第二十五話 シャオリェン母

 それから三日後だった。帰宅後に着替えて、螺旋魔法の研究をしようと本を机に広げ、間接照明器具を本の横に並べる。コップに沸かしたお茶を注いで準備万端。


 コンコン。


 しんと静まり返る俺の部屋に扉を叩く音が響いた。誰かと思って立ち上がる。


「リンフォン君の部屋で合っていますか?」


 やたらに艶っぽい声、そしてシャオの声を初めて聞いたあの日を思い出す。この感覚は予測がついている。


「そうですけど、どちら様ですか?」

「私、暁蓮(シャオリェン)の母です」


 扉を開くとそこにはシャオより僅かに背の低いが、出る所が出ている女の人が立っていた。思わず視線がそこに行くが、気が付き目を逸らす。シャオと同じヴァイオレットの瞳に黒く豊かな髪はゆるふわウェーブ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。美人と言うよりは可愛いという表現がピッタリな女性。


「シャオさんは元気でしょうか?」


 視線を横にサラッと流し、勿体ぶるように間を作った。右の口端に人差し指を添えると「元気はそんなに無いわね。けれど、目はキラキラとしていたけど……」含みを持たせる言い方にも色香が漂う。これがサキュバス。それも純性の魔族。


「物珍しい眼で私を見るのね? リンフォン君は」


 シャオとは違い、尻尾や翼、夢魔の特徴の角も生えている様には見えない。しかし。


「見た目が幼い? これはあの人の趣味みたいなモノなの。私達は人の頭の中を覗く事が出来るから、好きになった人の理想には近付きたいじゃない」


 そういうシャオ母の顔は夢見る少女の代名詞みたいに見えた。それから足をちょっと崩して座り直すと繁々と俺を上から下までを眺める。


「えっと、まずはありがとうね。あの子ずっと中途半端だったから。前にも好きな子が出来たんだって嬉しそうに話してたんだけど、結局ダメで。確か相手は女の子だったかな」


 夢魔、サキュバスとインキュバスの事はよく分からない。そもそも、魔族と魔物の違いもよく分かってはいなかった。


「お礼を言われても……」


 きっとシャオ母も語尾を濁した意味を理解しているだろう。あんまり突っ込んでは欲しくはない。


「貴方、気にしているではなくて? シャオの性別が確定した事を」


 俺は黙るしか出来なかった。それをシャオ母は肯定と受け取って、更に話を続けるべく一つ息を吐いた。


「サキュバスになった原因は貴方でしょうけど、誇って良い事ですよ。魔族の中でも私達は特殊ですからね。ありがとうね」


 シャオ母は何度か頭を下げる。しかし、何度も大人から頭を下げられるのは何だか、落ち着かない。


「や、やめて下さい。俺は特に何かをしたわけじゃないです」


 シャオ母は顔を上げるとニッコリと微笑んで「フフ。思った通りの人ですね。これからもシャオ、娘と仲良くしてあげてね」そっと手を掴まれた。柔らかく、甘い匂い。気持ちを強く持ってないとだめになりそうなこの感じ。


「これから学園の方に行くので、またね」


 足早に去って行くシャオ母を見送ると残ったのは甘い残り香だった。けれど、思ったほど圧力を感じなかった。そもそも、敵意が無いのだから当然なのか。しかし、シャオと同じ雰囲気が漂う辺り親子なのだと痛感する。

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