47 森の中の隠れ家

 〈ノウア〉の北東に位置するシーモスは、非常にレトロ、いや素朴な町だ。町と言っても差し支えのない規模なのだが、人口密度は極めて低く、住人は基本的にモルタル風の建材で作られた庭付き一戸建てに大家族で住んでいる。ジョンブリアンやオーキッドではよく見られた集合住宅の類はほとんどない。オフィスに相当する職場らしき建物は、役場や図書館といった公共施設くらいしか見当たらず、娯楽施設は皆無に近い。

 もしここへ来たのが私用であれば、喧噪や匆々といったそわつきとは無縁の、緩やかな空気をゆっくりと堪能しただろうが、先を急ぎ、なお且つ政府に追われる身ではそれもままならない。悪目立ちを避けて選抜された四人のメンバーは、純朴な町をそそくさと横切り、傍近い林の中へと入って行く。人目を引かぬよう注意を払ったのが幸いしたのか、誰かに見咎められることもなく無事に林へ入り込むと、シュリ、三好と四道、三人の目付役を買って出たヴィクスの四人は会話もなく歩き続けた。


 幹は細いが、枝葉を存分に広げた珍妙な木が生える林は、真昼だというのに薄暗く、足元も異常にぬかるんでいた。耳を澄ませば遠方から水の流れる音が聞こえてくる。音の具合から沢程度の規模なのだと推測するが、足元がこうも水浸しでは林全体が浅い川のように思えてくる。


「うぉっ」


 先頭を歩くヴィクスが木の幹にびっしり生えた苔と水気に足を滑らせ、危ういところで踏み止まった。


「こりゃ完全に湿原だな」


 どこが林だ、と毒づき、後ろを歩く四道に視線を投げかける。


「本当にこんな所に例の生き残りがいるのか?」


「それを確かめるために、わざわざここまで来たんだろう?」


 軍があちこち見張ってるってのにさ。

 短息を交え肩を竦めた四道は、現在オフライン運航中のプリマヴィスタに乗艦するニナに代わり、これまでの経緯を簡単にまとめた。


「ニナの情報によると、対オズマ戦で生き残った三人のうち、足取りが掴めたのは二人だけ。そのうち一人は家族を残した放浪の旅の末に八年くらい前に死んでのが確認されたけど、残る一人は生きてるかどうか微妙だ。ニナが掴んだ彼の足跡も本人のものじゃなかったし、かといって他に手がかりもなくて、仕方なくこ直接接触しようとしてる。

 ――ここまではニナが説明したと思うけど?」


「聞いた気はする」


「そりゃよかった」


「でも本人は見つからなかったのに、どうやって突き止めたんだ?」


 これは三好だ。どうやら彼も事情を詳細に聞いたわけではないらしい。

 四道はあからさまにため息をついてみせ、読解力不足の三好に分かるよう、噛み砕いて説明した。


「〈ノウア〉じゃ買い物は全てネットワーク経由で支払いをする。そして、ネットに接続には個人IDの認証が必要だ。つまりグローバルネットがないと生活できない。なのに、オズマ戦を生き残った男――イーサンは、二十年もの間、記録に一度も足跡を残していない。……どうやったと思う?」


「簡単だな、IDを使わなけりゃいい」


「そう」


 ヴィクスの声に、四道は神妙に頷いた。


「ようするに、完全自給自足の生活をし、他人と触れ合う機会を極端に避け続けた。そうすれば社会から完全に身を隠すことは可能だ。イーサンはブルーコートを退役後、ずっとそういう生活をし続けた」


「おぇえ~。オレにはムリだな」


「ジンは他人に依存し過ぎなんだよ。

 ――イーサンは故郷に戻ってしばらくいたけど、十年くらい経った頃に家族と一緒に失踪してる。彼の奥さんはもう亡くなってたけど、息子夫婦がいてね。しかも失踪当時、義理の娘は妊娠してた」


「子どもか、医者がいるな」


 神妙な顔で、ヴィクス。


「そう。で、医者にかかるにもIDが要る。使用されたIDは偽造されたものだけど、精巧な作りでニナにも正規品と区別がつかないくらいだったらしいよ」


「それで、どうやって突き止めたの?」


 一体どんな経路で足取りを割り出したのか。

 シュリが先を促すと、五歩分ほど前を歩く四道は肩越しに口元を緩めた。


「FAtiS――顔認証システムっていうプログラムを作ってたらしい。IDの製作には顔写真が必要だから、同じ顔が二つあった場合、どちらか片方は偽物ってことだ」


「ニナのやつ……やってることが殆ど犯罪者だな……」


「そりゃそうだよ。何せ、女王を女王官邸から強奪したテロリストの一味だからね」


 困り顔のヴィクスに四道はニヤリと笑って見せる。

 会話の最中にも一行は林をどんどん奥へと進み、辺りは一層、暗がりを深めていた。心なしか行き先が明るいのは、林の出口が近いからだろうか。


「かくしてIDの偽造を見つけたニナは、周辺の探索をして隠れられそうな場所を見つけたってわけ」


「あいつに頼ってるオレらも同罪か。しっかし、それだけ精巧な偽IDが出回っているのは問題だな……」


「ニナもそれを気にしていた。〈ノウア〉の民のIDを管理してるメイジャイ・システムは、外部に開かれたメインコンピュータを残り二つが監視してて、不法な書き換えがあると一つが訂正、一つが犯人を追跡する。それらを掻い潜ってデータの改竄が出来るのは――」


「――マム?」


 シュリが後を引き継ぐと、四道は無言で頷いた。「まさか!」と反ぱくしたのはヴィクスだ。


「どうしてマムが」


「さあ。あんまりグローバルネットに接続してると軍に見つかる恐れがあったから、ニナもマムを追及する時間はなかったらしいけど」


 気になるなら本人に聞いた方がいい、と締めくくった所で、一行は林を抜け切り開かれた場所に小さな家を見つけた。


 小ぢんまりとした山小屋だ。丸太造りのログハウスで、さほど大きくはない。小規模な家族で住むには丁度良さそうなサイズは、ちょこんとしていて、どこか愛らしい雰囲気があり、作り手の愛情が感じられる。

 玄関脇には立ち樹を利用した物干し台が設置されており、洗濯物が現在進行形で次々と掛けられていく。

 木の皮を編み込んだバスケットから洗濯物を拾い上げる白い腕。華奢な指先。手慣れた動作がしばし四人の目を奪い、不意に、パキン、という小さな音がシュリ達を現実に引き戻した。シュリが小枝を踏み抜いたのだ。


 洗濯物を干していた人物の目がハッと見開かれ、視線が動く。瞬間的に高まる警戒心を敏感に感じ取ったヴィクスは、慌てて弁明した。


「怪しい者じゃない」


 自ら怪しいと名乗る怪しい者はいないだろうに。


「元ブルーコートのイーサンに話があって来た。あー……お父さん、でいいのか?」


 女性の年齢は約三十代、簡単に推察するならイーサンの続柄は父親だろう。しかしイーサンには息子が一人で実娘はいない。つまり彼女は息子嫁、義理の娘となる。


義父ちちは誰とも会いません」


 抑揚を圧縮させた、響きの短い声音だった。険しい瞳の奥から絶対零度の拒否が矢となってシュリ達を攻撃する。矢面に立つヴィクスは、それでもめげずに彼女を宥めようとするも、


「そいつは困――」

「お引き取りを。そしてここのことは忘れて下さい」


 取りつくしまもない。

 二の句を繋げられずに撃沈したヴィクスがこちらを仰ぎ、両肩と、両眉を上げた。お手上げ、と言いたいらしいが、それは困る。こちらも生半可な気持ちでイーサンを尋ねたわけではない。


「どうしてもお会いしたいんです。取り次ぎをお願いします」


 一歩前に出、シュリが嘆願すると、女性は「お断りします」と言い放った。最後の洗濯物を干し終え、籠を拾い上げて玄関のノブを握る。

 その上から、三好の大きな手が覆い被さり、彼女の腕を力づくで止めた。


「離して」


 背の高い男を気丈に睨み上げてはいるが、声が僅かに震えている。どうやらこういった場面には慣れていないらしい。


「叫びますよ?」


「そりゃいい。そうすりゃ、親父さん、出てくるだろ」


 三好にしてはナイスなアイディアだ。

 珍しく感心した、そのとき。


「ユリア? どうした」


「……! マム」


 不意に、丸太造りの玄関扉が内向きに開き、イーサンの義娘は助けを求めるような声を上げた。

 家屋から現れたのは、セラフィムと美貌を競えるほどの美人だった。セラフィムとは趣きの異なった白銀の長い髪に、強い印象を残す桃色がかった躑躅つつじ色の瞳。女性にしてはかなりの長身で、三好よりも少し低いくらいだろうか。いやでも目立つ容姿を和やかな林の空気に溶け込ませ、さながら花に擬態した蝶のような佇まいでシュリ達に相対する。


 何よりもシュリ達の気を引いたのは彼女の容姿ではなく、イーサンの義娘が呼んだ、おそらくは彼女の名前と思われる、それ。――マム。


「マム、って……」


 美女に圧巻されつつ三好が呻くと、マムの瞳がすい、と動いた。瞳の動きにやや遅れ、ほんの少しだけ顎もその動作に伴う。たった数秒のその仕草が、彼女を優雅な貴婦人に仕上げている。


「そなたらか」


 三好からその後ろのシュリ達へ、視線を巡らせた彼女は、瞼を半分伏せ、悩ましげな息を吐いた。

 シュリは、この白銀の女性を見た覚えはない。

 だが彼女はそうではないようだ。確信が立つ表情を見れば、それはすぐに分かる。

 つまり、この女性の「中身」は……。


「まさか、本当にあのマム、なのか……? まさか! どこからどう見ても、まるで人間じゃねえか」


 動揺するヴィクスが叫び、答えを求める。

 だがマムは答えない。代わりにイーサンの義娘へを見下ろし、厳かに口を開いた。


「ユリア、通してやると良い」


「でも」


「構わぬ。彼らの身元は妾が保証する。話すか否かはイーサン次第だ」


「…………」


 ユリアと呼ばれた女性は、何かを言い放とうとするも、静かに彼女を見つめるマムの瞳に言い竦められ、戸惑いながらも言葉を引っ込めた。不満げに歪んだ唇が、強く噛み締められる。


「……また人が死ぬのね」


 それだけを呟くと、ユリアは洗濯かごを放り投げ、背を向けて林の向こうへ走り去ってしまった。


「ユリア!」


 マムが呼びとめるが、ユリアは聞く耳を持たない。

 ユリアが消えた林に暫し目を向けていたマムは、やがて諦めたように短い息を吐いた。


「すまぬな。ヒトの生き死にに敏感な子なのだ」


「オレ達の心配をしてくれているのは分かってるよ」


 さりげなくフォローを入れたのは三好だ。

 シュリの傍の四道も三好の意見に賛同し、「そうだな」とひとつ頷いた。

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