蒼と翠
僕はまた見慣れない天井を見上げて目覚めた。
隣には、スイが眠っている。
あの土砂災害から2日。
瀕死の状態のスイだったけど、持ち前の身体能力の高さで、命の危機は乗り越えた。
僕もまた無理をした反動での衰弱が酷く、こうしてまたベッドの人に舞い戻ったわけだ。
村長さんの家は損壊が激しく、残った無事な部屋が少なかったのと、看病の観点から、こうしてふたりで仲良く、元村長さんの大きなベッドを占拠している。
さすがに大柄な村長さん用だけあって、こうして僕とスイ、あとその間にしろが丸まって寝ていても、スペースにはまだ余裕がある。
スイが意識を取り戻したのが、昨日の夜半。僕もそのくらいだった。
自分の身になにが起きたのかは、スイもおぼろげながら覚えていたらしい。
シーツの下で、隣り合わせの僕の手を握りながら、何事か呟いていた。
それはきっと、彼女たちの言葉で「ありがとう」。
だから僕も、日本語で「ありがとう」と返した。
お互いに視線は合わせずに天井を向いていたけれど、申し合わせたように笑っていた。
僕たちはお互いの言葉で、通じない話を、横になったままずっと続けていた。
手は繋いだままで。
言葉は通じないけれど、気持ちは通じ合っている、そんな気がした。
時間だけはたっぷりあったので、言葉尽きるまで語らい合った。
そして、今日の朝。
僕は村を出ることを告げた。
当然、スイには言葉としての意味は通じなかったはずだけど、スイは握り合う手のひらによりいっそう力をこめ、天井を見上げたまま、一筋の涙を零れ落としていた。
翌朝。
身体的なダメージでは軽微だった僕のほうが、重傷だったスイより早く回復したため、僕は村を旅立つことにした。
本当は、スイの全快まで見届けたかったけど、それはスイを理由とした僕のエゴだろう。
このまま居続けることがよくないことは、僕自身がとっくに気づいている。
元から持っていたバッグに加え、樹木の皮で織られた包みがもう1つ。村からの餞別だった。
村の復興に忙しい中、ほぼ村人総出で、僕としろを見送ってくれた。
最初に見た目で怯えちゃって、ごめん。
この村の人たちは、とても素敵な人たちばかりでした。
「あお!」
聞き慣れた声に目を向けると、スイがまだ重傷の身をふらつかせながら、村長さんの肩を借りて、こっちに歩いてきていた。
「スイ……」
どんな表情を浮かべてよいかわからずに僕が苦笑すると、スイは辛そうな表情から一転して、笑顔になった。
それこそ、曇り空の雲の間から、眩しい陽光が差し込むように。
言葉は通じない。だから、スイは笑顔で大きく手を振っていた。
スイの頬には涙の筋が伝っていたが、僕は気づかないことにする。
「スイ、村長さん、村の皆さん! 本当にお世話になりました! じゃあ、お元気で!」
僕もできる限りの精一杯の笑顔を見せ、頭を下げた。
実質、1週間ちょっとほどの滞在だったけど、いろんなことがあったように思う。
特に、スイという少女に出会えたのは幸いだった。
願わくば、この別れが今生のものではないことを。
名残りは尽きないので、別れは手短に。
僕は荷物を担ぎ直し、すぐに背を向けて歩き出した。
肩越しに見ると、遠くなった人影で、スイがいつまでも手を振り続けているのが見えた。
「……キュイ?」
心配そうなしろが、僕の頬っぺたの涙を舐め取ってくれていた。
「ありがとう、しろ。心配しないでね。これは痛いとかじゃないから」
僕はしろを定位置の頭の上に載せ、再び帰郷の旅を再開したのだった。
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