45 腹のむし
「マムをオズマ討伐に同行させるのは、正直言って不安の方がデカい。マムは〈ノウア〉の人間にとって心の拠り所みてえなモンだ。なのに万が一、オズマを倒すのに失敗したら……」
非友好的なガーディアンが召喚され〈ノウア〉が滅ぶか、マムが生み出したガーディアンが管理者の不在で暴走し始めるか……。想像はどこまでも広がるが、予測はつかない。あるいは人間が混乱の果てに戦争を始めるかもしれないし、あるいはマムが不在でも平和な社会が存続するかもしれない。
「っつーか不思議なんだけどよ、ガーディアンって……死ぬモンなのか?」
一瞬の間のあと。
部屋に集まった人間の約半数が発現者である三好に反論を募らせた。
「ガーディアンだって生きてんだ。いつかは死ぬだろ」
「確かにガーディアンの消滅は現時点で確認されてないっすね。でも彼らだっていつかは消えると思うっすよ、きっと」
「人間ではないから死なない、というのは、いささか性急過ぎる結論だと私は思うけど……」
殆ど反論というより持論ばかりで、どれも「答え」にはなっていなかったが、ただ一人、セラフィムだけは三好の疑問に涼やかに答えた。
「ガーディアンとは風の吹きだまりに集まった塵のようなものだ。事象の窪みに集合する人間とは根底が違う。ガーディアンの命とは、光子や電子のような波の特性があり、半永続的なそれらと、それらを繋ぎとめる力そのものになる」
「……どーゆー……?」
まるで理解が及ばず、首を傾け、
「ガーディアンも死ぬ、人間と違って亡骸は残らんが」
「だったらそー言えよ……」
げんなりと三好が肩を落とした。
「そーなると、尚更慎重にいかねぇとな……」
ヴィクスの唸りにシュリも心底同意する。
テラフォーミングに直接従事していなくても、マムによってガーディアンが統一されているのは事実だし、召喚制限も可能な限り行うべきではある。無事オズマを倒し、地球も〈ノウア〉も平穏無事な未来を得られることが最良ではあるが、オズマを倒せなかった場合――シュリ達が全滅の憂き目にあった場合でも、最善の手は打てるようにしておくべきだ。
シュリ達とて、オズマは倒したいが〈ノウア〉の民に迷惑をかけるつもりはないのだから、対策を練っておいて損はない。
とはいえ、具体的な妙案がすぐ浮かぶわけでもなく、皆一様に思案顔になり、三好に至っては考え過ぎて思考を放棄しているようだった。
「あーあ」
重ねた両手を頭の後ろに回し、ヴィクスが天井を仰ぐ。
「せめてオズマの属性とか、技の情報とか、周辺のマッピングくらい終わってりゃあな……。対策の立てようもあるんだが……」
「ないこともないっすよ」
「なに!?」
跳ねるように体を戻し、ヴィクスは素早く食い付いた。冗談だろ、と、提案者であるニナに言い募る。
「もう何十年もオズマと戦った奴はいねえんだ。データだって殆ど残ってないだろ。ブルーコートのデータベースでも、せいぜい名前が載ってるくらいじゃねえか」
「その通りっすね。オズマが生息している地域のマッピングも、猫のひたいくらいしか終わってなくて、全然役に立たないっす」
「だったら」
「そこが妙なんっすよ。――確かに、対オズマ戦ではいつも全滅ばかりでロクな情報も集まらなかったっす。でも二十年前、最後の対オズマ戦になった「アマデウス作戦」では最前線から三人も帰って来てるんっすよ?」
疑問を投げかけるニナは熱弁を揮い、それがいかに異常なのかを滔々と語った。
「三人もいれば多少なりとオズマの特性くらいは見抜けるっすよ。ましてやその三人は後方支援のブルーではなく、最前列でオズマと直接まみえた当時最強と言わしめたチームなんっす。オズマの戦闘方法、技、属性などかなりの情報を得たはずなんっすよ。なのになぜ、こんなにも情報が残っていないのか?」
「そりゃ……」
「確かに妙だな……」
神妙な面持ちでヴィクスと三好が呻いた。
二十年前の戦闘を最後に政府がオズマから手を引いたことは知っているし、その戦闘で三人が帰還したことは随分前にヴィクスから聞いたような気がする。だがその二つの情報を繋げ、ニナのように齟齬を見つけるに至らなかったのは、これまでオズマについて深く考えようともしなかったからだ。ニナ達が、マムについて熟慮しなかったように。
それは長くブルーコートに在籍しているヴィクスも同様なのだろう。視線を固定させ考え込んだ彼は、ニナが提示した謎を必死に解明しようとしていた。
ニナは続けた。
「これは推測なんっすけど……情報操作されている可能性が高いっす。それもウチみたいな個人ではなく政府や軍レベルで」
「なんでオズマの情報を隠す必要があるんだ?」
三好の疑問ももっともだ。しかし半拍おかず、ニナももっともな意見を返した。
「推測しかできないっすけど、何か都合の悪い事実がある、としか考えられないっす。それを隠すために、政府はこの件について疑問も湧かないほど徹底的に情報を根こそぎ消去したとしか……」
「でもよ、ネットの情報は操作できても、人間の方はそうはいかねーだろ? 〈ノウア〉に帰ってきたその三人はどうなんだよ?」
帰還した三人が何か喋ればおしまいだ。
「まさかその三人を……」
抑揚の浅い声で三好が指摘の先を言い淀むと、ヴィクスが首を振って彼の懸念を払拭した。
「公的な記録では、作戦終了後即座に〈ノウア〉に帰還し、その日の内に退役してる」
「ただその後の消息は分からないっす。周囲には故郷に帰ると洩らしていたらしいっすけど、足取りはまったく掴めてないっすね。政府もあえて追跡はしなかったみたいっすよ」
むう、とシュリは口の中で言葉を溶かした。
確かにきな臭い。事を掘り返せば、またもやダースマンと対立する羽目になるだろう。どうもこうも、ダースマンと対立するのは摂理、あるいは運命になっているようだ。因縁よりも深く、根強く、絡みついてくる。
「ダースマンが良い顔しないと思うけど」
「別にどうでもいいだろ、あんなヤツ。あいつはもう敵だ。今更火種が一つ増えたところで何も変わらねーって」
地球ではそれをリスキーシフトと呼ぶのだが、三好ならそう言うと思った。
苦笑し、シュリは続けた。
「……政府に発見されるリスクを負ってでも、その人たちを捜す価値はあると思う。オズマと戦うなら情報は必要だし、……私達は、オズマと戦うことは、やめられない」
その先で政府がひた隠す秘密に触れることになっても、オズマの情報は欲しい。
「ニナ、その三人を捜せる?」
シュリが問うと、ニナはふん、と息巻いた。
軍の追跡を逃れるため、プリマヴィスタは現在グローバルネットワークを完全に遮断し航行している。同じ理由からシュリ達の《ポータル》も使用不可だ。艦内ローカルネットワークは生きているが、その中に過去の人間の足跡が残されているはずがない。
故に、オズマと戦った三人の現在の行方を追うのなら、どうしてもグローバルネットに接続する必要があり、その為にはネットワークの申し子たるニナの協力は必須だ。
「出来ないといったらウチの名折れっすね。――ま、こんなこともあろうかと、ウチの《ポータル》にいろいろ仕込んできたっすから、やってみるっすよ」
頼もしい限りだ。
政府の追撃をかわしながらでは時間的な余裕などそうそう残されていないが、ニナなら手早く突き止めてくれるに違いない。あとは成果があがるまでに〈バイオ〉へ行く手段、方法などを煮詰めればいい。
「陛下達は、どうする?」
「……うん」
ヴィクスの低い声に、シュリは曖昧に頷いた。
このままなし崩しに巻き込むのは簡単だ。ダースマンに追われる彼女は〈ノウア〉の上に安住の地などないだろう。女王の魔法はなにより戦力になる。求められれば彼女は応じてくれる。
あるいは、自らの意志で【後継契約】を行い、女王の地位を捨てればダースマンとの和解への道も開けるかもしれない。どこか人の少ない土地で穏やかに暮らすもいいだろう。きっと傍にはブライアンがついていてくれる。
あくまでも女王としてダースマンと対立する手段もある。その場合〈ノウア〉は明確に二つに分かれるが、女王もダースマンも幸い人徳があるので最悪の事態は双方で避けようとするはずだ。たとえ一線を踏み越えても――こう言ってはなんだが、人間の歴史が戦争で埋め尽くされているのは、利害の不一致の他に、より良い未来を模索する人間の意志があるからだ。〈ノウア〉の民が己の正義を貫き通すというのなら、止められはしないだろう。
――どの道を選んでも、彼女の今後の人生を大きく左右する。
シュリ達は既に道を選びすでに選択の時は去ったが、女王はまだこれから。助言をすることも、仲間になって欲しいと懇願することも出来るが……。
「……今はまだそっとしておこう。真に道を選ぶべきは陛下自身であるべきだよ」
選択の余地を狭められる理不尽を、シュリは知っている。
あの国で、「選別」によって選ばれた少年少女達は、自身の意志など問われる間もなく学校に収容された。もし選ぶ権利があったなら、「朱里」は間違いなく拒否しただろう。
「分かった。じゃあ全員、当面待機だな。ニナはオズマと戦った三人の追跡に専念、その間、政府を撹乱する仕事はタカに任せろ。オレとライトとセラフィムは〈バイオ〉へ行く手段を捜す。シュリはその間に」
ぐううううぅぅぅ。
「……まずはメシ食ってこい」
ばか正直なお腹を恨みながら、シュリは頬を赤らめた。
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