道経35 用いて尽きぬもの
道の境地に寄り添ったままで、
暮らすのが良い。
さすれば安らぎ、平穏であり、
そして大いなる一体感を得よう。
美しい音楽や、美食。
確かにこれらは旅人の足を止める。
だが、惑わされてはならぬ。
道の境地にあるものは
常に淡い口当たりである。
それは見ようと思って
見れるものでも、
聞こうと思って
聞けるものでもない。
さりとて、使い切ろうと思っても
決して使い切れはせぬものである。
○道経35
執大象 天下往
往而不害 安平大
大象を執りて天下を往く
往かば害さず
安 平 大たり
樂與餌 過客止
道之出口 淡乎其無味
樂と餌とに過客は止まるも
道の口に出づるは
淡として其れ無味なり
視之不足見 聽之不足聞
用之不足既
之を視んとせど見ゆるに足らず
之を聽かんとせど聞ゆるに足らず
之を用いんとせど既くるに足らず
○蜂屋邦夫釈 概要
道に則った暮らしぶりであれば、人々は思いを寄せるようになる。道を守る人はその人たちを損ねるようなこともなく、こうして世は安泰となる。音楽や美食に人は足を止めるものであるが、もとより道が語るものは淡々として味が無い。見よう、聴こうと思っても叶うことはないが、その働きが尽き果てることもない。
○0516 おぼえがき
一般的には「人とのかかわり合い方」方面にもってくべきなんでしょうけれども、やっぱり自分と道との向き合い方、に徹したいところです。そうすると「樂與餌 過客止」については自分と言う旅人がふと足を止めてしまいそうになる誘惑、となりますでしょうか。
自分は小説とか音楽と言った「樂與餌」を作ることに楽しみを見出している訳であり、そうするともはや道との合致なんかできたもんじゃない。けど、恬淡と、楽しみ続けることはできると思う。どう楽しみを内在化させ、自分の中の価値を掘り起こせるか。
踏み込んでみれば、周りとの対比が自分にとっては「樂與餌」になってしまうのかな。ふとそう言う風に思いました。ちょうど同日に公開した拙作「梅花に託つ」
https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054893891497
にも、気持ちが繋がってきます。
だれかに評価されたいですよ。もちろんね。けど、それで自分の中にある気持ちのコアをぶらしちゃうのはもったいない。自分のコアにあるものを、できるだけ形を整え、精度を上げ、外に提示する。そうありたいものです。その境地はまだまだ遥か彼方ですけれども。
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