一章 人形師と小間使い、そして魔術師4
とりあえず、海辺に出るために歩いていくと、にぎやかな港につきました。
アベルンは海運業の盛んな町です。
たくさんの船が外国とのあいだを行き来しています。
アベルン産の香水も、ここから外国へ運ばれていくんですねぇ。
「わあ、潮の香り。ウミネコさんが鳴いてますぅ」
港に
活気ある港の近くには、市場があり商家があり、宿があり、そして酒場もありました。
シャルランが荒野へ行こうと、西にむかって歩いていますと、『人魚のいけす』って絵看板をかかげた酒場がありました。
そこから、ふらふらと男の人が出てきました。
純金のように輝く髪に、エメラルドのような瞳。
ふわぁっ、きれいな男の人だなぁ。
シャルラン、ビックリです。
こんなキレイな男の人、世の中にはいるんですねぇ。
ご主人さまに張るくらい美人ですよ。
ご主人さまは薔薇の精だから、あたりまえなんですけど、この人、人間ですよねぇ?
シャルランが目をみはっておりますと、男の人が、こっちを見ました。にっこり笑って近づいてきます。
笑顔がゴージャス!
でも……うぷ、お酒くさいです。
すると、いきなり——
「白薔薇!」
抱きついてくるじゃありませんか。
「何するですかぁ! この超美形酔っぱらいィ!」
シャルランはグーで男の人をなぐりました。
あッ、しまった。やりすぎた。
シャルランが力いっぱいなぐると、男の人でもアゴの骨くだけちゃうんですよね……。
美形さんは、みごとにふっとばされて、街路にのびていました。
「す……すみません。生きてますか? あなたが、いきなり抱きついてくるからですよぉ。手かげんするの忘れてしまったじゃないですか」
倒れた美形さんのまわりをウロウロしていますと、酒場から女の人が出てきました。強い香水の匂いがします。
「ちょっと、ミケーレ。大丈夫? あーん、だから飲みすぎだって言ったじゃなーい」
女の人がゆさぶると、ミケーレさんは、うーんとうなって起きてきました。よかった。アゴはくだけてない。
「……いって。すごいパンチだな。今のは、きいたよ。お嬢さん」
「ええッ。なによ、それ。この女、あなたをなぐったの? ひっどーい」と、女の人が大さわぎします。
とりあえず、あやまっとかないと。
「す……すみません。でも、この人が急に抱きついてきたから……」
女の人は、もっと大さわぎしました。
「ええッ。なにそれ。ミケーレ、あんた、こんな青くさい小娘にまで手を出したの? 信じらんない」
ミケーレさんは、あたしを見たあと、頭をかかえました。
「おぼえてない!」
「ええッ、なんですか、それ。失礼な酔っぱらいですねぇ」と、これは、あたしです。だって、ムカつくじゃないですかぁ。
女の人が、くってかかります。
「何よ、あんた。ちょっと抱きつかれたくらいで、くどかれたとか思ったんじゃないでしょうね? ミケーレは、あたしの恋人よ。ねえ、ミケーレ?」
ミケーレさんは女の人を見あげて、やっぱり頭をかかえました。
「おぼえてない!」
「きいいッ。ミケーレのバカ! バカ、バカ!」
ミケーレさんは女の人に、ボコボコになぐられました……。
すると、そこへ、人魚のいけすから、かっぷくのいい中年の女の人が出てきました。
「マチルダ。いいかげんにおし。ミケーレのバカは今に始まったことじゃないだろ」
「おかみさん……」
「ほらほら。あんたの恋人のミケーレが飲みあかしたんだからね。店の片づけをやっちゃくれないかね」
女の人はブツブツ言いながら、酒場へ入っていきました。おかみさんが、こっちをむきます。
「悪かったね。あんた。ミケーレのやつは、酔うと誰彼なく抱きつくクセがあるんだよ」
「迷惑なクセですねぇ」
「まったくさ。おかげで、しょっちゅうケンカざた。うちも困ってるのさ。コイツがいいのは顔だけなんだから。あんたも、だまされちゃいけないよ」
はて、だまされる? 顔がいい人はウソつきなんでしょうか?
おかみさんは、かるがると美青年を抱きおこしました。
「さ、ミケーレ。さっさと帰っておくれ。こんだけ飲みゃ、充分だろ」
ミケーレさんは乱れた金髪のあいだから、ぼんやり空を見つめて、ふらふらと去っていきました。あの人、あの調子で大丈夫なんでしょうか?
「なんだか心配な人ですねぇ」
「そうなんだよ。それでつい、ツケで飲ませちまうんだが。なにしろ、あの見てくれだからね。女はみんな、アイツに弱いのさ」
おかみさんはお店に帰っていきました。
港を出ると、景色は
ゴツゴツした岩。大地にこびりつくようなヒイラギの茂み。
ゆるい勾配をあがっていくと、海岸線がせりあがり、崖になっていきました。荒地の果てに塔が見えます。
ふう。あそこが魔法使いの住処ですか。ちょっと遠いですね。ふつうの女の子なら、片道二時間はかかりますよ。
近づいていくと、陰気な石造りの塔は、大きなカシの木の扉でとざされていました。
「すみませーん。あけてくださーい。こんにちはぁ。断崖の魔術師さーん」
呼んでも返事がないので、扉をたたいてみました。
コンコンコン。
返事はない。聞こえないのでしょうか?
トントントン。
ふむ。無言。
では、ドンドンドン。
反応なし。
よーし、じゃあ、これならどうだ!
あたしが、こぶしをふりあげて、思いっきり叩きまくりますと、なかから悲鳴みたいなものが聞こえてきました。ものすごい勢いで扉がひらきます。
「やめろォッ! 聞こえてるんだよ! 世の中には居留守っていう高度な技が存在することを知らんのか? うちの戸を破壊するな! 鉄球でも打ちつけてるのか?」
出てきたのは、黒ずくめの男の人でした。
黒髪に青い瞳。少年と言ったほうがいいでしょうか。猫みたいに優美で、しなやかな体つきです。
この人が断崖の魔術師?
話に聞いていた大男のヒキガエルとは、ずいぶん違いますねぇ……。
「女の人の生皮をはいで、はくせいを作るっていう、悪い魔法使いは、あなたですか?」
シャルランは指をつきつけました。
黒ずくめの男は、ニヤッと笑いました。
「へえ。ずいぶん可愛いエモノが来たなぁ」
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