初めての綱渡り

 スイの村を出てから早3日。

 僕としろの旅路は、可もなく不可もなくといった感じで進んでいる。


 村長さんからは実にいろいろと有意義なものをいただいた。


 食料。肉ね、肉。

 しろとの旅だと、僕の主食は木の実や果物ばっかりになってしまうから、これはとてもありがたい。動物性蛋白質は貴重だ。

 ちなみに、なんの肉かは聞いていない。聞かぬが仏。


 次に薬草。毒消し、麻痺消し。もろもろ。

 前回の大失敗を教訓とするなら、僕の一番の大敵は異常状態バッドステータス。これは体力の多寡にかかわらず、仮に体力が10倍のときは、10倍の速度で体力が減っていくみたい。まさに僕の天敵だけに、村長さんの心配りが憎い。


 あと、なんと言っても、地図!

 手書きではあるけれど、これがあるのとないのでは大違い。

 実際、こうして今も進む抜け道のようなものは、僕だけではきっと発見することもできなかった。樹海で迷子になっていただろう。


 村長さんに教えてもらった人里までは、10日くらいはかかるらしい。つまり、あと1週間。

 これが近いのか遠いのかはわからないけれど、こうして目に見えての目標ができたことは嬉しい。


 村長さんの話では、そこは大きな街らしく、僕みたいな肌色をした人間が大勢いるとか。

 今度こそ、帰れるんだ!


 思わず小躍りしたくなる。


「キュイキュイ♪」


 頭のしろも羽を揺らせて踊ってる。


 さて、この勢いで、がんばろー!



◇◇◇



 ――と、昨日までは思っていたんだけど。


「キュイ~……」


 しろもがっかりだ。


 僕らの目の前に広がるのは、大地を横一列に割ったかのような峡谷。

 まあ、それはいい。地図に描いてあったから知っていたし。


 問題は、地図に描かれている吊り橋がどこにも見当たらないということ。

 地図にある目印の双子の大岩は見つけたので、場所が間違っているということもなさそう。


 考えられるとすると、先日の大雨で落橋し、流されてしまったのか。

 まったく、スイのことといい、碌でもないことしかしてくれない。自然に怒っても仕方ないけど!


 崖の幅は約20m。とてもじゃないけれど、跳んで渡るのは無理。


 崖下を覗き込むと、雨で水量が増して激流になっている。

 落ちたらどこまで流されるのか見当がつかない。


 なにより、この峡谷を越えないと、どうしても人里には行けないことになっているのが、一番のネックだろう。


 迂回が一番現実的かもしれないけど、地図上では、この崖はかなりの距離が続いている。

 何日もかかりそうな上、できるなら、村長さんから教えられた道をそれるのは避けたい。 


 これまで、ほとんど外敵に狙われなかったのも、この抜け道のおかげらしい。

 詳しい理由はジェスチャーではわからなかったけど、そう教えてもらった。


 もし、ここを外れたら、どんな面倒に巻き込まれるか、わかったものではない。今この状況が面倒というのは置いておいてね。


 僕が地面に座り込んで悩んでいる横で、しろも同じように座って悩んでいた。


 閃きはしろが早かった。

 森のほうに飛んでいくと、長い蔦を咥えて戻ってきた。


「さすが、しろ! 頼りになる!」


 え? 僕が頼りにならないだけだって?

 いいんですいいんです。どーせ、しろのほうが頼りになるのは事実だし。僕、脳筋まっしぐらだし。いじいじ。


 ま、それはさておき。


 蔦の長さは優に20メートル以上はある。

 しろに端を咥えて、崖の向こう側に渡ってもらい、手頃な木に括りつける。

 反対の端をこちら側で固定すると、綱渡りの準備は完了。

 あとは、無限の体力に任せて渡るだけ!


 途中で力尽きて落ちる心配なんてないから、これはすごく合理的!


 さっそくしろは向こう岸へ飛び、大木の周りを旋回して蔦を巻きつけると、嘴を上手いこと使って端をしっかり結んでいた。

 ほんと、器用だよね、しろは。


 僕のほうも蔦を結わえる。

 うん、それなりに強度はありそう。大丈夫でしょ。


 僕は、レンジャー訓練で見たように、片膝を蔦に引っ掛けて、地上の部分でぶら下がってみた。

 試しにずりずり進んでみると、初めての割には上手に進めたと思う。


 ただひとつの懸念事項は――ノーパンだから移動中にこちら側から見られると、股間がすっかり丸見えってことだけだね! はっはっ!


 ……いや、誰も見ていないからいいんだけどね。なんというか、文明人としての当然の恥じらいといいますか。やっぱり、多少の抵抗はあるわけで。


 僕の独り言に、しろが向こう岸で首を捻っていた。


 とにかく、こんなところで無駄な時間を食っているわけにもいかない。


 僕はバッグの肩かけを斜めがけにした。大した荷物もないので、準備は万端。


「いざ!」


 掛け声の割には、おっかなびっくりと蔦を伝って先に進む。慣れてないから、仕方ないよね。揺れて怖いし。


 5分ほどかけて、峡谷半ばほどまでは来ただろうか。

 意外にこれ、精神力使うね。汗で滑らないようにするのが、大変だ。


 ――ばうんっ。


 ん? 今、揺れた?


 強風にでも煽られたかなーと僕が後ろを向くと、そこに1匹の猿がいた。手が長いから手長猿?

 そんなことはどうでもいいけど――


「ちょ、あんた! どこ触ってんの!?」


 木に結わえた蔦にぶら下がって、上下左右にと揺らしている。

 にやけ顔のような、なんとも憎たらしい顔をしている。あれ、絶対わかってやってる! 確信犯だ!


「やめてやめてやめて! 揺れる揺れる! 落ちるからー!」


 張られた蔦の中央付近にいるために、振られ幅も大きい。揺れがもろに直撃している。


「キュイー!」


 即座に対岸のしろが飛び立ち、猿に攻撃を仕掛けた。それでも、猿は木を盾としてちょこまか動き、執拗に蔦を揺らし続ける。僕になにか恨みでも?


 痺れを切らしたのか、しろの口が大きく開かれ――


「あ!? しろ! 炎はダメー!」


 制止は間に合わず、しろの口から吐かれたブレスは、猿の頭の毛に引火し、猿はけたたましい叫びを上げて森に逃げ帰った。


 ただ、引火したのは猿の毛だけではなく――ぷつっ、と蔦が焼き切れた。


「また落ちるのー!?」


「キュイー!?」


 もうやだ。

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