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 なにもかもを破壊したい。

 この世界から消えて無くなりたい。

 そんなことを子供のころに夏はよく思っていた。いや、今もわりかし思っている、のかもしれない。

 私はどうしたいんだろう?

 夏の手に思わず少し、力がはいる。

「自分の小さな頭の中で、世界の全部を理解しようだなんておこがましいとは思いませんか?」

 夏の手を握り返しながら雛が言う。

 夏は返事をしない。

「もっと優しくなってください」

 もっと優しく。

「そして、この不完全な世界のことを許してあげてください」

 世界を許す。

「無理だよ」夏は言う。

「だって私は、世界のことが嫌いだもの」

 自分のことが大っ嫌いだもの。

 揺れ動く夏の振り子は、大きく振れる。

 なにかを掴み取った、と思った次の瞬間には消えてしまう思う。振動と、感動。そして喜び。それらは今度は真逆の力となって夏を襲う。

 その強大な揺り戻しに、夏は争うことができない。

 夏の手は、小さく震えている。

 手だけではなく、その足も、体もぶるぶると震えている。

 寒い、と夏は思う。

「ちょっとごめん」

 そう言って夏は足を止める。

 そして深い深呼吸をする。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 そんな風に数を数える。

 ばらばらになってしまった私の心。

 ばらばらになってしまった私の世界。

 砕けてしまった鏡の破片。

 もう二度と、元には戻らないもの。

 私は私を失った。

 私は世界を失った。

 そんな私を救ってくれるのは誰?

 木戸雛ちゃん?

 夏は雛を見る。

 雛は優しい顔で、少し下から夏の顔を見上げている。

 違う。

 私を救ってくれるのは遥だ。

 木戸遥。

 私の、運命の人。

 遥ただ、一人だけ。

「行こうか」笑いながら夏が言う。

「はい」と元気よく雛が答える。

 手をつないで歩く二人はスロープ状の階段を降りて、だんだんと下へ、下へと向かっていく。

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