第二十三話 爆発する想い

 俺とシャオイーの距離がちょっと近くなってから、シャオの様子がおかしくなった。少なくとも俺はそう思った。今までにまして、距離感を詰めている様な。何処に行っても近くには居る。そんな距離を維持していた。


「何だか日増しにシャオが近くなっている気がするんだが」


 俺が相談を持ち掛けたのはウィリアムとソレイユで、最も信頼できる友人だと思える二人だ。色々な事を話すようになっていた。


「まぁ、前からシャオがお前にベタベタとしているのが多いと思っていたが」


 顔立ちが割と中性的なシャオは遠目で見なくても女に間違えられる事も多く、男だと知っている者以外がそれを見れば仲の良い恋人か何かだと思うだろう。俺としては彼も大切な友人の一人だと考えていて、これからもそのスタンスは変わらないだろう。


「まさかとは思うけど、そっちの趣味でもあるんじゃ……」


 ソレイユの深刻に響く発言に三人は凍り付いた。口々に「ま、まさか」「そ、そんなことないだろ」「でも、パッと見は女の子だぜ?」「い、いや」と言葉を漏らす。


「は、ははは。いっそ女の子だったらどうなんだ?」


 冗談交じりにウィリアムが言った。


「ウィリアム。それは違うだろ? シャオは男だ。それは絶対、だろ?」


 たしなめる様に言った。それにやっぱりシャオは男友達だ。それは変らない。距離感は後々考えるとして、どうしたものか。


「本人に言うのが一番じゃないのか?」


 ソレイユが一番の解決策だと俺も思う薬を投げ込んだ。一つ間違えれば劇薬にもなりかねないが「それしかないよな」話を切り上げようとしてその場を立ち上がる。二人の顔も最初よりも柔らかくなっている様な、楽しんでいる様なそんな表情をしている。


「そういえば何か心当たりあるのか?」


 その場を後にしようと背を向けた俺にウィリアムが声を掛ける。けど、心当たり?

「なんの?」

「なんの? って、あんなにベタベタされる。いや、好かれる心当たり、だよ」


 好かれている? 何というか懐かれていると言った方が、個人的にはしっくりくる。


「分からん。別にシャオに何かをしたというわけでもないし」


 何かをした覚えもされた覚えも無い。だったら、何が理由だろうか。うーん、思い出せない。


「本当に何もないのだろうか。リンフォンが忘れているだけではないだろうか?」


 ソレイユが突っ込む。


「人を好きになるのに理由はいるか? と言う奴もいるが、切っ掛けは何かあるはずだ。例えば、一目惚れとか優しくしてもらったとか。好かれた奴にとってみれば忘れてしまうほどに当たり前の事とか」


 ウィリアムがソレイユの言葉を継ぐように付け足した。

 忘れてしまっている、か。


「初めてシャオと会った時に最初の友達とか言っていたような」


「「それだ!」」


 二人が言葉を重ねた。綺麗にハモリだなーと聞き入っていると「最初の友達。それがキーワードだよ」ソレイユが納得した風に言った。


「俺の推測だけど、シャオにとってこれ以上ない位に嬉しい事だったんだよ。だから、リンフォンに対して懐いているんだよ」


 ウィリアムが俺の左肩に手を乗せて深刻そうにつぶやいた。顔を合わせると何だか重苦しい空気が漂う。


「何があっても俺達はお前の味方だ」


 二人して親指を立てて笑顔に変わっていた。関係ないからって、なんという他人事か。


「他人事だからって楽しみやがって」恨み節全開で言ってやっても二人はどこ吹く風である。


          ***


 朝に特訓をするようになってから朝に風呂に入る事が日課になっていた。しかし、同じ北方民族の和の国の生徒が風呂を造ったそうだが、これが凄くいい。露天風呂とは島の構造上不可能だが、ニヴルヘイム寮の生徒にとって人気の高い施設となっている。


「練習後の風呂がこれほど気持ちいがいいのは……?」


 湯気の向こうにシルエットが一つ。ぼやけて見えるせいか、ちょっと大きな人物に見える。脱衣所の籠に何かあった気がするけど、誰だ?


「ふ、ふふ。ふーん」


 鼻息交じりの声には覚えがあった。「シャオか?」シルエットが軽く揺れた。


「リンフォン、君?」


 声が微かに震えていた。思えばシャオと風呂に一緒に風呂に入った事は一度も無かった。時間をずらして避けている様にも思えるほどに風呂に入っている事すら見た記憶はない。


「朝に風呂入っていたのか?」「う、うん」「初めてだな」


 シャオの姿がはっきりと見える距離まで近づいてもその表情は見えなかった。回り込もうとしてもシャオは俺から背を向ける様に立ち回る。何度か回り込んでは逃げられるを繰り返す内に足を止めた。


「「ゼー、ハー、ゼー、ハー」」


 風呂に入るか。

 背筋に寒気がする。熱のこめられた視線は、もしかして、その気があるのか? お、俺には無いぞ。


「リンフォン君はいつもこの時間にお風呂に入っているの?」


 風呂に来たのは確か、八時前。今日は休みだったから遅めになってしまったが、いつもならもっと早い。浴槽に浸かりながら特訓の疲れが流れていく。そんな気がする。顔こそ合わせないけれど、視線は感じる。微妙な空気が風呂場には流れていた。


「シャオもそうだろうけど、今日は遅めだな」

「そうだね。ぼ、僕もいつもとは違う時間だ、よ?」


 無理に話す必要性は無いと思うが、また沈黙が訪れる。何とも居心地の悪い時間だ。


「せ、背中な、流すよッ!」


 突然の大きな声にピンと背筋が伸びる。いつも聞く声よりもずっと大きく、何か切羽詰まった、慌てている様な声だ。裸の付き合いという言葉もあるそうだが、どうなんだろう。


「だ、ダメ?」


 ちょっと涙声になっている。断ったら自分が悪い事をしているようなそんな気分になる。浴槽から出ると隣の椅子に座った。


「なんか気恥ずかしいが、頼めるか?」


 ちょっとだけ堅苦しい言葉になった。けれど、シャオはその返事に満足な様で


「う、うん!」と嬉しそうな返事をくれた。

「じゃあ、いくね」


 とりあえずするに任せることにした。ガシュッ、ガシュとボディソープを出す音がしてタオルを泡立てているようだ。背中にそっとタオルを押し当てて擦るように上下に動かし始める。


「き、気持ちいい、かな?」


 丁寧に優しく、シャオの性格が表れている。


「そうだな。もう少し強い位でもいいぞ」「そう? じゃあ、頑張るね」


 シャオの声が僅かに高くなった気がすると同時に、息遣いもどこか荒くなっている。目の前の鏡で確認するのがちょっと怖くなったので、俯いたままで任せる。


「ふ、ふふーん。ハァ、スーッ」


 たまに手が止まると大きく息を吸って、いる? この瞬間に言い知れぬ恐怖みたいなものを感じた。あの優しいシャオが? 疑問符は尽きない。


「なぁ、大丈夫か?」


 言外に動揺などが出ない様に極めて冷静に、心を落ち着けて背後のシャオに言葉を掛ける。すると、シャオの手が止まった。直接分かったわけではない。背中に押し当てられたタオルが動かなくなった。それから、すーっと背中から離れて行った。


「な、何が? 僕は普通だよ」


 その声は震えていた。何に怯えているのか。言い方がきつかったのかもしれないな。


「いや、ちょっと言い方が悪かったかも。前から思っていたのだが、どうにもシャオは結構距離感を詰めてくるなーって。べ、別に悪いんじゃないだが、何て言ったらいいかよくわからんな。忘れてくれ」


 生唾を飲み込む。そんな音がした。そして、背中に何か温かくて柔らかい物が当たっている。何かポッチ? の様な感触もある。さっきよりも振り向くことが怖くなる。そして、目の前にある鏡に映っている物は翼、である。内側は薄いピンク色、縁の色は紫。風呂で血行が良くなっているのか、それに目を奪われる。けど、人の持つ物では無い。


「驚いた? 僕、怖かったんだ。いつかはみんなにバレてしまう。そしたら、リンフォン君はどう思うだろうって。だから、さっき見られたのかと思ったの」


 声が完全に女子のそれだった。もしかしたら、背中に当たっているのはおっぱい?


「うわっ」


 思わず飛び上がり、そして後ろを見た。見てしまった。さっきまでそこに居たはずのシャオが、女の子になっていたのだ。青く長い髪、ヴァイオレットの瞳は男の時とは変わらない。全体的にお、大きい。まじまじと見れずに目を逸らす。


「本当はもっと早い時期に性別が確定するんだけど、僕はまだなんだ」


 身体を見られた事よりも性別が中途半端な事を恥じている様な言い方だった。


「誰にも渡したくは無いよ。僕はリンフォン君が好きなんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る