一章 人形師と小間使い、そして魔術師3
「王さまはお姫さまのために、どなたかの思い出を宝石にしたいんですか?」
「お妃さまが亡くなったのは五年前だ。姫さまが七つのときだった。あれ以来、姫さまは、めっきり、ふさぎこんでおられる。陛下は姫をおなぐさめしたいのだ」
「娘思いのお父さまなんですね」
「陛下とお妃さまは、ほんとに仲むつまじいご夫婦であられた。心から愛しあっていらしたのだ。一粒種の姫のことは、お二人とも掌中の珠と慈しんでおられた。お若くして、あの世に召されたお妃さまは、さぞ心残りであったろう」
「泣ける話ですね……」
シャルランはハンカチで目頭をおさえました。
「そのようなわけで、姫さまには気難しいところがおありになる。しかし、それは母上を亡くされた、さみしさの表れ。くれぐれも態度には気をつけるのだぞ」
「はーい」
姫さまのお部屋は後宮のなかにありました。
庭の薔薇園が、窓のすぐ外にひろがる、夢のように美しいところです。
姫さまは窓辺にすわって外をながめていました。
フローランさんが入口で立ちどまったので、シャルランも止まりました。
姫さまのお顔は逆光になって、よく見えません。
ニンジンのような赤毛だなということはわかりました。
「エメリア姫。本日は名高い人形師の使いを呼んで参りました。人形師は生きているかのごときカラクリを作る、天才ベリーヒトでございます。
きっと、姫にもご満足いただけるでしょう。お望みの人形をおっしゃってください。どんな品でも必ず作らせてごらんにいれます」
あ、もう。また勝手なこと言うんだから。
いくらご主人さまでも、作れないものもありますよぉ。
でも、注文を聞くまでもありませんでした。
お姫さまは、こっちを見るなり叫んだからです。
「人形なんていらない! 帰ってよ!」
うう……それはそれで、ちょっぴり悲しいです。
ご主人さまのお人形は、ほんとにスゴイのに。
「あのぉ、姫さま。お人形といっても、キレイなだけの、そのへんの人形とは、わけが違うんですよ。
ご主人さまなら、本物のように鳴く小鳥や、甘えん坊の子猫や、ちっちゃな動くクマさんなんかも作れるんです。ピンクのウサギとか、水玉もようのヒツジとか」
お姫さまは一瞬、だまりました。が、やっぱり、
「いらないものは、いらないの! 帰ってよ。あなたなんて、キライ!」
きゃあっ。きらいって言われちゃいました。
シャルラン、この言葉、苦手なんですよねぇ。
「あたしが会いたいのは、断崖の魔術師だけよ。つれてくるなら断崖の魔術師にして!」
姫さまはそう言って、ガラス扉から庭へ出ていってしまいました。手ごわいです。
フローランさんが、また、ため息をつきます。
「姫のごきげんがすぐれないようだ。後日あらためて来てくれ」
しょうがないですねぇ。
それにしても、シャルラン、気になりますです。
断崖の魔術師、何者ですか?
「フローランさん。断崖の魔術師のところへは、いつ行くんですか?」
「は? 今日はこれ以上、執務をのばせない。明日以降だな。夜は行けないしね」
「なんで夜は行けないんですか?」
なぜか、フローランさんは、うろたえました。
「なぜって……それは、そう。あのへんは治安も悪いし、イヤなウワサのある魔法使いのところに、真夜中、たずねていく勇気はないね」
「そうですか。魔術師の住む場所を教えてください」
「まさか、君一人で行く気じゃないだろうね? 崖の上の一軒家だよ。住んでるのは、いまわしいウワサのつきまとう魔術師だ。そのうえ、今は城下で不審死が続いている。悪いことは言わないから、やめておきなさい」
「不審死……ですか」
「君は知らないのか? 若い娘ばかりが狙われて、もう五、六人も殺されているだろう?」
「ああ、そういえば、そんなウワサ、聞きましたです。時計塔の針が夜中の十二時をさす瞬間に背後をふりかえると、足音が家までついてくるんですよね。朝になって家族が起こしに行くと、水びたしになった死体が……こ、怖いです!」
「……それは、違うウワサだね。子どもだましの怪談話だ」
あたしのとっておきの怖い話を、フローランさんは、かるく、いなしました。大人です。フローランさん。
「とにかく、こっちの人殺しは怪談じゃないんだ。何人も犠牲者が出てる。ここだけの話、断崖の魔術師の仕業じゃないかと、私は案じているんだ。だから、君も用心しなくちゃダメだ」
「わかりました……」
あたしはフローランさんから聞きだすことをあきらめました。でも、魔術師に会うのをあきらめたわけじゃありません。
こう見えても、シャルラン、そこらの男の人より力持ちなんです。ワインがつまったタルくらい、かるがるですよ。
なんででしょうね。
気にしなくていいよと、ご主人さまはおっしゃるんですけど。
「じゃあ、あたし、急ぎますんで、失礼しまーす」
あたしはお城をとびだすと、町で話を聞きました。
でも、みんな、断崖の魔術師と聞くと、すぐに逃げだしてしまうんですよぉ。
やっと、道ばたでパイプをふかしてるおじさんたちが話してくれました。
「すみませーん。断崖の魔術師って知ってますか?」
「知ってるよ。女の生皮をはいで、はく製を作るとかいうヤツだろう?」
「えっ? はく製……」
「残った肉はシチューにして食っちまうそうだ」
「シチュー……」
「そいで、食べかすの骨をつなぎあわせて、召使いにするって話だね」
イヤなウワサですねぇ……。
「その魔術師なんですけど、どこに住んでるんですか?」
おじさんたちは顔を見あわせました。
「荒野の果ての海辺の断崖さね。昔は砦に使われていた塔に住みついとるよ」
ふむふむ。それで、断崖の魔術師。
「あそこあたりは昔、戦場でな。夜な夜な、亡霊が出るんだ」
「荒野をさまよう黒い影につかまると、二度と日の目を見れんという言い伝えじゃ」
もう……なんだって、イヤなことばっかり言うんですか。
「嬢ちゃん、まさか断崖へ行く気かね? やめときなされ。断崖の魔術師は、それは恐ろしい大男で、身の丈は二階建ての家より大きいそうだよ」
「そのうえ、たいそうみにくくて、その姿はヒキガエルにソックリだそうだ」
「かんしゃく持ちの暴れん坊で、怒りだすと戦車のように町を破壊していくそうじゃ」
「やめときなされェ」
「やめときなされェ」
ああ、なんか、イヤだなぁ……。
でも、シャルランは、がんばるですよ!
ご主人さまのためですから。
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