第二十四話 想いの結果

 突然の告白に驚いた。でも、俺にとってシャオは男友達で……。けれど、目の前には可愛い女の子。煽情的な体つきは夢魔特有のものだろうか。


「夢魔だったのか?」


 正直魔族であったことは驚きだ。更に純正魔族であればかなり珍しい。そもそも人間界に来ることは少ない。というか、魔族が人間の世界に溶け込んでいる。この事が意外だった。けれど、シャオに対して不思議と恐怖心は無かった。


「怖い?」


 瞳が潤んで見えた。拒絶される事を恐れているのだろうか。でも、シャオの気持ちは受け入れられない。


「怖くないと言っちゃうと嘘になるかな。でも、本当のシャオを知れた事は良かった。これからも友人の一人である事は変らない。いや、これからも良き友人としてよろしくな」


 手をそっと差し出した。でも、この行為はシャオに対してどうなんだろう。差し出された手を見て、シャオの目から光が消えた様に見えた。それから、瞳からポロポロと雫が零れ落ちる。女の子の涙に強い男などいるはずがない。


「ど、どうしたんだよ。な、泣かれると困るじゃないか」


 シャオの真横に移動し、途方に暮れる。慰めようと伸ばした手を眺め、止めた。


「うっ、うぅっ」


 泣いている姿は完全に女の子で、背中を擦るのも躊躇われる。しかも、女子と風呂と言うのがまずい。非常に不味い。今日は休みで他の生徒も寮に居るとなればこの状況は危険だ。この子がシャオだと言って誰が信じるだろうか。いや、誰も信じまい。


「場所を変えよう。俺の部屋でいいか? それと元には戻れるのか?」


 ふるふると首を横に振ってから「前はどっちもいけたんだけど。もう無理みたい」泣き腫らした目を擦りながら答えた。


「とりあえず俺の部屋、行こう、な」


          ***


 急いで着替えて俺の部屋にやって来た。先にシャオを部屋に入れ、廊下を右左と確認して施錠。背後では「こ、これがリンフォン君の部屋」とちょっと興奮気味なのが気になる。それに見た目が女の子というのも無駄にドキドキする要因だ。


「何も無いけどね。まぁ、くつろいで」


 適当にシャオを座らせてお茶を淹れる。所作は男の時と変わらないけれど、声と見た目が変わっているのが本当に不思議だ。好奇の目にならないように一生懸命努める。それが今の俺に出来る精一杯だろう。


「なんか不思議な気分だ。部屋に女の子が居る。そんな日が来るなんてな」


 湯飲みをシャオの前に置いてお茶を注ぎ入れる。それに口を付けてホッと息を吐いている。何を話すか迷っている様で何度か首を振っている。


「僕ね。ハーフなんだ。人間とサキュバスの。パパが人間でママがサキュバス。魔族の血が濃いから夢魔の特徴が強く出ていて、ほら」


 翼を生やしてパタパタして見せる。風呂場で見た時よりもやや小さく見える。それから尻尾、自由自在に動かしている。心なしか体が浮いている様にも見える。


「僕と話していて逆らえなくなったり変な気持ちになったりした事はない?」


 思い返してみると入学式の日にそんな事があった。自分の意志とは関係なく行動してしまっていた。あれも夢魔の魔力に魅せられていたということか。


「そう言えばあったな。あれもそうなのか?」

「やっぱり。僕も魅了に関しては上手く制御出来ないんだ。いつもはそこまで酷くは無いんだけど」


 俺と目が合うとサッと俯いてしまう。もじもじとしている姿はなんだか可愛く見えてしまう。けれど、シャオの告白は曖昧だったが、断っている。


「ええっと。学校の方に言わなくてもいいのか?」


 互いに風呂場でのあれには触れなかった。意識はしても口には出さない。微妙な空気がこの場を支配している。言ってしまえば関係が壊れるかもしれない。そんな恐怖とちゃんと断らないといけないそんな気持ちがせめぎ合う。


「とりあえずはママに言ってからかな。僕自身、よく分からないから今後の事も含めて相談したいなって」


 母親か。ちょっと気になるな。好奇心というのもあったが、何かしでかしてしまったという気持ちが非常に強い。


「それにね。しばらくは学園には行けないかな。流石に怖いし」


 安易な発言は控える。不用意な言動は彼女? を傷付けかねない。


「学園に行く時に怖いんだったら一緒に行くから、いつでも声を掛けてくれ。それと風呂場で俺の事を、好きだと言ってくれたよな?」


 直ぐにでも答えなければならない。突き放すとは違う。色恋沙汰に関して興味はあるが、かなり疎い。


「う、うん。断られちゃったけど」


 ポロポロと涙が零れ落ちる。本人は泣いている自覚が無いのか、手に雫が落ちた事で気が付いた。オロオロしながら「もう、自分に何度も言い聞かせていたのに」何度も抑揚の無い声で繰り返す。


「ご、ごめん。気持ちは嬉しい。けれど、俺はたぶん、いや、シャオイーの事が好きなんだ。だから、気持ちには答えられない」


 そっか。見えなかった自分の気持ちが初めて見えた。シャオイーが引っ越してから何か心にぽっかりと穴が開いていた。そんな気持ちをしばらく引きずった。思えばあれからホンファ姉が良く稽古と言ってよく俺を連れ出してくれたような。久々に会った時にはシャオイーを忘れてしまっていたけど。


「今日は失礼するね。でも、答えてくれてありがとう」


 シャオは泣き腫らした目で、しかしにっこりと綺麗な笑顔を見せた。その後直ぐに、青色の長髪を風に揺らしながら部屋から飛び出して行ってしまった。なんだろうこの罪悪感は。


          ***


 翌日からシャオが来なくなった事と俺の部屋から飛び出して行った青髪の美女について、俺の方に質問は絶えず来た。俺の部屋を去ったシャオは寮から飛び出したので、余計に俺に聞きにくる奴が多い。


「なぁ、昨日リンフォンの部屋から飛び出して行った美女は誰だ?」


 ウィリアムが今日何度目かの質問タイムだ。その後ろでは女子複数も耳をそばだてて聞いている様で、俺の周囲だけ妙な空気が流れている。しかし、言えるはずはない。謎の青髪美女の正体がシャオであると言うのは流石に気が引ける。


「そんな事あったか?」


 必死に何食わぬ風を装って答える。ウィリアムは俺の目をじっと見つめる。


「嘘偽りは無いよな?」


 ウィリアムの目を見るつもりは最初から無い。シャオの件から無駄に警戒するという事を覚えた。


(なぁ、俺にだけは教えてくれよ、な?)

 結構しつこく食い下がってくる。ソレイユは半ば呆れながら眺めている。


「だから、知らねぇって」


 ウィリアムを押し返すと不満そうな顔をして「教えてくれるだけでいいから、な?」「だから、そんな奴は知らんと言っているだろ」問答を繰り返した。その後ろでは俺を白い目をして見つめる複数の女子。居心地が悪すぎる。シャオイーだけは疑いの目では無いものの何か心配している様な?


 今朝方、寮長に呼ばれて説教されたわけだが、本当の事を言うのも躊躇われたので適当に誤魔化した。詰問をされたわけでもなく、誤魔化そうとした事を嗜められるくらいで済んだ。もしかしたら寮長は事情を知った上で聞いていた様にも思える。


 ウィリアムはかなり不満だった様だが、俺としてはシャオイーにすら本当の事は言えずに結構もやもやと一日を過ごしていた。

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