五章 死刑と監禁、でも真相は……7
見ると、王さまは剣を落として倒れていました。
その上に足を乗せて、リンデさんが押さえています。王さまを足げに……。
そして、あたしの目の前には、ご主人さまとエイリッヒさんが——
「ど、どうして、みなさんがここに?」
これは夢でしょうか?
エイリッヒさんだけならともかく、あのたよりないご主人さまが、あたしをたすけにきてくださるなんて。
それに、フローランさんが解放してくれたにしては、助けに来るのが早すぎるような?
「なんとか、まにあったな。この軟弱やろうが足手まといにならなければ、もっと早く来れたんだが」
エイリッヒさんに言われて、ご主人さまはかわいそうなくらい、しょんぼりしています。
「だって、僕はかよわい花なんですよ? あんな高い塔からロープでおりろなんて……」
「それでも男か」
「花は中性ですよ。男でもあるけど、女でもある」
「おれはそういう、どっちつかずが大嫌いなんだ」
「あ……あなたにそんなこと言われると、胸が痛いです」
「なんで泣くんだ。オカマか? おまえは」
「だから両性体です。オカマじゃありません」
「おんなじだろ?」
「違いますよ。ぜんぜん」
仲よく言いあってる二人を見て、笑いだしたくなりました。よくわからないけど、苦労して、ここまで来てくれたみたい。
「もういいじゃないですか。あたしは、ぶじだったんですから」
すると、二人が同時にふりかえって、手をさしのばしてきました。
およっ。どうしましょう。なんだか、どっちの手をとるか、すごく迷うです。
とりあえず、両方の手をとりました。
右手さん、左手さん。あたしには二本の手がありますからね。でも、なんとなく、いけないことをしてしまった気分……。
そこへ、フローランさんが、姫さまをつれて木かげから出てきました。
「フローランさん。まだ逃げてなかったんですか? いけませんよぉ」
「女の子に命を張らせておいて、そうそう逃げる勇気はないよ。とはいえ、助けに出る勇気もなかったが」と言ってから、フローランさんは、リンデさんにお願いしました。
「陛下を放してさしあげてくれ。もう……正気におもどりだ」
フローランさんの言うとおりでした。
王さまは悲しい目をして、みんなから顔をそむけています。リンデさんが足をどけても、起きあがろうともしません。
「陛下。おケガはございませんか?」
フローランさんが助け起こそうとすると、王さまは、その手をふりはらいました。自分で半身を起こし、頭をかかえます。
「陛下などと呼ぶな。私は卑しい人殺しだ。妃がいなくなってから、私の心から生きる気力は失われた。今日まで国を守るのは国王のつとめと、みずからに言い聞かせ、生きながらえてきたが、もうよい。ここで潔く自決しよう」
「何をおっしゃるのですか。陛下はりっぱな王です。近隣諸国にもならぶものなき英明な主君。ただ、現在は心を病んでおられるだけのこと」
「そうよ。お父さま。お父さまはご病気なだけよ」
すがりつくフローランさんや姫さまを押しのけて、王さまは剣をひろいあげようとします。
「放しなさい。国や民を守るべき王が、国民を殺しているのでは示しがつかない。エメリア、そなたはまだ幼いが、しっかりした娘だ。よき女王となりなさい。フローラン、姫を支えてやってくれ」
三人でもみあって、危なっかしいったらありません。
お父さまを死なせたくない姫さまの気持ちもわかるし、でも、王さまの言うことも正しいし、どうしたらいいんでしょうか。シャルラン、お手あげです。
と、そのとき、とつぜん、姫さまが顔を輝かせました。
「そうよ! 断崖の魔術師よ。あの魔法使いをつれてきて、お父さまの記憶をとりだしてもらえばいいわ。お父さまはお母さまのことを思いだすと、ご病気になるんでしょ? お母さまのことを忘れてしまえば……」
名案ですね、姫さま——と、あたしは思ったんですけどね。男の人たち、みんな、微妙な顔つき。
断崖の魔術師のエイリッヒさんまでが、大きなため息をつきました。
「王。姫はああ言っているが、あんたにその覚悟はあるのか? 正気を失うほど愛した女のことを、その存在ごと忘れてしまう。
愛しあった、すべての思い出が消える。それはとてもツライことだ。たぶん、あんたには死ぬよりもツライ決断だと思う」
王さまは歯をくいしばって、答えません。
「だが、おれは、むしろ、あんたはそうすべきだと思うよ。あんたがただの庶民なら、死を選ぶのは潔い。でも、あんたは王だ。何もかもなげだして、おしまいじゃ、身勝手すぎる。
姫が王位を継いでも、この年では列国にあなどられ、侵略を受けてしまうかもしれない。内政だって権力争いで乱れるだろう。少女にはそれを制する力はない。
罪を悔いるなら、あんたは生きて、このあと一生を、国民のための善政を敷くことに捧げるべきだ」
うーん。難しいこと言いますねぇ。エイリッヒさんは。
シャルランにはよくわかりません。
王さまが王妃さまのことを忘れて、いい人になるってことは、姫さまの考えといっしょじゃないんですか?
あたしがそう言うと、エイリッヒさんは苦笑して、あたしのおでこを、ピンと指さきで、はじきました。
「お子さまはだまってろ」
むう。バカにされました。
「どうする? 王よ」
「そなたの言うとおりだ。私は自分にとってラクな道を選ぼうとしていた。妃のことを忘れるのは火刑に処されるより苦しいが……それが私の犯した罪への罰なのだ。フローラン、今すぐ、断崖の魔術師をつれてきなさい」
王さまのかたい決心を聞いて、とつぜん、エイリッヒさんは笑いだしました。
「それを聞いて安心した。もし、その決断ができない王なら、ほんとに死んでしまったほうがいいと思った。でも、あんたなら、きっと、やりなおせる。
安心しろよ。記憶なんて消さなくてもいい。この国では、何者も薔薇の香水をつけることを禁止したらいいだけのこと。
薔薇の香りが正気を失うきっかけなんだから、禁止してしまえば、王の発作は起こらない」
王さまとフローランさんが、ハッとして、エイリッヒさんを見あげます。
「たしかに……それだけのことで、陛下は以前のままの英明な王でいられる。なぜ、気づかなかったのか」と、フローランさん。
王さまは納得いかないようです。
「しかし、それでは私の気持ちがおさまらない。やはり、断崖の魔術師を——」
エイリッヒさんは言いました。
「断崖の魔術師が人からとりだすことのできる記憶は、憎悪や羨望、卑怯で自分勝手な考え……みにくい心がもたらす記憶だけだ。美しい愛の思い出には、彼はふれることができない」
「なぜ、そんなことを、おまえが知っている?」と、たずねる王に、
「断崖の魔術師は、おれだからさ」
おどろく王さまたちの前で、エイリッヒさんは微笑しました。
「じゃあな。おれたちは、どこか遠くへ行くよ。今度、断崖の塔に来ても、もう魔術師はいないだろう。
そういうわけだから、女たちを殺した犯人は、やっぱり、極悪人の魔法使いだったってことにしといてくれ。
こんな、ひょろっこい人形師が犯人じゃ、迫力に欠けるだろ?」
ああ……エイリッヒさん、カッコイイです……。
王さまは涙をこぼして、うなだれました。
「……ありがとう。断崖の魔術師。ありがとう」
もう心配ないでしょう。これからも王さまは、お妃さまのことを思いだして、悲しい思いをするでしょう。
でも、それは時の流れがやわらげてくれます。
それに王さまには、王さまを信じる娘や、とてもよい臣下がいますから。
あたしたちは王さまや姫さまたちに手をふって、王宮をあとにしました。
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