第四話 標の光(1)

「エレメンタル・トーナメントっていうのはね、イリダータ・アカデミー主催の大会で、火、水、風、地――四つの部門に分かれているの」

 イリダータ敷地内の歩道を歩きながら、ソラとレイは、前を歩くエラの背中が語る説明を聞いていた。

「参加者に応じて四人一組のグループに分けられ、総当たり戦で各グループの一位と二位が本戦に出場できるの。本戦からはトーナメント戦で、一度でも負けたらそこで敗退。最後まで勝ち進んだものが優勝ってわけ。そして!」

 叫ぶや否や、エラがくるっと踵を返し、二人と向き合う。

 立ち止まるソラとレイに、エラは今まさに向かおうとしている建造物へ指を向けた。

「あれが、本戦が行われる円形闘技場コロッセウムよ」

「おお~」

 二人して眼前にそびえる建造物を見上げる。

「エレメンタラーが対戦するあの円形闘技場コロッセウムは、それぞれの部門ごとに構造を変えることができるのよ。火の【ガーネット】なら競技場を囲うように松明が設営され、水の【アクアマリン】は競技場全体に水が張られ、地の【トパーズ】では砂が敷かれる。ちなみに風の【ペリドット】は石畳が敷かれるだけよ」

 円形闘技場コロッセウムの入口をくぐり、孤を描く通路に出る。

 通路は薄暗く、ソラとレイは率先して進むエラについていった。

 通路を進むと等間隔で現れる階段。

「えっと……」

 エラが階段を横切るたびに、階段横に書かれている番号を確認していく。

「ここね」

 目的の階段を見つけたのか、エラが階段に足を伸ばす。

 二階通路に上がると、そのまま折り返しで三階に通じる階段が続いていたが、エラはそのまま二階通路を進んでいった。

「予選は、いつも使っている練習場で観客なしで行われるけど、本戦は違うわ。ここ円形闘技場コロッセウムは、いわゆる観客に見せるための場なの」

「わざわざ見せるんだ」

「ええ、そうやって自分の実力を見せるの。エレメンタル・トーナメントでは特に、アルコイリスのお偉い方や、四大国から視察団が来るって噂もあるくらいなのよ。それにイリダータの生徒も無料で見られるから、刺激になるし勉強にもなる。なにより――」

「なにより?」

 とレイが合いの手を入れると、エラは振り返り、

「別の日に行われる【アクアマリン】の本戦でフィリスお姉さまの応援ができるの!」

 エラが勢いよく拳を突き上げ、それから観客席への通路を抜ける。

「日に日に、エラのフィリス先輩への愛が深まっているように見えるのは、気のせいか?」

 腕を組み、浮き足だつエラの背中を見送るレイ。

「いいパートナーなんじゃない?」

「お前とカーマイン先輩もな」

 横目で見下ろすレイに、ソラは笑って誤魔化し、そそくさと観客席へと足を進めた。

 観客席に出ると、降り注ぐ太陽に目が眩んだ。

 手で太陽を隠し、目が慣れるのを待つ。

「うおっ、眩しっ!」

 隣でレイが手を額に当てて日差しを防ぐ。

 目が慣れてきたソラも両手で日差しを防いで競技場を俯瞰する。

「おっきいなぁ」

 競技場は、建造物名どおりに円形で、客席は三層に分かれている。

 客席に試合の影響が出ないよう、客席は二階から四階までで、二階にはイリダータの生徒、三階、四階はアルコイリスや他の国からの観客と振り分けられている。

 四階の一部は貴賓席となっており、他の観客と隣り合わないよう区切られている。

 二階にイリダータの生徒が集められているのは、何らかの不測の事態が起きた際の対応を義務づけられているからだ。

 もし火が観客に向かって飛んだとしたら、それが三階や四階に行く前に、二階にいる生徒が防ぐ。

 いわゆる壁の役割だ。

 一年生には特に義務づけられているわけではないが、学年が上がるほどにその役割が大きくなる。

 だから競技場の外縁部には水路が設けられており、【アクアマリン】で競技場に水を張る役割の他に、いざという時の水の壁を作るための措置でもあるのだ。

 客席の間に設けられている階段をおり、最前列まで進むと、エラが手を振っていた。

「ここよ」

 エラの隣には二人分の席が確保されていた。

「こんにちは、フィリスさん」

「あら、少年。こんにちは」

「こんちわーっす」

「レイも」

 挨拶をかわしながら、ソラとレイは客席に腰を下ろした。

 客席二階の最前列に座るフィリス。

 そこは彼女のために特別に当たられた席であり、その分、ここでの役割の大役も担っている。

「さて、あとは主役の登場を待つだけね」

 そう言って、フィリスが競技場を見やる。

 そろそろ始まる時間だ。

 今日行われるのは、火の部門【ガーネット】。

 イリダータで最高の水使いと自他共に認めるフィリスが最前列に座っているのは、万が一の事故に対応できるようにするためなのだ。

 他の優秀な水使いも、等間隔で最前列に座っているらしい。

 今日、本戦に出場を果たしたカームの試合が行われる。

 それを見届ける。

 見届けたい。

 カームに本戦出場が決定したことを報告されたソラは、心から喜んだ。

 そんなソラに、カームは照れながらも言ってくれたのだ。

「本戦をキミに見ていてもらいたいの。火使いの戦いを見せてあげるわ」

 その約束を守るために、こうしてフィリスを頼って最前列を確保してもらったのだ。

 やおら、始まりの鐘が鳴る。

 本戦出場を決めたエレメンタラーが、一列に並んで入場する。

 競技場に並んだ十六人のエレメンタラーが立ち止まり、整列する。

 目の前に並ぶ十六人は、間違いなく今年の火使いの精鋭たち。

 だが、その中でも一人――圧倒的な存在感を放つ赤毛の女性。

(カームさん、頑張ってください)

 ソラが心の中で応援すると、それに応えるようにカームが視線を向け、微笑んだ。


            ※


 競技場に登場した、本戦に進んだ十六人が左右に八人ずつに分かれて退場する。

 そのまま控え室に戻ったカームは、周りの七人を見やる。

 誰もが緊張し、そして――

(どうしてそんな顔してるのよ)

 全員が、まるで自分が負けるかのよう表情を浮かべていた。

 無意識に拳を握り、溜息に似た深い息を吐く。

 皆の表情の原因は分かっている。

 分かりきっている。

 ――自分だ。

 自分の存在が、彼ら彼女らを落胆させる。

 どうせ勝てない。

 優勝できない。

 無駄なあがきだ。

 最後まで当たらず、せめて準優勝を――そういった感情が、控え室に充満している。

 だけど――

(私は、間違っていない)

 誰よりもエレメントの特訓をし、誰よりも自分を犠牲にし、誰よりも高みを望んだ。

 そして、その高みに自分がいる。

 自分の手に入れた高み。

 だが、その高みに辿り着いた途端、それよりも上が見えなくなっていた。

 有り体に言えば、自分と対等に競い合えるライバルがいないのだ。

 周りの生徒たちが、矮小な存在と感じてしまいそうになり、カームは自身を叱咤した。

 父――ルカ・ロードナイトの言葉が反射的に脳裏に浮かぶ。


 ――決して驕るな。高みとは、自身との戦い。他者を蔑ます、愛しめ。お前は火使いだ。闇を払い、光をもたらす存在となれ。


(……闇……そして、光……)

 思い出されるのは、学長との会話。

 ルカは四英雄で、ミュールと共に【深淵しんえん】と戦った。

 何回、何十回と聞かされた言葉。

 それはもしかして、父の体験談から出た言葉だったのだろうか。

 もう一度、深呼吸し、心を落ち着かせる。

(周りの子は関係ない。今年も【ガーネット】は必ず手に入れる。それが、自分が最強であることの証明だから。だから、これは――)

 ――自分との戦い。

 やおら定刻となり、【ガーネット】の本戦が始まった。


            ※


 カームがいる控え室とは別の、もうひとつの控え室。

 そこで控える七人の生徒たち。

 一人はすでに一回戦に出場し、今まさに試合中である。

 誰もが控え室から試合を覗いている中、ひとりの男子生徒だけが椅子に座り、じっと項垂れていた。

 控え室は暗い。

 故に、誰も気づかなかった。

 もし明るかったのなら、男子生徒の異変に気づいただろう。

 男子生徒から微かに湧き出る、オーラの如く黒い霧に――

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