第二十二話 対策
「バラクネと再戦か。いずれはそうするつもりだったんだろう?」
十二月に入り、寒い中で修業を行っている。先輩には剣を振るってもらい、バラクネを想定して特訓をしている。先輩は紅蓮の髪を束ねて少しだけ厚着をしている。
「本当は来学期以降で考えていたのですが、馬鹿にされたのが許せなかった」
先輩が剣を両手で持ち、そこから縦に斬り下ろす。相手を中心にして円を描くように回避する。相手との距離を空けずに戦う。バラクネの剣は懐に入ってしまえば機能しなくなる。問題は雷撃への対応だが、接近しても使えるかは本番にならなければ分からない。
「出来るだけ相手との距離を詰めたままで立ち回るんだ。距離を取れば雷撃を確実に撃たれる。それにリンフォンの強みを生かすためにはバラクネの視線を自身の上半身に集中させる。それが肝要だ。それと、あれは私のために怒ってくれたのでしょ? 気にしなくていいのに」
回り込んだ俺に対して斬り上げながら刃を流す。剣の扱いに慣れていないとは言うがこの動きは「剣の扱いが苦手って嘘でしょ」驚かされる。しゃがんで掻い潜ると一歩退こうと右足で飛び退いた。
「だーかーらー。退くなって言ったでしょ」
踏み込んだ姿勢のまま接近してくる。後ろに靡く髪だけがスピード感がある。剣先を後ろ側に下げて、剣の間合いに入ると躊躇いなく横に薙ぐ。それを追うように紅髪が流れていく。昔から思うが、体捌きが綺麗すぎる。
「こ、殺す気ですか?」
「本気でやらないと意味がないでしょうに」
真紅の瞳はマジだった。冗談でする様な表情には見えない。闘気の様なものまで漂わせて剣を振るう。
横薙ぎに対して俺が取れる選択肢は回避。その中で三つに別れ、上か下か後ろである。退けば猛烈な追撃を受けるだろう。だから、跳んだ。
「うぉっ⁉」
この回避は先輩の頭に無かったようだ。けど、どうしよう。何も考えてはいない。
相手の背後に着地すると背中合わせになる。「これからどう動く?」先輩は楽しんでいる。声音からそう感じる事が出来た。足払いが定石と言えたが、俺の対バラクネの戦い方は出来る限り視線を上半身に固定する事だ。足元に仕掛けを作りながら立ち回るのだ。それに相手は螺旋魔法についてを知らないだろう。
右手での肘を立てた裏拳を採用した。ガンッと鈍い音、そして鈍い痛み。
「剣で防いだ?」
涙声に近い声で訴えた。先輩ならば躱すだろうと思って、出した拳の打撃は無慈悲な鉄に防がれたのだ。涙が滲む。
「あ……」先輩が声を上げた。「ご、ごめん。思わず剣で受けちゃった」
先輩の思考の外を攻められたという事だろう。その代償が右手とは割に合わない。赤く腫れた拳をじっと見つめる。じんじんと痛む。
「だから、木でやりましょうって言ったんですよ。鉄だと最悪大怪我するから」
木にしろ鉄にしろ場合によっては大怪我するのだ。籠手を装備していなかったのは自分が悪いのか。
「怪我をしたの?」
武器を使った特訓に入ってからはシャオイーに早めに来てもらっているのが、功を奏した。ちょうどバスケットを片手にシャオイーがやって来た。
「ちょっとやり過ぎちゃった。体が反応しちゃって」
「うーん。私の仙術は直ぐには治らないわよ? 白魔術だったらどうだろう」
右手の甲をじっと見つめてから、そっと右手を翳した。ほんわかと温かい何かが手の甲を撫でる。ちょっぴりくすぐったい様で、全然悪くない。
「骨は大丈夫そうね。打ち身の軟膏があるから塗っておくね」
ポシェットの中から貝の形をした入れ物を取り出した。中身を開くと白濁色をした塗り薬が入っている。どこかで見た様な記憶があった。詳しい所までは思い出せそうになかった。
「いつも、ありがとう」
面と向かって言葉が出なかった。恥ずかしくて思わず顔を逸らして、呟いた。短い期間に意識をするようになっていた。何に対する意識か? と聞かれれば脳内に浮かべるだけでも顔が熱くなる。
「こんな事くらいなんでもないよ。私が好きでやっている事だし」
視線の先にいた先輩が少し気まずそうにしていたが「コホン」と咳払いをする。
「私が悪かったと思うけど、流石にこの仕打ちは無いじゃないかな」と言った。この仕打ちという表現に引っ掛かったけれど、シャオイーは顔を伏せてしまった。
「今日はここまでね。この先は戦略面についても考えなきゃ、ね。ちょっと言い方がキツイかもしれないけれど、今回の戦いは同格同士じゃないから勝機は大いにあるわ。私が言うのもなんだけれど、舐めてかかって来てくれた方が優位に立ち回れるわ。でもね、それは自分の実力が相手の想像以上じゃないと戦いにすらならないけど」
もう少し俺とシャオイーの事を突くのかと思っていたが、ちょっと拍子抜けの気分。
「俺の方が総合的に弱いのは分かってます。自分の力を最大限に出せる時間と場所に相手を引き込まないと勝てないし、その一度を逃せば二度目は無い。ですからね」
先輩が二度、三度と頷いた。
「私はリンフォンの実力を完全に把握はしていないわ。それに貴方の持っているモノも教えなくていいわ。けれど、軸になる戦い方だけは教えられる限り教えるわ」
先輩がより一層頼もしく見えた。対人、対魔物において学園内でもトップクラスの強さを持っていると俺は先輩をそう見ている。
「ホンファ先輩にそう言ってもらえるなら、リンフォンも嬉しいわよね。だって……フゴッ」
何を言うか何となく分かったのでシャオイーの口を抑えに掛かった。この瞬間だけは完全に痛みを忘れていた。若干押し倒すような姿勢になっていたと思うが、気にしない。周りにどう見えるかという事よりもシャオイーの言葉の方が俺には重要だった。
「もふ、いははいはら」
先輩が何かを察していないかと先輩を見ると、じっと俺とシャオイーを見ていた。俺と目が合うとプイッと顔を逸らす。
「乳繰り合うのは別に構わんが、場所、選ぼうな?」
ちょっとだけ顔を赤くしているのを見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「ち、乳繰り合ってないです。何を言っているんですか。それにリンフォンも」
シャオイーが俺を押し退ける。シャオイーの顔も赤く染まって、茹でだこの様だ。それを見ていると俺も顔が熱くなる。
「うーっ」
シャオイーが唸り声を上げる。頬も膨らませて目まで吊り上げる。
「なに怒ってるんだよ?」
「むーっ。知らない」
顔を背けてそれから一言も口を利いてはくれず、しつこく聞けば突き放された。
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