第8話 冬休みに
文化祭が終わった途端、怒涛の如くテストばかりが始まった。
受験前に、学校のテストを済まそうというのだろうし、学校としても、始まったばかりのセンター試験の対策を講じるため、三年生のみがほぼ一週間に一度テストをする状態になった。
塾でも模擬テストを受けさせられ、いやでも頭が受験一色になる。それにともない、推薦で合格したらしい奴。就職活動をして内定をもらったやつが出てきたりして、公立大を目指す人間を追い込んでいく。
その頃から冬服になり、厚手となっていく制服。セーラー服の下に薄手のセーターを着て着ぶくれしていく女子。
カイロはまだ揉むものしかなく、ポケットに入れている足しか温まらなくて、寒くて仕方なかった。
この年が例年以上に寒かったというわけじゃない。みんな、受験を控えているから寒かったのだ。武者震いとかじゃなく、いやなもの、困難なものに立ち向かうべく心労で震えていたのだと思う。
町にクリスマスという文字が踊り始めるのは、今のように十一月入ってすぐではなく、十一月半ばを過ぎて、遅ければ十二月に入ってからだった。そういう季節イベントが派手になる前だから、十一月は比較的静かな月だった。だけど、十二月に入った途端、急にせわしなくなる。
「さすが、師走ですなぁ」
と畠山が言うように、誰彼走っている気がする。
「で、山辺ぇは、大丈夫そうですかね?」
「ギリギリっすねぇ。英語に関してはC判定もらいましたよ」
「はぁ、英語ねぇ。おいらは、D判定です。絶望です」
去年あたりから英語が更に重要視されるようになってきていて、大学入試でリスニングテストがあるとか、太郎の志望校にはまだそれは導入されないようだが、それにしても、ろくに勉強できない教科でなぜにリスニングなどの試験をしようと教育委員会は思うのだろうか? 平均的能力を過信している。と畠山が力説している。
「確かにそうだ」
と同調する。
アホなことを言っていると言われながらも、そういうアホなことを言って、大声を出して、ふざけたりしていないと、受験に押しつぶされそうになっていた。
「冬休みに入る。クリスマスだとか、正月だとかで浮かれていると、冬休み明け早々の受験で失敗するぞ」
という教師の叱咤激励ののち、学校は冬休みに入った。
12月24日。今年の終業式はこの日だった。
町にはクリスマスケーキや、鳥の足のから揚げなどが、なかなかどうして、大量に売られている。この日ばかりは、夕食が洋風化するのに、なぜだか、握りずしのパーティーセットが並んだり、何とも不思議な光景が広がっている。
クリスマスには恋人と。というのはもう少し後で、まだ家族で過ごすのがど定番なので、皆いそいそと帰っていく。と言っても、思春期の男子は内心を隠し、別に楽しみじゃないしという顔をしているのだが。
太郎も深雪と帰る。
「タロちゃんちもクリスマスするの?」
「するんじゃないか? 弥生がいるし」
「そうか」
「お前の家は?」
「するよ、ちょっと高いお肉食べて、ケーキ食べる。でも、サンタはもう枕元にプレゼントくれないけどね」
太郎は鼻で笑う。
「笑うけど、でも、あったりすると、ちょっとうれしいものよ」
「……どうかな」
「やぁねぇ、男の子って。もらえないよりもらうほうが嬉しいでしょ?」
「でも、要らないものは、」
「要らないモノなんかもらわないでしょ?」
「あー、うーん。あぁ、サンタは居ないんだってわかったのが、小学四年だったかな、そん時、ちゃんと勉強しないとサンタさんからプレゼント無いよっていうのが、定番だろ? でも勉強しなかったら、計算ドリルが置いてあった。サンタはおもちゃしか配らないんじゃないのか? って思ったね」
「あぁ、それは要らないものだわ」
「お前は? どんなものもらった?」
「えっとねぇ、今までで一番うれしかったのは、人形のドレス。ドレスのセットって、着せ替えの中でも高くてね、買ってもらえなかったからうれしかった。でも、友達がね、人形の家をもらったって聞いて、なんて不公平なの、サンタって。って思ったわ」
「いや、まぁ、諸事情だからね」
「そう、だけど、あれはうれしかった。うれしいまま、知らないままのほうがよかったのよね」
「まぁ、そうだな」
家に着き、並んだ家に明かりがともっている。それぞれに入る。
太郎の家はその日シチューだった。妹の弥生の好物だが、父親は苦手だった。それでもクリスマスだからと、何とか食べていた。ルーを少なくして、具を大目に、母親がよそっていた。
妹の弥生もサンタを信じている歳ではないが、サンタが来るかなぁ。と父親に言っている。そういうやり取りを鼻で笑い、ケーキを食べ、クリスマス特番のテレビを見て過ごした。
「さぁ、明日からまたしばらくは受験モードで頑張って」
と母親から小さな包みをもらった。
「よく解らないけどね、いいんだって」
と言って開けた中身は腕時計だった。
「受験の時に時間見れるでしょ? お父さんとお母さんから」
「ついでに」
そう言って弥生も包みをくれた。
「なんかね、友達に聞いたら、受験の神様だって、そこで売ってたお守りと、ご祈祷? とかいうのをしてくれたシャーペン」
といった。たぶん、さい銭払って拝む手に握っただけなのだろうが、その気遣いがちょっとうれしかった。
部屋に戻り、腕時計とシャーペンと、お守りを見つめる。
隣の、深雪の部屋に明かりがともった。
窓を開けるので、太郎も開ける。
「へぇ、いいねぇ。似合うよ、時計。それにシャーペン、書きやすそう」
「ああ、……さっき言ってたけど、もらってみると嬉しいな」
「でしょ? それが、サプラーイズで枕元にあったら、もっと嬉しくない?」
「かもしれない」
深雪が窓越しに入ってきた。
もう、毎度のことなので止めることを止めた。
「さて、タロちゃん」
「はぁ?」
「タロちゃんは、深雪から何が欲しい?」
「はぁ? べつにいらないよ」
「じゃぁ、あたしから欲しいの言って、その後で考えるというのはどう?」
「え? 金ないし、というか、なんで俺がおまえにあげなきゃいけないんだよ」
「まぁ、そういうな」
深雪はそういって床に座り、太郎に前に座るように指示する。太郎は不承不承に前に座る。
「私は、タロちゃんからキスしてほしい」
―あぁ、ハトが豆鉄砲を食らったというのはこういう顔だろう―窓ガラス越しに自分の間抜けな顔が映っている。ひどく瞳が小さくなって点になっている。何という不細工な顔なのだろうかと、この17年間生きてきて、鏡で見慣れているがまじまじとそう思った。
「あのなぁ」
「あたしね思ったの、最初のころはとてもじゃないけど、タロちゃんのこと好きになれないなぁって。でも今は、いい感じだから」
「はぁ? 何言ってんだ?」
「ね? キスして?」
「バカか?」
ガツンと額を机に打ち付けて目が覚めた。
―まったくどんな夢オチですか?―
太郎は額をさすりながら体を起こす。
―きっと、連日の勉強が祟って、変な夢を見せたのだ。これはいよいよやばいぞ―と太郎はその日は眠った。
年が明け、1月4日。太郎の誕生日。だが、受験生にそれを祝う気力はなく、ただ、近所にある、弥生がお守りをもらってきてくれた神社に畠山を誘って初詣がてら出掛けただけだった。
冬休み中何をしていたかなどまるで覚えていないほど、参考書だけは日に日にぼろぼろと汚れていくだけだった。
新学期が始まると、さらに就職組の進路が決定していくし、あとは、もう、受験を控えたものだけになっていく。
自由になっているはずの合格組は、合格組で、残り少ない学校生活に寂しさを噛み締めているのか、この時期のクラスは非常に暗かった。
今は、三学期は自由登校になっているらしいが、当時はまだ、二月いっぱいまで学校はあった。つまり卒業式まで学校があったのだ。
太郎は喉の違和感を覚えていた。これは風邪だな。だが、寝ていられないと、踏ん張り、そして受験日、目の前が霞むような気がしながら受験を受けた。
風邪をひいていたから、落ちた?
努力の問題だろうか?
再募集の大学を二校受けた。でも落ちた。
結局、地元の専門学校にすることにした。
選んでいた学科は同じなので構わないのだが、やはり、二年と四年の差は、大きいと思う。
だけど、仕方ないじゃないか。
結局風邪だと思っていたものはインフルエンザだった。当時はそれほどの隔離政策((笑))はなかったが、それでも、一週間は家から出なかった。
ついてないのだ。と泣きそうになった。
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