五章 死刑と監禁、でも真相は……2


 *



 エイリッヒとリンデは城の城壁にあいた穴を知らない。たとえ知っていたとしても、エイリッヒの体格では、あの穴を通れない。


 したがって、侵入するためにとれるルートは一つしかなかった。墓地と古井戸をつなぐ、例のぬけ道だ。


 城内には待ちぶせもなく、奇跡的に礼拝堂が無人になる瞬間があった。エイリッヒはリンデとともに、地下へ潜入することができた。


 しかし、地下に入ったとたんリンデが顔をしかめる。


「変だな。ベリーヒトらしき匂いはあるが、薄いっていうか……残り香っぽい」

「ベリーヒトの匂いはわかるのか?」


「前に、あんたを探しに、あいつの屋敷に行ったんだ。花の精だけあって、すっごい、いい匂いがするんだ。

 人間の作った香水なんか、てんで、かなわないよ。

 もっと自然の花の香りに近いけど、花の香りそのものとも、ちょっと違う。

 なんかこう、精霊が吸いよせられるような? おれが羽虫の精だったら、今もう、ふらふらしてるよ」


 ふらふらというか、くらくらというか、なんとなくウットリするような香りは、かすかだが、たしかにエイリッヒも感じていた。


「薔薇の香りだ……」

「ベリーヒトは薔薇の精なんだよ」


 薔薇の精か。おれが赤い薔薇なら、弟も薔薇なのは当然か。


「しかし、残り香となると、本体はここにいるのか?」

「とにかく行ってみよう。匂いの強い場所がある。密室なら匂いがもれにくいし、そこにいるかもしれない」


 心もとなかったが、ここまで来たのだ。行くしかない。

 だが、不安は的中だ。


「ここだ。この牢のなかに、ベリーヒトは入れられていた」


 リンデの指さす鉄格子のむこうは無人だ。

 どおりで、地下の見張りが手薄なはずだ。


 シャルランといい、その主人といい、どうしてこう、すれちがうのだろう。なんだか、ヤケになってきて、エイリッヒは急に笑いだしたくなった。


「こう会えないってのは、会うなってことなのかな?」

「何を言ってんだよ。あんたの弟なんだろ? もうすぐ正午だ。処刑場につれられてっちまったんじゃないのか?」


「まあ、そうだな。冷静に考えれば、そういうことなんだろう。助けに行くか」


 でも、なんだろうか。会わないほうがいい気がしてきたのは事実だ。なんとなく、予感というか……そう。運命ーーのような?


 エイリッヒはそんな思いをふりはらった。


「とはいえ、どこを探す? 処刑もやりかたによって、場所が違うだろう。公開処刑なら広場だが、そんな仕度をしているようでもなかった」


「ベリーヒトが人ごみで無実を訴えたら、めんどうだからなんじゃないの?」


「そうだな。ベリーヒトは完全に、おれたちのまきぞえだからな。本人は、なぜ、こんなことになったのか、理解に苦しんでるだろうよ」


 いったい真犯人が城内の誰なのかわからないが、そうまでして自分の身の安全を守りたいのだろうか。

 もともと、夜ごとに女を殺して歩くような男だ。自分の身代わりに何人、犠牲になっても、なんとも思わないのだろう。


(いや、待てよ。王宮での殺人は、町でのやつとは別件だっけ……?)


 しかし、疑問も残る。


「町の連続殺人と、王宮での殺人が別物だと考えたのは、殺されたのが左大臣の娘だからだったな。令嬢がお妃候補だったから、権力争いで殺されたんだろうと。でも、今になってみると、あれも怪しいな」


 ああ、とリンデがうなずく。


「あれって侍女のマルグリーテが言いだしたことだ」

「うん。手帳にも、そう書いてある」


 エイリッヒは地下通路にかかる松明たいまつの明かりのなかで、手帳をたしかめた。


「あの女の話は信用できない。あの女に誘導されて、おれたちは思考の方向性をあやまったんだ」


「そうだな。でも、なんで今、とつぜん推理なんか始めたんだ?」


「今、何か心にひっかかったんだ。令嬢の死が暗殺じゃないなら、やっぱり、あれも連続殺人だったってことだろう?


 つまり、令嬢の死を偽装するために、連続殺人のなかにまぎれこませようとしたんじゃなく、最初から、連続殺人だった。


 となると、答えは一つしかない。殺人犯は城内にいる」


 そのときだ。

 エイリッヒの背後に人影が立った。いきなり背中に固いものを押しつけてくる。おそらくは銃口だ。


「はい。そこまで。死刑囚の兄は、よけいなことを考えない」


 その声には聞きおぼえがあった。


「あんたが、黒幕か」

「まあね」

「いつから、おれたちをつけていたんだ?」


「庭を歩いていたら、ぐうぜん見つけたもので。よく帰ってきてくれました。まあ、弟が心配でしかたなかったんでしょうがね。そこまで気づいてしまったら、あなたがたには死んでもらうしかない」


 エイリッヒは背後をふりかえった。

 思ったとおりの顔が、そこにあった。

 どこか悲しげな目をした、フローランの顔が。

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