一章 人形師と小間使い、そして魔術師5




 エモノですと?

 シャルランは負けませんよ。

 かよわい薔薇の精の召使いは、たくましくないとやってけないのです!


「邪悪な魔法使いめッ、成敗!」


 いきなり、とびあがって、かかと落としをくらわそうしたんですが、次の瞬間、無人の虚空をけっていました。

 離れた場所から、黒ずくめさんが、はあッと大きなため息をつきました。

 むっ。速い。


「おいおいおい、こらこらこら。やぶからぼうに何しやがる? おれを殺す気か?」

「あなたのよこしまなウワサは、耳にタコほど聞きました。おとなしく成敗されなさいです!」


 ……って、なんか違うなぁ?

 シャルランが考えていますと、黒ずくめさんは、さッと身をひるがえし、近くの本だなのかげに隠れました。


「違う、違う! おれ、エイリッヒじゃない。ていうか、エイリッヒも、おまえに成敗されなきゃならんような悪い魔法使いじゃないけどな。おれはあいつの友人だよ。おまえ、あいつの新しい彼女じゃないのか?」

「彼女? 何をわけのわからないこと言ってるですか。成敗!」

「だから違うって! おれは断崖の魔術師じゃない!」

「ええっ……このほどよく、あったまった正義感。どうしてくださるんですか?」

「なんか、変なヤツ来たなぁ」


 黒ずくめさんは、つやつやの黒髪をくしゃくしゃにかきまわしながら、本だなのかげから出てきました。


「おれは、リンデ・ロンゼ。断崖の魔術師エイリッヒの友人兼いそうろう。エイリッヒは数日前に町へ行ったきりだよ」

「さては、女の人をかどわかしに——」

「それはない。だまってても、あいつには女がよってくる」

「魔法ですね。変な魔法、使ってるですね」

「魔法っていうより魔力? むしろ天性の才能かな」

「悪い人ですね? やっつけるです」

「いや、だから、そうじゃなくってさ……」


 リンデさんは、ため息をつきました。

「いいから、お嬢ちゃんは帰んな。あいつが帰ってきたら、いいカモにされちまう」

 しっしっと、ワンちゃんを追いはらう手つきをしました。

 バカにされたです。カモって、なんですか。カモって。


 シャルランがむくれていると、リンデさんが耳をすましました。遠くを見つめています。


「あ、帰ってきた。ていうか、のびてるな。しょうがない。いいか、あんたは帰るんだぞ。あいつに会った女は、みんな正気じゃいられなくなるんだからな」

 言いすてて、ぴゅうっと走っていきました。


 さて、困りましたよ。どうしたらいいんでしょう。

 ええっと、あたし、なんのために、ここに来たんだっけ?

 あっ、そうだ! あの技です。断崖の魔術師が使うっていう、結晶化の技がなんなのか、たしかめに来たんです。


 人間の記憶を結晶化し、宝石にして、とりだす——それは、ご主人さまたちミダスの一族にしか使えない魔法です。

 ご主人さまの一族は、この力のせいで人間に追われ、利用され、争いの火種となって滅ぼされたのです。

 美しい宝石が、何もないところから無限に造りだされるのだと知れば、人は誰しも、その力を欲しがりますから。


 もし、この技を断崖の魔術師も使えるのだとしたら、それは、その人がミダスの生き残りってことですよ。

 だから、ウワサがウソかまことか、たしかめに来たんです。ご主人さまと同じ花の精なら、悪い人のはずないですし。


 あたしは、ひらいたままのカシの木の扉を見て、決意しました。そろうっと薄暗い塔のなかへ入っていきます。ここで待ってれば、問題の魔術師はすぐに帰ってきますからね。


 塔のなかは吹きぬけで、塔頂まで壁にそって、らせん階段が続いています。

 一階に古い本のたくさん並んだ本だなや、机、いす、ベッドなどの家具が置かれています。

 いかにも魔術師の持ちものらしい薬ビンとか、得体の知れない大きなナベなんかもありますが、でも、ウワサに聞いたほど禍々しい感じはしませんねぇ。

 平凡な魔法使いの部屋って感じ。


 あたしが物陰に隠れていますと、外から声が近づいてきました。


「しっかりしろよ。エイリッヒ。飲みすぎだって。ったく。看病するおれの身にもなれよな」

「白ばらァッ」


 ん? 白薔薇?


「やめろ。おれは女じゃない。抱きつくな」


 なんとなく、イヤな予感……。


 あたしは物陰から顔を出して、のぞいてみました。

 案の定です!

 リンデさんに肩をつかまれて入ってきたのは、あの超美形酔っぱらいのミケーレさんでした。

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