第12刀 担い手

 個室の中には誰もいない。


 そして強く閉じられたドアに乱暴にかかった鍵。ミナは二人の危惧通り、害意ある者の仕掛けた罠にはまってしまった。


 外からプロトカリバーが剣をたたきつけようとしたようだが、猛仙が止めた。


「駅ごと焼く気か!? ミナ死んじゃうぞ!」

「チっ、この破壊力が口惜しい!」


 だが、ミナは罠にかかった状況をまだ理解できてはいなかった。


「千誉? いないの?」


 愚かしい言葉をつぶやいた。


「ワタシが、チよだよ」

「そうなの」


 頭がおかしくなったのかもしれない。自分の口が勝手に動いたような感覚がする。この体すらも自分のものではないような。恐怖よりも。


「千誉はいないんだね。よかった」

「オイデ」


 便器から、ついに怪異が手を伸ばした。びちゃ、ごぼ、と心底不愉快な音を立てて全容を表そうとするソレを見て、ようやく正気、そして恐怖が追い付いてきた。


「い、いやぁあああ!!」

「ミナ、壁に張り付いてろ!!」


 外から赤い光が入って来た。樹脂の溶けていく匂いと共にドアは焼き切られた。



 だが罠の仕掛け主は止まらない。手が現れ、次には足が……


「なんだこいつ」

「上半身と下半身が……反転している?」


 体の構造がめちゃくちゃな化け物がその全容を表そうとしていた。そのめちゃくちゃが元の形を取り戻していく。すなわち大学の研究室で出くわした人の型に。


「体を折りたたんで下水管を通ってきやがったな!?」

「不味い、これでは私は役に立たない……!」


 火力が大きすぎて現状役に立てないプロトカリバーと、先端を自在に変形できるがそれとは別に、素の攻撃範囲が広すぎてミナを巻き込んでしまうリスクが高すぎて消極的な行動しかとれない猛仙は、印を結ぶ。すると奴が便器の境目まで一瞬で戻った。しかしまた上がってくる。が、何度も同じところまで戻っている。


「ミナ、こちらへ。猛仙、彼女は私が撤退させますのでそれの排除を頼みますよ」

「はやくいってくれ」


 ミナは手を伸ばしたわけではないが、プロトカリバーが手を引き、トイレから出る。そして駅からも撤退した。後ろから爆音が聞こえた。猛仙がトイレの壁にたたきつけられたらしい。プロトカリバーは目もくれずに走る。そして駅の外にでたとき、ミナの手を離すと近くにあった車止めに座る。ミナも両手を膝について息を切らしていた。


「どうしました、ミナ?」

「不自然な点って、なんだったの。私、こんななるまで」

「いいのです。ご学友が大事なのは大いに結構」


 あの時二つの不自然な点がありました。とプロトカリバーは続ける。


「一つ目。彼女は口裂け女に襲われた、と言いました。その際の声紋は人ではなかったのです。生きているのであれば特有の声紋があります。因みに、ふさわしい担い手もこれを応用することで評定するのです。まあこれはとても意地悪でしたね、我々でなければこのアプローチでの判別は尽きませんよね、あはは」


 あえてだろうか、いつもの口調ではなく、人間味のない無機質な笑い、言葉。耳にしたことで電話した時のことを思い出した。


『口ノ裂ケた女のヒトが』


 プロトカリバーの声を聴き、改めて思い出せばあれは千誉の声ではなかった。彼女が「声の主ではなく周囲に気を配れ」と言っていたのはこういうことだったのか。ショッキングな言葉で動揺を誘い、誘い込みを成功させた。


「そして二つ目。緊急事態であっても、危険な目にあっている状況でもう一人被害者を増やす可能性が極めて高いのに関わらず、真っ先にあなたに連絡し、来て欲しがっていた。いくら信頼のおける学友とはいえ、戦力としては役に立たないあなたを。普通は先に警察か、あるいはあなたに警察を呼ぶよう要請するでしょう。いずれにせよあなたを直接呼び出す必要はない、敵のトラップであると結論したわけです」


「正直、こういうものを見破るのにはコツが要ります。ですがあなたは冷静に聞いていればあれが人ではないということを直感で聞き分けれたはずです。人間の直感というのは優秀ですからね」

「なんでもっと強くとめなかったのよ!」

「あなたを導くためです」


 予想外の返答を受け、ミナは思わず瞠目した。


「私は猛仙が連れてきたから協力したわけではありません」


 そう言い放った彼女はミナを真正面から見る。ミナはその翡翠色の目を見つめ返すが、その奥に、はっきりと人ではない何かを見た。この「何か」を表現するには、ミナはあまりにも歩んだ人生が短すぎる。


「私は」

「終わったよ、終わった。完全消滅させてやった」


 またも物騒な言葉を吐きながら駅から出てきた彼は、刀を収める。それをちらっと見て、プロトカリバーはため息をついた。


「千誉は無事なんだね」

「連絡してみろよ。いっぺん頭冷やしな」


 ミナは言われるがままに連絡先を開く。


 ――通話できませんでした


「いっ!?」

「安否不明ですね」

「無事じゃなさそうだね」


 千誉は大学で出来た友達で、家には行ったことがない。彼女は学生寮に住んでいるがどの号室に住んでいるのかわからない。


「ま、俺としてはミナが無事ならそれでいいんだけどね」

「ふざけないで! 探さないと」

「ではどう探しますか? 連絡つかないのに?」

「学生寮だから家の場所は分かる、けど号室がわかんない」


 このまま千誉が助けられなかったら……私は自分を許せない。自分の好きな人は幸せになってほしい。とにかく、無事であってくれないと


 ミナはそういう人間なのだ。


 ――だからこそ、私はあなたに今代の英雄となる素質を見たのです。

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