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 木戸遥は雛の実験室の中に入ってきた夏の姿を見て驚いた。

「……夏。どうして……」思わずそんな言葉が遥の口から漏れた。

 夏はにやっと笑い、それからゆっくりとした足取りで椅子に座っている遥の隣までやってきた。夏はそこから遥を見て、それからガラスの壁の向こう側にいる木戸雛を見た。

 遥はそんな夏の姿を観察する。

 夏の様子はどこか今までと少しだけ違って見えた。

 力が抜けているというか、肩に背負っていた目に見えない荷物をどこかにおろしてきたかのように、夏はとてもリラックスして見えた。顔は笑っている。雛を見る目も、今までとはどこか違う。

 遥は考えた。

 いったいなにが夏を変えたのだろうか?

 ……わからない。わからないけど、少なくとも夏を変えたのは私ではない。それだけは確信できる。だって私の考えた『瀬戸夏救出作戦』(別名、白く長い手作戦)はまだ準備の段階で、本格的に開始されてはいないのだから。

「最初はさ、変だなって思ったんだけどさ、こうしてみると、この子、すごくかわいいよね」夏が言った。

「それって雛のこと?」遥が言う。

「当たり前じゃん。この子のほかにどこに子供がいるっていうのよ」と夏は遥を見てからそういった。

 遥は夏の、迷いのない笑顔に困惑する。

「ねえ遥。向こう側には行けないの?」

「向こう側?」

「そう。このガラスの壁の向こう側」夏が言う。

「……本来は禁止されているけど、行こうと思えば、行くこともできるよ」遥が答える。

「いろいろな規則的には問題があるけど、物理的接触不可とか、空気がどうのこうのとか、そういうことに関しては問題なくて、ただ単に向こう側に入ること自体は可能ってことね」

 夏の言葉に遥はうなずく。

「行ってみたい」夏が言う。

「行っちゃ、だめ?」夏が言う。

 遥は考える。

 そして考えた末に、それを許可することにした。

 今の夏には、なにか遥を納得させるだけの迫力のようなものがあった。この際、夏にかけてみてもいいかもしれない、そう遥は判断をした。そう判断をすると、それが正しいことであると、強く遥は納得することができた。

 だって本来、これは夏自身の問題なのだから。

 他人がどうのこうのと、口を挟む問題ではないのだから。

「ううん。だめじゃないよ」遥は言う。

 そして二人はガラスの壁の向こう側へと行くことになった。

 夏の右手は時折、なにもない空中を優しく包み込むような動きをしていた。

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