46 彼女の決意

 乗組員の健康管理を任されているエスコートが出した料理は、丸二日絶食したシュリの胃に丁度収まるくらいの適度な料理だった。ほどよくいっぱいになったお腹をさすり、知らない間にお世話になっていた自室に戻ろうとするも、なんとなく気乗りせず別の場所を目指す。


 シュリはこれまで、戦艦ストラトスや民間の小型艇、軍の輸送機など様々な艦に乗ったが、この女王専用艦プリマヴィスタの内装はこれまでとは段違いで、少々装飾過多な傾向にあった。女王専用艦なのだから一流ホテル並みの内装なのは当然なのだが、狭い寮の部屋になれたシュリには珍しいものばかりだ。廊下の壁を飾る歴代女王の肖像画や階段の手すりなどに目を奪われつつ、適当に歩いていると、シュリの部屋ほどの広さのラウンジを見つけ、ふと脚を止めた。

 誰かいる。見覚えのある髪色と肩――。


「陛下?」


 声をあげると、彼女はハッとこちらを振り仰いだ。

 そんなに警戒しなくても、襲う気などない。


「シュリ……? どうしたの、こんなところへ」

 部屋は反対側でしょう?


「なんとなく。陛下は、ひとり?」


 訊ねると、彼女は音もなくコクンと肯いた。

 その仕草に、哀愁のようなものがなんとなく漂っており、シュリは気付かれない程度に眉を顰める。

 何かあったのだろうか。

 いつもにこやかな笑顔を見せる女王は、今は唇を真一文字に引き結んでおり、いつもは柔らかい物腰の向こうに押し隠している意志の強さを面に刻んでいる。頑固者特有の――四道のような堅さがあり、いつもの彼女らしくなかった。


 壁いっぱいに窓が設けられたラウンジでは、外の景色が楽しめるよう、用意されているソファは全て窓に向けて据えられている。その一つ、女王の隣のそれを可能なだけ動かし、女王に向けると、シュリはそのソファに腰を下ろした。


「ねえ、シュリ」


 無音で首を動かし、問いかけに応えると、女王は特に言葉も要求せず先を続けた。


「私も、連れて行ってくれないかしら」


 一瞬、戸惑う。真っ先に、どこへ? という疑問が浮かんだ。

 しかし女王は、シュリがそれを問うよりも早く続けた。


「〈バイオ〉へ。オズマの元へ」


 おそらくこの場に女王補佐官やヴィクスあたりがいれば、即座に「何を言い出すのか」と激昂しただろう。だがシュリは生来、素早い反応というのに慣れておらず、どちらかというと熟慮したうえで行動を起こす。

 それは女王の衝撃的な発言を受けても変わらず、約三秒ほどの時間を空白で埋め、答えを出した。


「……そうすることは簡単だけど」


 ビッグマムを始めとする、〈ノウア〉のテラフォーミングに直接関わるガーディアン達はすべて女王と契約を交わしている。それが女王が女王足り得る所以なのだ。女王がエスコートという専属の軍を持ち、自身の護衛として傍に置いているのは、女王の身をあらゆる危険から守るためでもある。


 なぜなら、


「ええ、分かっているわ。私が死ねば私と契約しているガーディアンも死んでしまう――そんな危険は冒せない」


 分かっている、と、彼女は再度繰り返した。

 セラフィムによると、生物とはつまりコップのようなものらしい。ありとあらゆる物質には重力――空間の窪みが発生する。その歪みを生むのが生物の肉体であり、コップのようなもの、というわけだ。そして、そのコップに注ぎこまれるのが魂なのだとも、彼は言った。

 また彼は、ガーディアンは風の吹きだまりに集まった塵、とも言った。肉体が生み出した窪みに魂が集まるのではなく、物理学的な「場」が揺らいでも存在し続けるものだと。しかしそれは恒久を約束するものではなく、「場」を壊すような何かがあれば、あっけないほどに消え去ってしまう。


 ガーディアンと《コントラクター》との間で交わされる契約とは、その異なる性質の二者を細く切れない糸で繋ぐものなのだ。例えるなら、深く小さな湖と、浅く大きな水たまりとが、川によって繋がれるようなものである。

 そして、どちらかが消滅――つまり死んでしまうと、川を伝って全ての水が流れ落ち、湖も水たまりも共に枯れ果ててしまう

 テラフォーミングを行うガーディアンが、女王という存在に次々と【後継契約】を行うのは、寿命の短い人間にガーディアンの命を付き合わせないためだ。〈ノウア〉の永続的な存続のために女王は死んではならないし、寿命が近付けば次代に契約を継ぎ、女王の座を降りなければならない。


「だから、誰かに契約を譲ろうと思うの」


 思わぬ退位宣言にシュリはしばし戦慄したが、表情にはそれをおくびにも出さず無表情を貫いた。


「……誰か、アテはあるの?」


「マムなら相性の良い人を知ってると思うわ。彼女がネットワークを彷徨っているのは、次に女王になるのに相応しい人を捜しているためでもあるから」


 なるほど、と、シュリは口の中で納得する。

 ガーディアンと契約するに当たって相性というのは重要な要素だ。ましてや女王はありとあらゆる属性のガーディアンと百を超える契約を交わさなくてはならない。ともすれば、女王の素質とは、いかに全ての属性に偏りなく通じているか、であり、努力ではどうしようもない相性を備えた人間を捜しだすのは困難を極めるだろう。

 だがマムがネットワークを駆使して〈ノウア〉中を走査するというのなら、相応しい人間を見いだせる可能性はぐっと上がる。実によく出来ている。


「本来なら女王候補として二十人ほどを選出し、養育と、意志確認をするのだけれども」


「手順は飛ばさざるを得ないね。……本人の意思確認は必要だろうけど」


 となると、ダースマンとの正面衝突は当面回避運動に入ったと思っていい。対立するメリットがなくなれば、あの男は必ず女王から手を引く。

 女王が交代宣言をすれば、ダースマンの強硬な姿勢に反発している市民も毒気を抜かれるだろう。

 とはいえ、元・女王の行動が咎められない、とも限らないし……。

 一番の問題はなによりも、女王が戦力ではなくなることだ。

 シュリが女王をオズマ討伐に同伴させたかったのは、彼女があらゆる属性に通じた魔法使いだったからだ。

 魔法はガーディアンの《コントラクター》が身に帯びる力。ガーディアンとの契約が破棄されれば、宿った魔法も解消される。ただの一般人となった彼女のを〈バイオ〉へ伴うのは――こう言っては何だが、単なるお荷物にしかならない。


「あなたの言いたいことは分かっているつもりよ、シュリ。……だけどこの子が力を貸してくれるって言ってくれたから」


 そう言って彼女は、膝の上に丸くなった猫を優しくなでた。

 水の怪物ウィカチャ。二の宮と共に戦ったその猫は、そういえば女王と再会したあたりからずっと女王の傍についていた。今もそうすることが当たり前のように女王に寄り添っており、彼女と一体化している。

 少々体格の良い、常に不機嫌そうな猫は、ぶにゃーとひと鳴きし、シュリにもその意志を明示した――ような気がした。

 常に二の宮の傍にいたはずのウィカチャが、手のひらを返したように違う人間の傍にいるのを見ると、複雑な心境になる。

 そんなシュリの胸中を察したのだろうか。女王が決死の声で哀願した。


「お願い、彼女の意志を、継がせて欲しいの」


 彼女、それが二の宮を示しているなど、再確認するまでもない。


「……陛下が責任感じることないよ」


「いいえ。責任とは、きっと少し違うわ。……私はずっ前からと、ブルーが〈バイオ〉へ遠征に行くたびに、モンスターによって誰かが亡くなるたびに、私にはなにか出来ないのか考えていたの。女王でありながら、ただ飾られているだけしか能がない……そんな自分が嫌だった。でもいまようやく自分に出来ることを見つけられたのよ。私はそれを試したいの」


 真摯な目と声だった。いつもの彼女らしい、自分の意志を貫き通そうとする強い決意が見て取れる。物腰はあくまでも穏やかだが、こちらにノーと言わせない迫力があり、シュリがそれに反目できるはずもなかった。


「だったら、私は構わないよ」


「ほんとう……!?」


「だからちゃんと、補佐官さんはを説得してね」


 結局女王に甘いブライアンはどんな経緯を経ても最終的に折れてしまうだろう。そんな彼より強固に反対するのは、女王とその補佐官という枠組みを越え信頼し合う女王補佐官だ。あの女性が怒りを綯い交ぜにして反対すればどんな猛攻に遭うか……考えただけで末おそろしい。おそらくシュリでは説得出来ないだろう。女王自身が説得する以外に、おそらく方法はない。


「ええ、もちろん!」


「あと、ひとつだけ約束して。――もし命の危険を感じたら、絶対に逃げるって。……補佐官さんやブライアンには及ばないだろうけど、私だって貴女が大事だから。もう、友達はなくしたくないの」


 こちらに労わるような眼を向けた女王は、少しの間だけ言葉を探し、半眼をそっと伏せた。


「ええ、約束するわ」

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