第14刀 疑似都市伝説・裂口群

 あちらこちらからぞろぞろと現れる、口の裂けた人間たち。どこからともなくというわけではなく、予め潜伏していたのだろうか。猛仙は今使える手札を考える。


「――――斥力と引力は使えるがこの人数にはあまり意味がない。五行載が最適だが戦闘能力、判断力を考えると属性切り替えの隙を突いてくるだろう。ということは秘術で全員の動きを一瞬妨害し、そこで金、土に切り替えて一網打尽がいいか。


 ……俵絶はつかいたくねーしな、こんな時に限って!!」


 猛仙が俵絶を振らない理由。それは不食くわせずの呪いの存在だ。これは条件を満たしたとき、刀としての切断力を一撃分失うことを代償に発動する呪いである。つまり、相手を斬る代わりに呪いをかけるのだ。恐ろしい点は二つあり、一つ目は人でも物でも”刀で斬れる物”なら何であれ対象にできる点。二つ目に、この呪いはかかったもの、人から染み出すようにして土地すら汚染し雑草すら生えない限界環境に変貌させてしまう。一族ではこの力を兵器転用していた過去がある。


 そしてこれは、非常に緩い条件で起動するため、いま交戦中、現在は俵絶を振り、何かを斬れば勝手に発動する。これは非常によろしくない。


「よし、秘術――」


 ひゅ、と嫌な音と共に目の前を鋏が素通りした。背後からもたくさんの気配が迫るのが分かる。先ほどよりもずっと増えている。30人どころではない。もう足止めできる範囲を大きく超えてしまっている。


「仕方ない」


 使いたくないだけで、使うときは躊躇しない。刀を掴むと、目の前の一人にさやが付いたまま切っ先をねじ込む。その状態で飛び上がり、そいつの顔に蹴りを入れ、同時に刀をすらっと引き抜いた。瞬時に刀身に紅がさす。


 妖刀。


 口裂けの群はその異様な気配を感じ取ったのか、急に猛仙から離れた。彼の周りには不気味な空白が出来ている。


 円の中心で、ひときわ強く紅が輝いた。


 ――――


「モウセン?」

「どうしました」


 ミナは学生寮の前までたどり着いたが、なにか駅のほうで光ったような気がした。それを伝えるとプロトカリバーも駅を見る。何か起きたのか、というような表情をするがすぐに真顔に戻る。


「どうやら、我々がこちらに向かった後何かの襲撃を受けたようです。彼が足止めをしてくれているようですが、形勢が悪い。呪いを使い、この地域ごと滅ぼす気のようです」

「ええ!? そ、うう」

「ミナ、ここまで来てわかりました。ご学友は無事です。……先ほど入力した彼女の情報と一致する数値の女性、その、あの……見ないでもいいですがとにかく無事です。というか見ない方がいい。友達を続けたいのなら!」


 強い調子で言われたが、そうまで言われたら気になるじゃないか。思わずミナはベランダのほうを見てしまった。プロトカリバーが割り出した部屋番号は202号室――


 あそこだ。


「あ」


 千誉が居た。下半身は分からないが上裸で。思わず目を逸らして素知らぬふりで駅のほうへまっすぐ戻る。彼氏が出来ているとは知っていたが、あの動きは間違いない。


「見ない方が良いといいましたよね」

「いやそれは仕方ないじゃん……連絡つかないのはそーいう事だったか……」

「私の時代にもいましたよ、ああいった性癖を持つ者は。今は秘匿することが是、のようですからだいぶ減ったのではないかと。とはいえ久し振りに心動かされました、人間の情事はいつどこで見ても面白い」


 口元を押さえ、ふふふと笑う彼女だがこれは出歯亀根性とは違い、動物園のサルが面白い行動をしているのを見て笑うそれだ。人間にとってのサルは、武器たちにとっての人間ということなのか。


「とにかく戻りましょう。このまま猛仙の行動を許せば大惨事です」

「そ、そうだね。無事でホントよかった。……なんか急におなかが減って来た」


 安心したからか、空腹を感じる。足がもつれ、倒れこむ。プロトカリバーが倒れる前にさっと肩を支え、立たせる。


「これは。不食の呪い!」

「何の何?」

「待ちなさいミナ」


 急にミナのポケットをまさぐるプロトカリバー。上から下まで検めた後、ズボンの左から一つ飴が出てきた。学校で友達からもらったけど苦手な味で、食べたふりをしてポケットに隠したものだ。


「食べて!」

「え、いやまずいしうぎゅう」


 すごい力で口を開かれ、プロトカリバーの指が口に飴をねじ込む。不快な甘ったるさが口の中に広がり、吐き戻しそうになるが不思議なことに空腹がさっと引いた。めまいもなくなった。


「え? どういうこと?」

「ミナ、説明は後でします。2分時間をいただきます、今はここでお待ちを」


 返答をまたずにプロトカリバーは目の前から居なくなってしまった。ミナはそのへんにぺたっと座った。ためいきを一つ付くと飴を側溝に吐きだす。すると握りしめていたままだった携帯から着信音が鳴る。画面を見ると「千誉」。さっきのあれを見てしまった直後に、あまりにも気まずすぎる。しかし通話ボタンをタップし、携帯を耳に当てる。


「……もしも――」

「ミナ! 家の前に変な人が……ずっと笑ってるの。ミナってずっと言いながら笑って……警察は呼んだけど、なんか心当たりとかある?」

「い、いや心当たりはないけど」

「そう……わ!? 口、口が………裂けてる」


 天叢雲剣が言っていた、口裂けだ。先ほどのトイレの一件の時のように、今度は本物が本当に人質に取ってやろうというのか。いずれにせよ友人に危機が迫っている。しかしプロトカリバーが指摘したようにミナ自身には戦闘能力は全く皆無だ。それに怪異に対しても無力な一般人としてはどうもできない。が、ミナは再び学生寮に足を運んだ。


 すると目の前に二人が帰って来た。猛仙はぜえぜえ言っているが無傷そのものだ。プロトカリバーも息を切らしているが無事そうだ。今入った連絡を伝えると二人は黙ってうなづいた。今回は罠ではないとミナには自信がある。


「警察呼んでるというなら、一度警察を先に行かせよう。サイレンが聞こえる」

「そうですね。それが人なら良し。人でないなら我々が突入して対処がいいでしょう」


 三人――見かけは一人に見えるだろうが、ミナたちの横をパトカーが通った。夜更けに響くサイレンは目にも耳にも厳しい。学生寮の前に止まったパトカーから二人警官が降り、入っていった。


 ほどなくして男性の悲鳴が聞こえた。三人はすぐに学生寮に踏み込んだ。真っ先にミナが飛び込み、二人はそれを追いかける形で階段を駆け上がる。

 踊り場の角から腕だけ見える。ミナは思わずのけぞるが猛仙が腰を押し、踏みとどまった。腕は一切動かない。と、プロトカリバーがミナを制しながら確認するとこちらを見てうなづく。猛仙も先に立って廊下を見た。ミナはその後ろから顔だけ出して覗いてみた。


 赤いコートだったらしい襤褸切れを纏った女が警官を締め上げていた。

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Born:武具戴天 黒鳥だいず @tenmusu_KSMN

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