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 現実の雛とは大違いだった。

 どちらが本物の雛だろう? と夏は思った。その答えはすぐに出た。決まってる。もちろん現実の雛のほうだ。あの人形の雛が、本物の雛なのだ。

 そのことを、夏は少しだけ悲しく思った。

「私は夢の中で生きるのではなくて、現実の世界の中で生きていたい」雛が言った。

 その言葉は、まるで夏の心の声が雛には聞こえているかのように、絶妙なタイミングで発せられた。

「私は夢の世界の中で死ぬのではなくて、現実の世界の中で死にたい」と雛が言った。

 夏の手が、空中をぎゅっとつかんだ。

 だけど、そこにはなにもなかった。

 夢の中に、銀色の拳銃は持ち込めない。

「夏さんは、私を殺してくれますか?」

 雛が言った。

 夏はなにも答えない。

「私は一人ではなにもできない人間です。夢の世界ではともかくとして、現実の世界では、私は言葉を話すことも、なにかを見ることも、そして、音を聞くことすら、できません」雛が言う。

「現実は、孤独です。深い闇です。私は、そんな現実が大嫌いでした」

「あなたには、遥がいるじゃない」夏が言った。

「……確かにそうです。私には遥がいます。でも、私と遥の関係はあまり良い関係とは言えません」

 雛が左右に揺れるようにゆっくりと歩く。歩くたびにぺた、ぺたと言う足音がする。

「どういうこと?」

「遥は、優しすぎるんです」

 それは知っている、と夏は思った。

「私は、遥にとってただのお荷物なんです。だから、このまま私がこの場所に留まり続けると、いずれ遥によくないことが起こってしまいます」

「よくないこと」

「はい。とても、よくないことです」足を止めて、雛が夏を見る。

 夏は青色の海の中で溺れている遥の姿を想像した。泳ぎが大好きな遥が溺れているのは、その手に(きっと、一人では泳げない)雛の手を捕まえて離さないからだった。

 雛は現実の中で生きたいと言い、現実の中で死にたいと言った。

 夏は雛の言葉を心の中で反芻する。

 夢と現実。

 その境目はなに? そもそも、そんなものに境目なんて存在するの?

 私は今、本当はどこにいるの?

 わからない。

 夏には、なにもわからなかった。

「大丈夫です」雛が言った。

 夏はそっと雛を見る。

「夏さんは、きっと大丈夫です」

 雛はにっこりと笑う。

「……うん。私はきっと大丈夫」

 夏が言う。

 すると、不思議な夢はそこで唐突に終わった。

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