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 そこには一人の女の子がいた。

 女の子の名前は木戸雛と言った。

 雛は小さくて真っ白な椅子に座って、まるで人形のようにじっとしていた。その瞳はどこかなにもない空中の一点を見つめており、その瞼は瞬きをしていないように見える。

 部屋の中には風は吹かない。

 女の子の白い髪も、白いワンピースのような服も揺れない。

 白い指は動かない。

 足は裸足で、それは床にまで届いていない。

 ぶらんと空中に放り投げ出されている小さな形のいい二つの足を、夏はじっと見つめていた。

「この部屋に私以外の人間が足を踏み入れるのは、今が初めてなんだ」遥が言った。

「私は特別ってことね」夏が言う。

 特別という言葉に、悪い響きは感じない。

 夏は女の子の正面に立っている。

 遥は女の子の隣にいる。

 遥は優しい手つきで、女の子の髪に触れた。そして、まるで壊れやすい卵の殻でもなぞるように、そっと女の子の頭を撫でだ。

 瞬間、今までぴくりとも動かなかった女の子の体が、静かに震えて、反応した。

 自らの意思で動いた女の子を見て、夏は心の中で、なるべく遥に悟られないように、とても驚いた。

 ……生きてる。この子、本当に生きているんだ。夏は思う。

「そうですよ。だから初めからそう言ってるじゃないですか」夏の隣で雛が言う。

 見ると雛は少し頬を膨らませていた。どうやら雛は自分がちょっと怒っている、ということをそうやって夏にアピールしているようだった。

 ごめん、ごめん。と夏は心の中で雛に謝った。

「まあ、謝ってくれれば、それでいいんですけどね」そう言って雛はにっこりと笑った。

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