第13刀 素質たる虚
この世界ではもう、英雄は生まれない。なぜならすでにその土壌は失われてしまっているからだ。
戦いは必要ない。功績を上げるために血を流すこともない。かつて、厄災と呼ばれたものは対処可能な現象として周知され、人知れず終息していく。もちろんここまでくるのには多大な犠牲を払い、立ち向かった多くの人はいる。しかし只の人がそれを知ることなどない。考えることすらないだろう。
あらゆる物が瞬きのうちに消費され、食いつぶされつくすこの時代において、英雄となる素質を持つものは生まれてこない。まれに生まれてきても、その芽はすぐに枯れる。プロトカリバーにしてみれば、ついに自分の目の、手の届く範囲に現れた候補だ。逃すわけにはいかない。
「ミナ、あなたの力になりましょう」
「プロトカリバー……?」
猛仙は困惑した。こんな彼女を見たことがないからだ。その目、覚えている。あの日、家から逃げた日に追いかけてきた姉たちがこの目をしていた。唯一のものを手放してなるものかという執着だ。そしてミナも、同じ目をしている。
「聖剣、その雛形たる私が要求します。次の情報を開示すること。名称:牟刈千誉 性別:女性 年代:10~20代 国籍……」
プロトカリバーがミナから得た情報を唱えると、一つの情報が剣に浮き上がる。
それは住所だった。号室まで書いてある。これで千誉の家に行ける。
「……俺はここで待っているぜ。大丈夫だよ。お前が恐れていることは起きない、それは確実。そういうのが分かる目なんだ、俺。――でも一つ言わせてな」
「その目、執着と欲望に満ちている。それがお前の足を引っ張るし、それが元で大コケしていろいろ失くす。それも見えてる。ま、結局はお前次第だよ? ……ほんと、足元掬われないようにね」
猛仙の目はミナ、プロトカリバーを順番に見た。プロトカリバーは目を細めると何も言わず、ミナと一緒に走り出した。
――猛仙は空を見上げる。月が陰った。雲が多くなったので、明日はぐずついた天気になりそうだ。
猛仙の目の前には横断歩道がある。はさんで対岸に、左手を隠し、もう暑いのに赤いコートを着込みながらも汗ひとつかいておらず、その顔はマスクでほとんど覆われており見えない女が立った。当然、マスクの向こうの口が裂けているかどうかもわからないが、猛仙は確信をもって声をかける。
「お前が口裂け女だな」
――――ワタシ、キレイ?
「ここで俺がぶつからないと、ミナが死ぬ。この目、ホント忌まわしいな!」
「ワタシキレイ?」
「おねのが綺麗だけどお前もいいんじゃない?」
女の様子が変わる。ぶるぶると震えだすと、隠していた左手があらわになる。その手には巨大な鋏が握られていたようだ。猛仙は抜刀すると、赤いエネルギー体はベーシックな忍者刀のようになる。久し振りにちゃんと戦いになりそうなのでうれしい。
相手はマスクを乱暴にむしり取った。
信号が赤から青信号に変わった。
「こ、こっれ、これでもォォォォ!!」
口裂け女はだみ声で絶叫しながらコートを素早く脱ぎ、猛仙に投げつける。ほとんど反射的に剣が一閃、布を両断するとそれを貫くように鋏が飛んでくる。それは当たらなかったが、次の瞬間大量の刃先がコートを貫通し猛仙を襲う。
「うわっ、こいつやるなぁ!」
コート一枚隔てた高速の戦闘。猛仙はそのすべてを避けた。こちらからは一度も攻撃はしない。刀は只振り回せばいいわけじゃない。必要な時に必要な一撃を加え、最適に切り捨てなければならない。精密に緻密に、人と一体になるのだ。
信号が点滅した。猛仙はなんと刀を真上に軽く投げ上げると印を三つ結ぶ。親指、人差し指を順番に折りたたむ。
「秘術・
口裂け女がさらに踏み込もうとするが、横断歩道の向こうに戻される。耳まで裂けた口を開け、無様にも腕を突き出したような体制で固まる相手に、落ちてきた刀を握りなおすと猛仙は工事現場のお兄さんが車を止めるときのポーズをとる。信号は、赤だ。
「赤信号は渡るべからず、だよ」
「ギギギギギ……」
こちらにまで聞こえるほどに歯ぎしりし、口裂け女が憎悪に満ちた目でこちらを見る。再び最初の位置にお互い戻っていた。猛仙はひたすら秘術で足止めをするつもりだ。信号に対して掛けたこの術は、青信号になれば解けてしまう。ならば。
印を二つ。親指を立て、続いて小指を立てる。信号が再び青に変わる。相手は一歩で距離を詰めてきた。
「お”、お”、ぁ! こ、ゴレ、これでも……!」
「秘術・
口裂け女が横断歩道の黒いところを踏むと、途端に膝をついてしまった。身長差により、刀の前に頭が来た。猛仙は横なぎに首を狙い一撃加える。必要な時に、致命的な一撃を。それが漁の戦い方だ。
しかしその一閃が首を落とすことはなかった。口裂け女は素早く右手に持ち換えた鋏で防いだのだ。猛仙は思わぬ強敵に思わず笑いがこみあげる。
「お前いいじゃねえか……ん?」
背後から大量の気配がする。鍔迫り合いしながらも猛仙は振り返る。鼻先三寸、裂けた口が目に入る。驚いて一瞬力が抜けた隙を突き、手を伸ばした相手が猛仙の顔を掴むと首めがけて鋏をねじ込もうとする。
「二人、だと!? 複数人で襲ってくる、これが疑似都市伝説、か! こんなんが無限に湧き出すのか、しんどいな」
鋏をかわし、もう一人は鋭い拳を繰り出してきたため、柄で受けて指を砕く。崩れたバランスを見逃さず素早く斬り捨て、そしてタックルで最初に交戦していた方にその体をぶつけ、くるりと回りながら刀を振りぬく。その時、赤い部分が変形し二つの大きな刃が飛び出し、同時に貫いた。
異様なにおいのする桃色の液体をぶちまけ、二人が車道に崩れ落ちた。袖で鼻を隠しながら周囲を警戒する。
――駅の入り口、脇道、横断歩道のさらに向こう。こちらにふらふらと歩いてくる複数人の男女がいる。子供も混ざっている。
「10人、20……さすがにヤバすぎる」
口裂けの軍団に囲まれていた。正念場だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます