わかるよ」
わかる。
「なら、いいんです」雛は言う。
そして二人は無言になった。
無言のまま、どんどん、どんどん、研究所の奥に向かって進んで行く。
するとだんだんと夏は自分が今、いったいどこにいるのかわからなくなってきた。時間と空間の感覚が曖昧になっていくのを実感できた。
私は今、どこにいるのだろうか?
そんな当たり前のことが、わからなくなってくる。
遥の部屋を出てから、どれくらいの時間が経ったのだろう?
お腹は空いていない。
トイレにも行きたいとは思わない。
あれ?
今は現実?
それとも、今は夢?
ふらふらと揺れる感覚の中で夏は現実を見失っていく。
確かに感じるのは握っている雛の手の感覚だけ。
無垢な子供。
可愛い子供。
木戸雛は確かにここにいる。
神様の正体は大地。
世界には現実と非現実の二種類の世界がある。
それは正確に表現するとどちらも非現実なのだけど、人間は一応、自分のたっている大地のことを現実を認識する、らしい。ずっと昔に遥に教えてもらった言葉。
夏は遥の声なら、遥の言葉なら、どんなに難しいことだって何年でも覚えていられる自信があった。
夏がどう思っていても、世界は夏とのつながりを求めているんだよ。人々は手をつなぎたがっている。他人とのつながりを求めるのは、人の無意識の欲求なの。それを否定することは、誰にもできないのよ。
遥も? 遥も私と、つながりたいって思っているの? 私と関係を持ちたいって、本当に思っているの?
思っているよ。
嘘だよ。
嘘じゃないよ。
じゃあどうして、遥は私の前からいなくなってしまったの?
夏の問いかけに答えはない。
……しかた、なかったんだよ。
しばらくして、小さな声で、つぶやくように、まるでひとりごとのように、遥は言う。
あったかもしれない自分。
あったかもしれない可能性。
自分に似ている他者。
新しい世代。
新しい私。
古くなった私は、いらない。
くるくると回る世界。
動くものは生を止まるものは死を連想させる。
どこかで天使が歌を歌っている。
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